『死にたくなったら電話して』を読んだ高校生

初版は2014年だが、とある風呂入らない系YouTuberによって2021年人気に火がつき文庫化が決まった。僕はその風呂入らない系YouTuberの動画をカレーライスを頬張りながら見た記憶がある。部活終わり、自転車を走らせて汗だくになりながら帰宅するとすぐに風呂に入った。風呂上がり、姉が母の作り置きしていたカレーライスを温めて、ランチョンマットの上に置いてくれていた。僕は現代っ子を炸裂させた行儀の悪さで、リモコンを支えにスマートフォンを見やすいように置いた。ロック画面にはそのYouTuberの新着動画があった。動画投稿は不定期だからかなり楽しみだった。動画のタイトルは「死にたくなったら電話して?」。再生ボタンを押す。本棚に整然と並んでいる文庫本、その奥に単行本が眠っている映像が流れる。三十路なのに萌え声という謎の声帯に酒焼けした限界ボイスで乾いた笑い声混じりに本紹介をしている。その中で奥に黒光りするものがアップで映される。「この本がやばい2021…(中略)…死にたくなったら電話して」。「これはエグかった」「私は大学生の時にこれを読んでなくてよかったな」「世界史に登場してきたどれとも違う新しい悪女像」「フランスの純愛映画のビデオテープをグッチャグチャにしたみたいな本」僕はすぐに読もうと思った。そしてそれから約一年が経った。

僕の高校では毎月恒例、図書委員の数名に白羽の矢が立ちスケープゴートにされた彼らを中心にビブリオバトルが開催される。そして六月の生贄バトラーとして僕が選ばれたわけである。ともあれ何を読もうか、そんなことを考えながらTwitterのタイムラインをスクロールしていると「これは良い」という一文とともに夏っぽい小説が流れてきた。僕は瞬間、その小説を近くの書店(自転車で四十分かかる)に電話をして注文してもらった。翌々日取りに行き、二日ほどで読んだ。しかし、初見の衝動が嘘みたいにハマらなかった。頭を悩ませている僕はメモ帳に溜まりまくった「読みたい本リスト」を眺めていた。そこで約一年ぶりの再会を果たした。

『死にたくなったら電話して』

僕はまた、類似した衝動に駆られて近くの書店に電話をかけた。そして翌日取りに行き、五日で読んだ。これが本当に面白かった。僕は熱心な読書家ではないので全く当てにならないのだけれど、ここ二年間で一番面白かった。有名な退廃的作品なら多少触れたことはあるが、これは退廃というジャンルで括るにはあまりにも無粋じゃないかというほどの恋愛要素(つまるところ依存要素)が色濃く滲み出ていた。
破滅といえば破滅であり、救済といえば救済である。

あらすじを書く。
主人公は居酒屋でアルバイトをしている三浪生の徳山久志という。彼は容姿も整っていて真面目な性格で、一見なんの不自由もなさそうにみえる浪人生。しかし、父が医者、兄も姉も優秀な大学の医学部を卒業してるいわゆるエリート家庭に生まれて、幼少期から勉強が苦手だった徳山はコンプレックスを抱いている。そんなある日、バイト仲間に連れられて行ったキャバクラで山仲初美に出会う。初美と出会ったことで徳山の人生は歪み始め狂わされ、のめり込んでいく。初美に歪められた徳山は人間関係を全て絶っていくようになり、ある時、徳山は初美に心中を持ちかけられる。徳山は心中してしまうのか。そしてこの物語の結末は。これが大まかなあらすじとなっている。この小説のキーは完全に初美で、彼女はファムファタールとして完璧なんじゃないかと思う。読んでいて、徳山がここまで完璧に狂わされるのは嫌でもわかる。読者っていう絶対的客観の立場にいる人間でさえ歪ませられ、影響される。魅力を語れば語るほど初美の中身に飲まれていきそうなほど神妙な深淵を垣間見せてくる。「垣間見る」が受動態になるほどに。ヒロインという言葉の生ぬるさを淘汰するほど都合の良さが全て排除された逆転的な悪女像。とにかく初美という存在がこの小説最大のパンチ力を誇っていた。

僕はビブリオバトルのために感想やあらすじ、聞き手への問いかけなどを織り交ぜて、三時間をかけ丁寧に推敲し、二千文字のカンペを書き上げた。これでビブリオバトルへ臨もう、前日の夜だった。

そして本番当日。僕を含めた五人のバトラーが揃った。僕は二番手だった。緊張は後半に連れて増幅するため、本当は一番初めでカンペをガン見しながら淡々と言ってやろうと思っていた。しかし、じゃんけんに負けて微妙な二番手であったし、いつもならもっと少ないはずなのだけれど、今回はギャラリーが三十人近く居て無駄に緊張した。
何はともあれ始まったビブリオバトル。僕は緊張のしすぎで、一番目のバトラーの紹介をほとんど聞くことができなかった。その後、自分の番が回ってきた時、僕はカンペをガン見しながら声帯を締めて、緊張でおかしく震える声の周波数を滑らかにしようと努めた。無駄に厨二臭い語彙で構成されたカンペにひそひそ笑いが聞こえる。あらすじ紹介の時に絶対に避けては通れない「キャバクラ」という単語を高校生がふむふむと聞けるはずもなく、僕は奇異な視線を五分間浴びながらなんとか紹介し終えた。時間はぴったり五分間。羞恥心を相殺できるほどの達成感だった。そして、その後に続く本紹介。『蹴りたい背中』、なんかよく分からん余命もののラノベ、『Ank: a mirroring ape』。僕が終わってから三つ目の紹介、つまり最後の人の『Ank: a mirroring ape』がかなり気になった。佐藤究をずっと読みたいと思っていて、積読の中に『テスカトリポカ』がどんっ!ってあるけど、それを読んでから買おうと思った。

結果、『死にたくなったら電話して』は僕のプレゼン内容が空っぽでも無駄に大きいインパクトのおかげで見事チャンプ本になった。図書カードを貰えたのでささやかな読書生活資金にしようと思う。

ビブリオバトルのチャンプ本は投票制で決まる。それもコメント付きの投票で。後日、僕は自分に寄せられたコメントを先生にお願いして見せてもらった。「面白そうだと思った」「ネタバレ回避と文章構成が上手かった」みたいな普通に嬉しすぎるコメントや「女ですが初美に狂わされたいです」っていう僕の性癖ど真ん中みたいなコメントもあってよかった。その中でも高一らしき人が寄せた新鮮なコメントがあった。「ホラー系は少し苦手ですが、〇〇さんの紹介が面白かったので頑張って読んでみたいと思います!」この子が世界の虐殺史を初美に聞かせられながら徳山が手コキされるシーンを読むのかぁ…と思うとなんとも言えない罪悪感と自己嫌悪に陥ってしまい、今度は健全な本を紹介しようと思った。でも最初は『限りなく透明に近いブルー』を紹介しようと思っていたから、これでも結構抑えた方だと自分でも思う。セックスの描写が出てくる小説ってその中じゃ当たり前で別にこの世界においても普通なんだけど、外に持ち出して他人に開示しようとするとそう簡単に「普通」が使えない。そういう内在的タブーみたいなものがあって、だからこそ「退廃」というジャンルで日常を語れたり、その鋭利さを増すことができたりする。人の内側は深い。伝えたいことを表現するためにどれだけ尖らせてもどれだけ長くしても全てその内側には届かない。けれど偶にそれが否定されることがあって、『死にたくなったら電話して』にはそういうのがあった。だから大学生や高校生には特に読んで欲しい。そして歪んで狂って欲しい。

「死ぬ、って別に、簡単な話です。泣いちゃうぐらい、ああそうなんやね、と腑に落ちる話です。今夜寝て、そしてもう明日起きなくていい。そういうの。」

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