猿カニ合戦で見る起業

あるところに一匹のカニがいました。

カニは学生時代からバイトをして貯めたお金でおにぎりを買い、ガールズバーで見せびらかしてはそのおにぎりがいかにスタイリッシュで高価なモノであるかを語っていました。そこに現れた猿が言いました。

そのおにぎりと、この柿の種を交換しないか?

おにぎりは食べてしまえばおしまいだけど、柿の種は育てれば毎年実をつける。君はビジネスをするべきだと持ちかけました。
カニは突然のオファーに躊躇っていたものの後日参加した猿のセミナーの熱量やラットレースから抜け出すためにはストックビジネスが重要であるという教えに感銘を受け、家に帰る頃には手に柿の種と帰りに本屋で買った金持ち父さんと貧乏父さんの本を持っていました。

さてこのカニはこの後どうなるのでしょうか。

カニは早速、柿の種を地面に埋めました。
この時、カニは地面を耕したり肥料を与えて土壌環境を整えるという過程を飛ばして柿の種が育てばたくさんの柿が得られるという猿からの情報だけを信じ、柿の種を埋めました。カニも手探りだったのです。
水を毎日かけるという作業はかろうじてしていたものの過剰な水の供給は土壌の二酸化炭素濃度を高め、柿の生育に悪影響を与えました。
そしてやっと芽が出た柿に対して「早く芽が出ないとその芽をちょんぎるぞ」などというパワハラまがいの言動をして成長を促しました。自分の労務は過剰に誇り、他者には厳しいというカニの傲慢さが如実に現れていたのです。
その後、柿は頑張りました。10年かかるプロセスはわずか数年で終えたのですからその頑張りというのは生半可なものではありません。共同創業者であるカニの善意により奪われた土壌の酸素を確保するために根をより深く伸ばし、幹を太くし、葉をつけるという各部門の整備と栄養の確保を同時進行で進めたのです。この短期間での成長という無茶なプロジェクトを成功させるために、柿はスタートアップ的な成長戦略を取りました。柿は根を伸ばすように人脈を広げ、カニがダメにしたコミュニティの外に活路を見出しました。そして自分がいかに革新的な存在でイノベーションに溢れているのか、自分が実をつければどれだけのリターンが得られるのかを資料にまとめ、足繁く投資家やVCを回りました。自身が品種改良種であり糖度が高いという虚栄は交えましたが実際に事業戦略は的を得たものでした。ほんの少しのスペースがあれば、空気や日光という無尽蔵に得られるアセットを利用して財を生み出すのですから決して現実味のない話ではありません。しかし多くのVCからは事業の新規性や市場がレッドオーシャンであることを指摘されてしまいました。
柿は諦めずに投資家を訪ね、シードではあったものの資金調達に成功します。しかし、プロダクトはプロットの段階であったこもとありバリエーション評価は低く、株式も不利な割り当てとなりました。同時に複数のエンジェル投資家やIT企業に出資してもらったことも、その後の利害関係の複雑化と意思決定の停滞を招き柿にとって不幸な結果となりました。しかし既に銀行からデットの借り入れがあり資金調達までの稼働でその資金は使い果たしていました。既に退路などなかったのです。
その頃、カニはSNSで経営論を語りイキっており、プロダクト未完成段階にも関わらず放漫な広告コストをかけて自社の宣伝を行いました。大学OBとして学生に幅を利かせてなんのスキルもない後輩を無作為にストックオプションを条件に組み込み採用しました。柿はカニが連れてくる人材を適切な役回りに配置してプロジェクトを進行させる必要がありましたが業務経験の乏しい人材の適性を見出すのは困難を極めました。 そしてシードの調達はかろうじて成功したものの当初の事業計画にない採用によりバーンレートが増加し、ランウェイは短くなりました。プロダクトの指揮に費やす時間もそこそこにラウンドAの調達準備を進める必要があったのです。
そういった苦労の果てに急成長して太くなった木を見て、カニはもっとだ、もっとだと圧力をかけて早く実を付けて事業を黒字化させないと幹をちょんぎるぞと脅しをかけるのです。しかし、この頃になると柿もプロジェクトメンバーもカニは目の上のたんこぶであるということが共通見解になっていました。カニの矮小なハサミでは断ち切れぬほど柿は太い幹へと成長していたのです。
それでもカニには利用価値がありました。カニの経営論は大衆に刺さりやすくSNSでは既に柿の木の経営者といえばカニであるという知名度を確立し、神輿としての機能を発揮していました。そしてカニは出身大学では後輩の面倒見のよさからリスペクトが厚く、安価にインターンを調達することができたのです。
多少の問題はあったものの短期間で柿の実は結実し、事業は黒字化すると思われた矢先、実の収穫と販路に関する問題が発生しました。カニの集めた社員やインターンのスキルセットは偏りがあり、木登りや収穫、運搬などのブルーカラーの労働を嫌がったのです。

困り果てたカニは柿の種のビジネスを持ちかけた猿に相談しました。猿は柿の収穫に関してのエキスパートであり、柿の大口の卸先を抱え大規模な販路も持っていました。ところが猿はセミナーで聞いていた条件とは異なる契約内容を提示してきました。収穫販売に関する費用が想定よりも高く、販路や卸価格に関する制約があったのです。しかし、これはあくまで業界としては適切な水準でありカニの見込みが甘かったに過ぎません。
現実のビジネスに疎いだけでなく、他責思考があるカニは猿に騙されたのだと吹聴しました。
一方で投資家は当初予定と大幅に異なる収益性からカニの経営力のなさを疑問視し、経営状況を洗い直しました。その過程で業務上の横領がバレてカニは死んでしまいました。後輩への羽振りが良かったのは広告会社経由で親戚を隠れ蓑にした下請け会社に存在しない業務の発注をかけ、キックバックをもらうというテクニカルな横領をしていたからだったのです。
そして厄介なことにカニはSNSでの影響力を駆使して猿がいかに悪質であるかを既に広めていました。残された後輩たちはカニの横領は咎めつつも、カニの仇である猿を退治する作戦を立てました。
集まったのは迷惑系YouTuberをしているウスと炎上のネタ探しが好きなネット探偵の栗、一撃のバズに定評のある蜂とクソリプが得意な牛糞です。 彼らはカニの仇をとらんと猿の不在の間に自宅に不法侵入して身を潜めることにしました。
しかし猿の自宅はオートロックでコンシェルジュ付きのタワーマンション。エントランスに入ることすらできませんでした。 そこで迷惑系YouTuberは自宅前で張り込みを行い、残りのメンバーはSNSで待機しました。

「【詐欺師撃退】悪質セミナー経営者の猿に家凸してみた」
という動画がアップロードされたのはその日の夜です。

ウスはその風貌と動画内での粗暴な振る舞いから野暮に思われますが実際には動画編集のスキルが高く、マメさとアプロード速度こそが彼のチャンネルが成功した秘訣だったのです。
過激なタイトルとサムネイルから動画は伸びましたが、実際にはウスは以前にチャンネルBANや逮捕を経験しており、法律を遵守して家の外で少し騒いだだけでした。しかし、有名YouTuberである彼が取り上げたことから猿の名は大衆に知れ渡り、迷惑系YouTuberとして名を馳せたい無名の駆け出し配信者が次々と後に続きました。
これには猿もたまらず自宅を抜け出してホテル生活を余儀なくされます。次にネット探偵の栗が猿の過去の悪質な振る舞いのネタを入手して、その悪質性をインターネットにアップしました。それを蜂が誇張表現で切り取ってバズらせ最後に牛糞がクソリプをしました。

彼らの連携により猿は業界を干されてしまいました。ウス達は誇らしげに次のターゲットを探し、残ったのは誰も収穫できない実をつける柿の木だけだったのです。

おしまい

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