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僕とあららとさばばと古カス



今日はあららさんとさばばさんの関係についてお話します。

 あれは残暑がまだ残る9月のことです。丸亀定期券を手に入れたあららさんは毎日のようにうどんを食べていました。
 
 日中は山手線を周回して暑さを凌ぎ、お腹がすいたらうどんを食べる。毎日、毎日インターネットにうどんの写真をあげ続けました。

「どケチ」「クーポンこじき」「迷惑」時にはそんなふうに後ろ指を指されながら素うどんを食べ続けました。

 なぜあららさんはそこまでして節約する必要があったのでしょうか?誰もその理由について気にすることはありませんでした。

「ここ昼間に来ると一杯目、100円なんだ。飲んだら店変えよっか」

「あららさん…前から気になってたんですけど、どうしてそんなに節約するんですか?何にお金を使ってるんですか?」

 私はお酒の勢いもあり、疑問に思っていたことを咄嗟に聞いてしまいました。

「誰にも言わないって約束できる?」

「ついてきて」

 私は若干の怪しさを感じながらあららさんについて行きました。

「ねぇ、あららさん!こんな茂みに何があるです?」

「ははっ、まぁ来ればわかるって」
あららさんはどんどんと人気のない茂みに消えていきます

「あさぎくん、水浴びでもしようか。君も入るかい?」

「あららさん、僕は別にそんなつもりじゃ…」

「ははっ、そんなに警戒しないでよ。まぁこいつを見てくれ?最高じゃないか?」

「うぁわ…黒くて…大っきくて…」

「そうだろう。ハッハハ」

あららさんの乾いた笑い声が段ボールハウスに響きます。

「凄くいい…スーツです。え?ってかあららさんスーツなんて持ってるんですか?無職なのに」

「一張羅さ。これを着ないとあそこにはいけないからね」

「あそこ…?」



「さぁ、着いたぞ」

「こはるびホーム…?保育園ですか?」

「あっ!あららおじちゃんだ!」
「あららおじちゃんが来てくれたー!」ざわざわ

「みんなー!元気にしてたかー?よーしよし」

「あららさん???これは??」

「あさぎ、ここは孤児院さ」

「あら!あららさん、今日もいらしてくれたんですね!」

「院長、今日は友人も一緒なんですよ」

「その、まさかあららさんがこんなことしてるなんて知らなくて…」

「あららさんはもう何年も前から、この孤児院に通って寄付をしてくださっているのよ。ほらあそこ」

「あれは…あららさんの銅像!?」

「いやぁ、お恥ずかしい。私は自分に出来ることをしているだけなんですよ」

「まぁ謙遜されて…」

あららさんはドケチなんかじゃなかった。雨の日も風の日もSwitchの販売情報があれば足しげく通い、転売益は全て孤児院に寄付していたのだ!私はあららさんを誤解していた自分をとても恥ずかしく思った。

「それで院長…さばみのやつはどこにいるんです?」

「はぁ…こちらです」

地下牢
「ふみゅwふみゅふみゅwwww」

「ふみゅふみゅwふみゅw」

「今朝までは調子が良かったんですけど暴れ始めまして…」

「薬は?」

「昼にエビリファイを2本」

「薬を変えよう。リボトリールは試したか?」

「ええ…だいぶ前に」

「あららさん、あの子は…?」
「…あれは私の娘だ。」

「??え??あららさん結婚してたんですか!?」

「いや。結婚はしてない。」

「じゃああれは誰との子なんです?」

「私とさばばとの子だ」

「え??さばば?だって、さばばは男…まさか、あららさん。女性だったんですか!?」

「いままで黙っていてすまない。Twitterのアイコンも昔の私だ」

「そんな…だってガタイも顔も全然…」

「あの頃の私は若かったのさ。年齢も、心も」

「いや…年齢とかそういう次元の話じゃ…」

あららさんはハハッと照れ笑いし、徐に昔話を語ってくれた。

「さばばと出会ったのはずっと昔、蒸し暑い夏の日のオフ会だった…」

「何もしないなら帰れ!!」

驚いたよ。さばばは初めから私の身体だけが目的だった。

いきなり突き放されたショックと、少しでも彼の役に立ちたいという想いが、若さ特有の気の迷いと頭の中でぐちゃぐちゃになって私は彼に抱かれた。

一度や二度ではない。その後も事あるごとに呼び出され、何度も、何度もさばばに抱かれた。

「それで産まれたのがあの子…ってことですか…?」

あららさんは長く伸びた髭を触り、少し間を置いて口を開いた。

「端的に言ってしまえばそうだな。だが、話は拗れに拗れた。産むことに反対したさばばと、産むことに拘った私との泥沼の戦いが始まったんだ」

「さばばと結婚できなくたってよかったのさ。一人で生きていける強い女になろうと思った。彼は隙あらば腹パンをしてきた。だから私は腹筋をまず鍛えた。ジムに通い、専属のトレーナーを付けてステロイドも使った。ガムシャラに肉体改造に励んだんだ」

孤児院の砂を舞いあげた風が、あららさんのシャツをたくし上げる。チラリと見えた腹部のそれは、素人が見ても一流のボディービルダーとしての仕上がりを感じさせる

「ある日、道場で師範を投げ飛ばした時に気が付いた。私は強くなり過ぎたのだと。骨延長手術を乗り越えて得た2メートルの体格と、ステロイドで得た厚い筋肉は私に敵らしい敵はこの世にいないのではないかとさえ勘違いさせてくれたよ。愚かにも、もう負けることなんてないと思っていたんだ」

「産まれてきたさばみを見て驚いた。私の鍛え上げられた腹筋は胎児を守るどころか胎児の頭部を圧迫し、深刻な先天性脳障害を引き起こしていたんだからな」

「それであんなことに…」

「これはせめてもの償いなのさ。守ることに必死で、大切なものを守れなかった自分への戒めさ。笑ってしまうだろう」

あららさんは右腕に園児5人、左腕に院長をぶら下げながら寂しそうに笑った。

何もいうことができなかった。


「またこんな所に来ていたんですね」

振り返ると孤児院の門の向こうには美青年が立っていた。

「もりあんさん…」

「あららさん!私はあなたが欲しい。もう一度考え直してくれないだろうか?」

「もりあんさん、その話なら何度も断ったはずですよ」

「どうしても諦め切れないんだ。私にはあなたが必要なんだ!」

「くどいですよ…何度も同じことを言わせないでください」

「実は私の出資した製薬会社がある新薬の開発に成功してね…今は小動物による臨床段階だが知能を飛躍的に向上させる効果が確認されたんだ」

「!?」

あららさんの顔色が変わったのをもりあんさんは見逃さなかった

「これをさばみちゃんに打てば脳機能障害は治るというのが研究チームの推測だ。あなたは自由になるべきだ」

「その話…本当なんですか?」

「あぁ、本当さ。秘密裏に作った未認可の薬ゆえに市場では決して出てこないシロモノだ」

「その薬…さばみに使っていただけるんですか…?」

「まずは場所を変えよう。ついてきてくれ」

「僕も!僕もついていっていいですか?」

「誰だ?君は。まぁいいだろう。乗りたまえ」

もりあんさんの軽トラックに乗り込む。後ろの窓から様子を見ると、荷台に固定されたあららさんも窮屈そうにこちらを見ていた。


環境に悪そうな黒煙を吐き出して走り出した軽トラック、右に左に複雑な道を進むとやがて雑居ビルの前に止まった。


「ここは?」

「見ての通り、ただの飲食店さ」

「え?ご飯食べにきたんですか?」

「まぁ、入ろうか」

「いらっしゃいませ」

出迎えたのは初老の店長だった。

「いつもの席で頼むよ3000円食べ放題飲み放題コース、"ローストビーフを人数分、それから乾杯用の水を"」

「…かしこまりました…奥にどうぞ…」

ゴゴゴゴゴゴゴ…

マスターに言われるがまま我々は厨房にと移動した。マスターがボタンを押すと重厚な冷蔵庫が左右にスライドし、地下へと続く道が現れた。

「凄い!こんなギミックがあったなんて!!」

「お帰りの際は"1000円貰っていい?"と合言葉をおっしゃってください。規則ですので」

「いつもすまないね。ゾンビーフに栄光あれ」

「これも使命ですので」

地下を進むと打ちっぱなしのコンクリートで覆われた、広い空間に着いた。

「あららさん、さぁ見たまえ!」バサッ

「ッ!!もうこんなに大きく…!」

「どうだ?最高だろう?あららMK-0、人造人型決戦兵器、そのプロトタイプだ」

「こんなものを作っていたんですね…」

「あさぎくん、これはあららさんの強靭な肉体能力をベースにしたクローンだ。考えても見て欲しい。可憐な少女がたった1年の肉体改造でここまでのボディビルドができると思うか?」

「全然気が付かなかった…たしかに」

「その秘密はあららさんの遺伝子の特殊性にあった。あららさんの遺伝子は人間よりもゴリラに近く、その性質は表面的には現れていなかった」

「そこに現れたのがさばばだ。さばばとの交配により、あららさんの遺伝子は劇的に変化した」

「通常であれば人間との異種交配は不可能!しかし、さばばの異常な性欲がそれを可能にした。いや性欲だけの話ではない。rnaワクチンをご存知だろうか?遺伝子そのものを改変してしまう強力なワクチンでヤリチンさばばの陰茎にはさまざまな性病やウイルスが蔓延し、天然の実験室となっていた」

「つまり、さばばのちんちんはワクチンだったと?」

「そうだ。これを我々はワクワクちんちんと呼んでいる」

「わくわくちんちん?」

「さばばのワクワクちんちん、略して"さばチン"は遺伝子のスイッチを押し、メチル化したゲノムはあららさんの隠された肉体能力を引き出すことができたんだ」

「それでこんなにムキムキに…」

「そしてこれを見るがいい」

「なんですかこのハムスター?」

「よくぞ聞いてくれた。これは傘下の製薬会社が開発した新薬で脅威的な知能を有するまで脳が発達したスーパーハムスターだ!」

「すごい…ブログを書いてる…あっ、Twitterが炎上してる」

「まぁ、所詮はハムスターだ。多少の違和感は否めないがモニター越しなら人間にも見えるだろう」

「これをさばみに投薬すれば、さばみは治るんですね。?」

「理論上は…ね。それにこれはあららMK-0の知能を向上させるために開発されたものだ」

「何のためにこんなものを…?これを発表するだけでノーベル賞ものなんじゃ」

「そんな賞になんぞ興味はないさ。あららさんの肉体を持ったクローン、そして脅威的な知能。この2つが融合すれば私は天下を取れる。人類は新しい領域に到達するんだ!!」

「狂ってる…あなたはやっぱりおかしい!!」

「ふはははは!何とでもいうがいい。そしてここで死ね!!目覚めよ、あららMK-0!!」

もりあんさんが手に持ったスイッチ的なものを押すとブザーが鳴り響き、あららMK-0を培養していた水槽が上に引き上げられ、培養液がざばっとフロアに広がった。

「やれぇ!!あららを殺せぇ!!!」

強制的に起こされ、しばしの痙攣の後に立ち上がるあららMK-0

この一瞬の隙をあららさんは逃さなかった

シュンと空間を切り裂くような音がしたかと思うと、目覚めたばかりのあららMK-0の喉仏に強烈な手刀の突きを繰り出していた。まるで、そうすることが当たり前かのように、何の躊躇いもなく致命的な外傷を与えにいったのだ。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

断末魔をあげるあららMK-0にあららは容赦なく肘を決める。

頭部から何かが砕けた音が研究所にこだまするも、その後に訪れたのは静寂だった。

「くそっ!!どうしてオリジナルに勝てないんだ!!くそっ!くそっ!!またゾンビーフの素材になっちまった!くそっ!!」

「だから何度やっても無駄だと言ったでしょう。私に勝てる存在など、この世にはもういないんですよ」

あららさんは寂しそうに血濡れた手を見つめながらそういった。強者ゆえの孤独がそこにはあった。

これが僕とあららさんとの、夏の思い出。


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