見出し画像

【ゲームの思い出】まだ吉野家の牛丼に胡麻ドレッシングかけてる?

吉野家でメニューを見ていると”裏牛丼”というものが掲載されていた。最近よくある、知る人ぞ知る裏メニューをお店が公式に商品化しようという流れなのだろう。「吉野家社員3000人がウラでこっそり食べる秘密のまかない飯」であるその裏メニューの中に、肉だく胡麻ドレ牛丼なるものを見つけて、僕は迷うことなく注文した。吉野家で頼むものといえば、牛丼並のAセット、生野菜サラダとみそ汁を足したものがほとんど。稀に他のメニューを頼むときも、やっぱりいつもの牛丼にしようかなあと悩むほどなのに。

そう、僕はこの牛丼に、ひとつ面白い思い出があるのだ。

サラダ用に提供されている胡麻ドレッシングを牛丼にかけるという食べ方を最初に目にしたのは僕が千葉県の柏市に住んでいた16年くらい前のこと。当時『ザ・キング・オブ・ファイターズ』や『ギルティギア』が流行っていたゲームセンターで夜中まで遊び、1時くらいにみんなで吉野家で並んで遅めの夜ご飯を食べたときのことだった。
めちゃくちゃにゲームが強いある友人が、手慣れた様子で胡麻ドレッシングを回しかけ始めて心底驚いた。サラダと間違えてかけてるのかな、疲れてるのかななんて思ったりもした。

「牛丼に胡麻ドレッシングかけるの?」

彼はそんな質問に「これがうまいんだって。騙されたと思って真似してみ」と涼しい顔で答えた。僕をからかっているわけではないらしい。

僕は生野菜サラダ用のドレッシングを半分くらい、おそるおそる牛丼の上にかけた。牛丼と胡麻ドレッシング、ふたつの味を想像すると、合わせたときにゲテモノになる可能性は低いし、よく考えたら味も近いような気がする。ちょっと風味が変わる程度のものなのかもしれない。そんなことを想像しつつ胡麻ドレッシングがかかった牛肉と、つゆで染まったご飯を口の中に入れてみた。”想像を超えてうまかった”ことを今でも覚えている。

「ああ、これうまいな」

「やってみてよかったでしょ」

吉野家で教えてもらったその食べ方は、僕の中で1か月くらい小さなブームを迎えた。吉野家に行くたびにその食べ方を真似して、周りの友人を驚かせていた。僕はゲームの強いその友人と同じように、「これがうまいんだって」って言ったあとに、「真似してみ」と言っていた。まるで自分で見つけたゲームの攻略法を紹介するみたいに。

しかし、そのブームの終りは早かった。この食べ方をすると、生野菜サラダにかけるドレッシングが減ってしまうため、サラダが味気なくなってしまうからだ。そしてドレッシングを単品で買うことはできなかった記憶がある。生野菜サラダを頼んだときに「ドレッシングをふたつください」と言ってみたのだが、店員さんに申し訳なさそうに断られたことを覚えている。牛丼とサラダのおいしさを両立させることを選んだ僕は、次第にいつもの食べ方に戻っていった。牛丼に大量の紅ショウガ、ここ20年くらい、吉野家ではほぼこの食べ方を続けている。

あれから20年近くが経った今、僕は胡麻ドレッシングをかけた牛丼の味を忘れてしまった。でも、吉野家での友達とのやりとりは強烈に記憶しているし、胡麻ドレ牛丼がうまかったという事実も覚えている。その思い出の一品が公式にメニューとして登場したというのだから、頼まざるを得ない。

15年ぶりくらいに食べた胡麻ドレ牛丼。想像していたよりも酸味が効いていて、いつもの牛丼とは明らかに違った。あの時の味と同じかどうかはわからないけれど、あの頃の記憶がより鮮明になっていく。

僕はその牛丼かきこみ、胡麻ドレ牛丼を教えてくれた友人にLINEを送った。

「胡麻ドレ牛丼がメニューになってて驚いたよ」

僕はメニューの写真とともに、唐突なLINEを送った。

「時代がおいついてきたね」

しばらく会っていないけれど、顔をなんとなく想像する。きっと目の前にいたら、さらりとそう言うのだろう。

「あの食べ方、誰かに教えてもらったものなの?」

「しゃぶしゃぶを食べたことあれば、肉と胡麻ダレの相性がいいのわかるでしょ」

驚きの答え合わせだった。彼は誰かから聞いたわけではなく、自分で胡麻ドレ牛丼にたどり着いていた。15年も前に。僕のように、他人に聞いた攻略法を、まるで自分が見つけたみたいに語るようなことはしないのだ。

めちゃくちゃにゲームが強いこの友人は、当時から斬新な攻略を数々と作り出して、そつなく対戦の中でこなしていたことを思い出す。僕はよく驚かされたものだ。「その戦術すごくない?よく思いついたな」なんてことを興奮気味に聞くと、彼はいつも一瞬得意顔をしたあとで「いやいや、これは普通に思いつくでしょ」みたいな反応を返してくれた。そして彼の見つけた攻略はコミュニティの中で当たり前のものになっていくんだけれど、彼においついたと思った瞬間は一度もない。彼の見つけた攻略が自分の手に馴染んできた頃には、彼はもっと先にいる。涼しい顔をしながら。

そして今だって、格闘ゲーマーとしては僕のずっとずっと先にいる。プロゲーマーになって、新しいライフスタイルを実現し、相変わらず斬新な攻略で試合を盛り上げている。

たかが胡麻ドレ牛丼から話が飛躍しすぎだろうと自分でも思うけれど、懐かしさに引っ張られてちょっと真剣に考えてしまった。「ゲームの中に存在している要素を素早く把握し、混ぜ合わせて独創的な戦術を組み立てること」ができないのは、15年前に牛丼に胡麻ドレッシングをかけるという合わせ技を思いつかなかったからなのかもしれない。

もし15年前に、胡麻ドレッシングを牛丼にかけている人がいたら、プロゲーマーを目指すのも良いかもしれません。

サポートは、noteの充実に充てさせていただきます。