あさ

小学生の先生からアイドルになりました¦ミスiD2021、「1年前の私へ」賞¦2児の母¦…

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小学生の先生からアイドルになりました¦ミスiD2021、「1年前の私へ」賞¦2児の母¦美容好き

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ミルク拒否、離乳食拒否の試練

2023年6月に待望の第2子が生まれた。 嬉しくて、可愛くてたまらなかった。 妊娠中はスポーツができる子がいいなとか、頭がいい子に育てたいなとか色々思っていたけどいざ赤ちゃんと対面すると、そんな願いはどうでもよくなった。 この先はとにかく健康に元気に育ってくれたら何も望まない。 そう思っていた。 産後2日目から授乳が始まった。 一人目の時は完母で育てたが、なかなか体重が増えず苦労したので第2子は完全ミルクで育てると決めていた。 ここからが怒涛の日々の始まりだった。 まずミ

    • 小学校の先生からアイドルになった私

      私は大学を卒業して、小学校の先生をしていた。 授業はやりがいがあって楽しいし、子どもたちの成長はこの上なく嬉しい。 大きな行事があれば、子どもたちと一緒になって全力で取り組む。 忙しかったけど、教師である日々は毎日が充実していた。 だけど。 私には人には言えない夢があった。 アイドルになりたい。 昔からアイドルが大好き。 歌やダンスは得意ではないけど、それでもステージに立ってみたい。 そんなことは叶わない。 だって私は教師をしている。 年齢も24歳。 普段から先生をし

      • 偏食外来を受診して

        「あの人せっかく偏食外来を受診したなら言われたことやればいいのに。」 SNSで何度も言われた言葉。 耳が痛かった。 全くその通りだと思った。 私は先日、ご飯を食べない我が子と一緒に、偏食外来を受診した。 しかし受診したのにもかかわらず、アドバイスでもらったことは1つもできていなかった。 私は3歳と1歳の子どもがいる。 2人とも少食・偏食だ。 上の子は食べムラはあるものの、成長するにつれてかなり食べられるものも増えた。 問題は下の子。 食べることに全く興味がない。 食事の

        • 美容にハマったきっかけは「選ばれなかったこと」

          小学校4年生の時、私は地域のバレーボールクラブに入った。 自分と同い年の子が2人いて、2人ともとても可愛い子だった。 土曜日。いつものようにバレーの大会があった。 自分は試合には出ないけど先輩たちの試合の応援に行く。 試合と試合の空き時間に私たちは先輩に呼ばれた。 「4年生って本当に可愛い〜」 「可愛いから一緒に外で遊ぼ〜」 先輩たちはそう言って、私以外の2人を連れて出て行った。 私だけ、選ばれなかった。 「あぁ私は『可愛い』の中に入ってないんだ」 そう悟った。 私

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          おおきくなったきみへ

          君は今日から保育園に行く。 生まれてから2年2ヶ月、ずっと一緒にいた。 あの怒涛の毎日は一生忘れない。 君が生まれた日、私は世界一の幸せ者になった。 おぎゃあと生まれた瞬間、こんなにいとおしいと思う感情がこの世にあるのかと驚いた。 私はこれから毎日楽しくて、喜びでいっぱいの毎日を送るんだと確信した。 見事に期待を裏切られた。 育児とはこんなにも過酷なものなのかと。 退院してからは毎日つきまとう睡眠不足。 それにつけ加えて 長引く乳児湿疹、 母乳が思うように出ない、 何で

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          毒親と呼ばないで

          私は母親が大好きだ。 だけど、母親のことを恨んでいる。 私は物心ついた時から女の子らしい服装が好きだった。 ピンク色で、レースやフリルがついたワンピースにとても心惹かれた。 けど決して胸の内は明かしてはならない。 「なにそれ、気持ち悪い。」 母は必ず言う。 母とはとことん趣味が合わない。 好きな物も趣味も。 私がいいと思ったものは「気持ち悪い」と否定する。 いつしか好きな物も、欲しいと思ったことも、夢も口にしないようになった。 否定されるのが怖くて。 私が喋らなくなると

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          命の大切さを教えながら自分は死にたかった教師

          アラームをかけずに寝た。 それがわざとなのか無意識なのか今はもう覚えていない。 このまま一生目覚めませんように、と願って寝るのが毎日のルーティンになっていた。 アラームをかけずに寝ても必ず5:30に目が覚めてしまい絶望した。 2年前の今頃、私は小学校の先生をしていた。 大学在学中、一生懸命勉強して、やっと合格して、「こんなクラスにしたい」というたくさんの夢をもって先生になった。 教員一年目からいきなり担任をもたせてもらった。 子どもたちは無邪気で可愛かった。 物分りもいい

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          「先生、文章書くの好きやろ?」

          私はこの夏から、保育士をしている。 保育士になってやっと2ヶ月ほどだ。 教師を辞め、アイドルを卒業してから特に何も目標も夢もなく、だらだら過ごしていた。 ふと「そろそろちゃんと働こうかな」と思い立った。 そして何かに導かれたように、迷うことなく保育士になった。 保育士になってからのこの約2ヶ月は、忙しさと緊張で、怒涛の毎日を過ごしている。 仕事にも少し慣れてきたある日、保育指導案を書かせてもらう機会があった。 それを読んだ主任の先生が言った。 「先生、文章書くの好きやろ?

          「先生、文章書くの好きやろ?」