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すべての夢果てる地で、願い星を継ぐのは誰か?~ラインクラフト育成シナリオについて

【※本記事はラインクラフト、アストンマーチャン、ネオユニヴァース、ケイエスミラクル、ツインターボの育成シナリオ、およびメインストーリー第2部前編のネタバレを含みます。ご注意ください】
【※本記事執筆者はスイープトウショウ未所持につきスイープ育成シナリオ未読です。ご了承ください】
【※25日20:47:最後のあたり微修正】

 2024年3月21日、アプリ『ウマ娘 プリティーダービー』のメインストーリー第2部前編とともに、ラインクラフトが育成実装されました。

140連でした

 ラインクラフト。ウマ娘に育成実装された中では5人目(登場はロイスアンドロイスの方が先ですが)となる、モチーフ馬が現役中に夭折しているウマ娘。サイレンススズカを目当てに始め、アストンマーチャンとケイエスミラクルの育成シナリオに脳を焼かれ、カノヤザクラとサンアディユのウマ娘化を待ちわび、2022-2023POG1位指名がスキルヴィングだった者としては引かぬわけには参りませんでした。
 というわけでメインストーリー第2部前編と育成シナリオを読んできたわけですが、特に育成シナリオが期待に違わぬ人の心の大切さを感じるシナリオだったので、今回はそれについての覚え書きです。

ウマ娘の育成シナリオに関する過去記事

ウマ娘のキャラ造形――「願い」のかたち

 さて、ウマ娘における育成シナリオが、徐々に「トレーナーの史実知識」を高く見積もるようになってきている、というのは巷間よく言われる話。顕著だったのはやはり、昨年4月に実装されたネオユニヴァースでしょう。

シナリオの評判聞いてギリギリで引きに行った勢

 ネオユニシナリオの素晴らしさについてはありとあらゆるところで語り尽くされているので今更自分がそこに新たに付け加えることは何もないのですが、自分が最も関心したのは、ウマ娘としてのネオユニヴァースのキャラクター造形と育成シナリオの不可分さ――つまり、キャラ設定と育成シナリオに史実のエピソードをどう解釈してどう使うか、ということでした。
 「弱点は人間の言葉を話せないことぐらい」というミルコ・デムーロの発言と「ネオユニヴァース」という馬名から、「頭が良すぎて普通の会話ができない宇宙人キャラ」にする――というところまではまだ理解できます。しかし、それを「天皇賞(春)で骨折していたことに陣営が気付かなかったために屈腱炎に悪化して引退」という事実に繋げて「人間の言葉を話せないことが本当に致命的な弱点だった」と解釈するのがまず天才の所業。その上でその史実を乗り越えるために『コミュニケーションを成立させる』――『他者と繋がる』ことをシナリオの最大目標とし、菊花賞で三冠を逃した二冠馬にも拘わらず(トウカイテイオーやミホノブルボンと違って)「三冠達成が目指すべき目標ではない」育成シナリオにするというのは、普通に考えればなかなか出来ることではありません。

 過去の記事でも触れてきましたが、『ウマ娘』の育成シナリオが提供しようとするのは基本的には「モチーフ馬が叶えられなかった夢の物語」です。競馬が勝利を目指す競走である以上、「史実で勝てなかったレースに勝つ」というのは、最もわかりやすい「if」の夢です。

 しかし、しかしです。
 2021年のアプリリリースから、ネオユニ実装までの2年間、『ウマ娘』を出発点としてリアル競馬を見始めた者なら、その2年間で思い知ったはずです。「無事に競走生活を走り抜く」――それがいかに難しく、大変なことであるか。道半ばで夢絶たれる馬がどれほど多いか。サトノレイナス、ヨカヨカ、ピクシーナイト、アカイトリノムスメ、ファインルージュ、デアリングタクト、エフフォーリア、ギルデッドミラー……。ネオユニ実装後も、スキルヴィングやアスクビクターモアのことがありました。
 「全人馬無事に」――リアル競馬に推しの馬ができたとき、願うのはやっぱり勝利。けれどまずその前に、無事に引退まで競走生活を走り抜いてほしい――。
 それを実感したからこそ、ウマ娘・ネオユニヴァースの育成シナリオの結末で提示された「願い」は、我々トレーナーの胸を打つのでしょう。

 「デムーロ宛のラブレター」と評されるネオユニ育成シナリオですが、ネオユニヴァースの願いは同時に、私たちが推し馬に対して向ける想いでもあるのでしょう。
 たとえ勝てなくても、夢に届かず終わっても。無事でいてほしい。元気でいてほしい。あなたを応援した、あなたの走る姿に夢を描いたことを、託したことを、決して忘れないから。

 そんな「願い」そのものがストレートに語られたのが、2023年9月に実装されたケイエスミラクルの育成シナリオでした。

 スプリンターズSで予後不良となり、儚い幻のように消えていった馬、ケイエスミラクル。競馬がブラッドスポーツである以上、「血統表にその名を残す」ことは、その血統の馬が走り続ける限りその名が刻まれるということ。逆に言えば、血統表に名を残せなかった馬は、記録と記憶の中にしかその名を残せません。
 けれど、だとしても、その名を語り継ぐ者がいる限り。誰かがその名を、その走りを覚えていて、「好きな馬がいた」ということを語る限り、それはどこかに記録として、記憶として残っていきます。

 そして、「誰かは、必ず、覚えている」――とくればもちろん、2022年10月に実装されたアストンマーチャンの育成シナリオです。

 「消えない跡」を残すことを願うウマ娘のアストンマーチャンの、「誰かの記憶に残りたい」という願いは、血を残すことができなかったが故に忘れ去られていく運命にある馬たちに――そんな馬たちの姿を記憶に留めて語り継ぎたいという、ファンの願いそのものなのでしょう。
 このマーチャンのシナリオを受けて、ケイエスミラクルのシナリオでの、スワンS前のあのやりとりがあり――そして、今回のラインクラフトのシナリオに繋がっていくわけです。

願い星、叶い星――ウマ娘・ラインクラフトのかたち

 さて、前置きが長くなりました。ラインクラフトの話です。
 2月の5th EVENTでラインクラフトのウマ娘化が(デアリングハート・エアメサイアとともに)発表された際、そのキャラクター造形を意外に思った人は少なくなかったのではないでしょうか。
 サイレンススズカ、ライスシャワー、アストンマーチャン、ケイエスミラクルと、これまでの夭折馬のウマ娘たちが(夭折馬というより個性派のイメージが優先されたのだろうロイスアンドロイスを除いて)どこか儚さや陰を感じさせる設定やデザインになっている以上、夭折馬のイメージが強いラインクラフトがウマ娘化するのであれば同種のキャラクターになるだろうと思っていた人が多かったのではないかと思います。

 ところが、実際に実装されたウマ娘・ラインクラフトは、儚さの影を感じさせない、超正統派の明るく朗らかな主人公タイプでした。

この女児アニメの主人公感

 ウマ娘のラインクラフトが、「日向ぼっこが好き」というモチーフ馬のエピソードを基軸にしたキャラクター造形なのは間違いないでしょう。
 儚さや危うさを軸にしたキャラ造形を、既にアストンマーチャンとケイエスミラクルでやってしまっている――ということもあるのでしょうが、ラインクラフトをストレートな光のキャラクターとして造形してきたことには、「ラインクラフトをこういうキャラ造形で出すことの意味」を、今の『ウマ娘』ファンであれば充分に理解してくれる、という運営サイドからの信頼を感じます。

 言うまでもなく――ラインクラフト・シーザリオ・エアメサイアと同時にデアリングハートがウマ娘化された時点で、そしてそれに続いて3周年でスティルインラブらノースヒルズのウマ娘たちが登場した時点で、この2005年クラシック世代牝馬の物語を、既にウマ娘化されているデアリングタクトへ――ひいては2020年ジャパンカップへと繋げたい、という運営サイドの意図は明白ですし、それはメインストーリー第2部冒頭で明示されています。
 しかしその物語を創る上で、あのJCへデアリングタクトの血統として直接に繋がるシーザリオでもデアリングハートでもなく、血を残すことができなかったラインクラフトを主人公にする――。
 もうこの時点で、史実を知る競馬ファンとしては情緒を面白いようにウマ娘運営に振り回されているわけですが……。

 しかし、この判断は、果たしてこの光と影の落差で競馬おじさんの情緒をぐちゃぐちゃにしてやろう、というためだけのものなのでしょうか?

 実際のところ、ラインクラフトの育成シナリオは全力で競馬おじさんの心にダイレクトアタックを仕掛けてきます。
 ウマ娘ストーリーの段階から儚さや危うさの気配をプンプン匂わせていたマーチャンやミラクルと違い、ラインクラフトのシナリオには中盤まで史実の影の気配はほとんどありません。マーチャンの「春と仲良くなれない」、ミラクルの「冬が苦手」といった類いの匂わせすらありません。
 しかし、だからこそ、ラインクラフトがティアラ路線の先輩たちに憧れ、「繋ぎたい」「何かを残したい」と願うたびに、史実を知る競馬おじさんの情緒はボロボロです。
 そして溜めに溜めたシニア級の夏、その育成シナリオは1600m×2の助走をつけて殴りかかってきます。人の心ってご存じ?

サイゲのシナリオ班さん、ひょっとして人の心をご存じない?
ほんまに人の心とかないんか?

 まあ、サイゲのシナリオ班に人の心がなさすぎてもはや人の心しかないことは皆様ケイエスミラクルのシナリオでご存じのことと思いますが……。いや、だからって誰がここまで直球でやれと言った? 泣くが???

 しかし、マーチャンとケイエスミラクル、そしてネオユニヴァースのシナリオで描かれてきたことを踏まえて考えてみると――ラインクラフトの、このキャラクター造形の真意が見えてくるように思います。

 それはやはり――「願い」なのだと。

人の願いはすべて星

 現役中に急逝した馬でも、それがレース中の事故か、あるいは放牧中の急病かで、ファンの間に残る印象はどうしても変わってきます。目の前で目の当たりにした悲劇がより強く刻み込まれてしまうのは、たとえば2023年の日本ダービーを見た人なら実感してしまうことでしょう。
 ラインクラフトはそうではなく、アストンマーチャンと同様に放牧中の急病死でした。けれど、ラインクラフトはアストンマーチャンと比べても、当時の競馬ファンの印象に強く残っているように思います。それは様々な巡り合わせの結果でしょうが、やはりライバルだったシーザリオ、エアメサイア、デアリングハート、ウマ娘未登場ですがディアデラノビアといった同期たちが皆、繁殖牝馬として結果を残した――というところが大きいのでしょう。
 ラインクラフトの子供が見たかった――エピファネイアが、リオンディーズが、エアスピネルが、サートゥルナーリアが、そしてデアリングタクトが活躍するたびに、その血統表に名を残したライバルたちの存在が、未練となって、叶わぬ夢となって、ラインクラフトという馬の記憶を繋ぎ止めてきたのでしょう。

 だとすれば。
 ティアラ路線のウマ娘として「繋ぐこと」「残すこと」を願うラインクラフトというウマ娘は――そんな、ファンの「願い」の姿そのものなのでしょう。

 言うなれば、ラインクラフトというウマ娘は、「元気で走りきってほしかった」「無事に繁殖入りしてその子供が見たかった」というファンの願いそのものの擬人化であるように思います。

 そう、いつだって競馬に、競走馬に夢を見るのは馬自身ではなく、そのレースを見る人間です。
 ネオユニヴァースのあの育成シナリオだって、本当に競走馬ネオユニヴァース号があそこまでデムーロのことを好きだったのかどうかはわかりません。佐藤哲三のように「馬が騎手を好きなはずがない」と言う騎手もいますし。それでも私たちがネオユニヴァースのあの育成シナリオに心を動かされてしまうのは、デムーロのネオユニに対する思い入れを知ればこそです。

 巷間伝わる馬自身の性格と、その名を冠したウマ娘の性格が必ずしも一致しないように、ウマ娘という存在に託されているのは、「その馬の競走生活に対して人々が抱いたイメージや物語」です。それはたとえば、チーム<アスケラ>のキングヘイローと福永祐一トレーナー(仮)の物語のように。
 どんなに優れた競走成績を残した馬でも、レースの結果を並べただけでは、それはただのデータです。それをひとつながりの物語として恣意的に解釈することこそが競馬のドラマとしての面白さです。あらゆる物語とはそうした無機質な事実の積み重ねを恣意的に解釈することなのですから。
 そしてそんな「物語」にこそ、人は「願い」を託すのです。こうであってほしい。――こうであってほしかった、と。

 そして――だからこそ、ウマ娘のラインクラフトは、そんな「願い」の残酷さを示すウマ娘でもあるのかもしれません。
 これから先、どれほどの名馬が『ウマ娘』に登場したとしても――そこに、ラインクラフトの血を引く馬が加わることは決してないのですから。
 
ウマ娘のラインクラフトに託された「願い」は、どうあっても叶うことはないのです。たとえ育成シナリオ内でラインクラフトが別宇宙の自分自身さえも救ったのだとしても――私たちの現実は、そうはならなかったのですから。

そのことは、ウマ娘シナリオ班が一番よくわかっているのだ。

継ぐのは誰か?――あるいは、これから

 さて、これが結論だとすると、なんだよ結局ラインクラフトのシナリオはおつらい話じゃないですかやだー、となるところですが……。
 ウマ娘シナリオ班は周到に、ちゃんとそれに対するアンサーも残しているわけです。言うまでもなく、ツインターボの育成シナリオです。

2022年天皇賞(秋)のためにターボ実装を保留してたとしか思えないやつ
サイゲの中には未来予知能力者でもいらっしゃるので?

 血は繋がらなくても、意志は残る。
 受け継ぐ者が、必ず現れる。

まいるだいすきなんですけど!

 クリスマス(成功)に登場する、この赤いリュックと黒いリボンのウマ娘。まあ、間違いなく片方、赤いリュックの方はグランアレグリアのことでしょう。桜花賞・NHKマイルカップの変則二冠という、現在も唯一のままであるラインクラフトの称号にその後挑んだ、ただ一頭の馬。結果はNHKマイルカップ5着で叶いませんでしたが。
 メインストーリー第2部でほぼコントレイルのウマ娘化は内定していると言っていいので、大阪杯と天皇賞(秋)で戦ったグランアレグリアもいずれ登場することは間違いないでしょう。

 桜花賞馬が次走でNHKマイルカップに向かったのは……というか、桜花賞に出走した馬が次走でNHKマイルカップに向かったのはラインクラフト(とデアリングハート)が史上初でした。
 桜花賞馬がこのローテを走ったのはグランアレグリアだけですが、桜花賞敗戦からNHKマイルカップに向かってNHKマイルカップを勝った馬はピンクカメオ、メジャーエンブレム、アエロリットがいます。黒いリュックのウマ娘の方は、黒いメンコをつけていたメジャーエンブレムかアエロリットかもしれませんね。

 ラインクラフトの固有二つ名は「開花する開拓者」。桜花賞→NHKマイルカップというローテを開拓し、マイルの最強を目指す道を踏破した、最初にして今のところ最後の変則二冠馬。
 血は残らなくても、道は残る。――グランアレグリアがウマ娘に登場したとき、そしてあるいはいずれ、2代目変則二冠馬が現れたそのときこそ、ウマ娘・ラインクラフトに託された願いは叶うのかもしれません。

 ……それにしても、メインストーリー第2部の続きはいったいどこでどう区切るんですかね? 今から楽しみなような、怖いような……。

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