『夜空ノムコウ』の先から
1.消えない
オリオンが高く昇る。
耳がキーンと痛い。歩道を歩くたびに薄く降りた雪がぎゅぎゅと鳴る。
ベンチに座り手を握った。触れたかった。
ふたりの終わりの頃でした。冬の公園で「あれから僕たちは・・」と問うた。
わたしは、その問いが50年近く経っても何も変わらず残っていることに驚きます。
おじさんに成ったからと言って、もう居ないよ、あれは昔話だよ~なんていうことは無理だった。
あの青年も情景もあなたも今もこの胸にそのままにいて、わたしは答えが出せないまま。
ずっとこころの底を流れ続けて行く。たぶん、ここを去るその日まで。
うっかり輪廻でも信じそうになる。
人は、「あれから僕たちは・・」と問うたことは忘れようとします。
どんどん内面を見つめなくなる。妻や子どもや仕事のことで忙しくして行く。
口では文句を言ってるけど、そういう”大人”の空間に安心したいのかもしれない。
けっして、中二病の中が、ほんとは中年の中だったなんてことは口外しない。
たしかに言っても仕方ないことって、あるし。
でも、わたしは冬が始まるとこの歌が聴きたくなります。
聴いても答えが出てくるわけでもないけど。
聴くと胸がぐにゃりとする。わたしはその感覚を忘れたくないのでしょう。
何か忘れてはならいないことがある気がするのです。
2.夜空ノムコウが呼ぶところ
その時、わたしは関東にいました。
テレビの画面で津波が街を飲み込んでいくのをただ無力に見守っていた。
東日本大震災でした。
ガソリンスタンドに人が群がり、あっという間にガソリンがなくなった。
電車も動かなくなり、駅のロータリーも街も真っ暗になり、自衛隊基地の周辺だけに灯りが残った。
赤坂の職場にも行けなくなった。
嫌な仕事も電車通勤もいつまでも続くんだろうとうんざりしていたのに、行きたくないのと行けないのとは大違いだった。
突然、どこか仮想的だった日常が止まりリアルが現れた。
あれから、13年になろうとしています。
ある番組で思い出とともにリクエストをくださいということで、寄せられた中から「夜空ノムコウ」が流されました。
わたしはでびっくりした。
青年期が終わる頃、好きだった人と自分とを振り返える青年のお話だとわたしはおもっていたのです。
失われた青春のノスタルジーを歌ってるんだと勝手に思い込んできた。
なのに親や妻や子や兄弟を失った人が、これを望んだのでした。
「あれから僕たちは 何かを信じて来れたかな」と歌いだされる。そして、あなたとの景色が見事に描かれる。こんなふうに。
誰かの声に気付き 僕らは身をひそめた
公園のフェンス越しに 夜の風が吹いた
君が何か伝えようと 握り返したその手は
僕の心のやらかい場所を 今でもまだ締め付ける
人はみな思い出を持つ。こう歌われると、そのシーンがわたしたち中に再生されます。
たしかに、なにも恋人とだけではないのです。肉親との間にも言葉にならない歌を歌って来たのですから。
あれから僕たちは 何かを信じて来れたかなぁ
マドをそっと開けてみる 冬の風の匂いがした
悲しみっていつかは 消えてしまうものなのかなぁ
タメ息は少しだけ 白く残ってすぐ消えた
そうですね。
青年はやがて結婚し、先を妻や子と描いてきたのだから、「あれから僕たちは 何かを信じて来れたかなぁ」と自問してしまう。
問うべき相手が失われてしまうと、問い自体が宙ぶらりんになる。
妻や子が欠けた「僕たち」は、返答不能のままに置き去りにされる。
そこに答えなんて無いことを知っているから、この歌に涙する。
あの日、地震、津波、原発崩壊という3重苦が広範囲に起こりました。
稀有な災害が起こったのです。
そして、生き残った人は残った家族にも打ち明けにくい孤独を抱いてきた。
喪失感や孤独を抱えて生きていくのはつらいから、心の痛みを消してしまいたい。
悲しみっていつかは 消えてしまうものなのかなぁと、そっと繰り返したでしょう。
いや、わたしを構成していた家族を消してしまったら、わたし自身が消されてしまうのです。
ああ、、だから、わたしはあの時の青年が消せないのだ。
自分だけが楽になってはいけないというギャップにも苦しむでしょう。
だから前に進めない。
いや、そうではないんだと、リクエストしたのだと思う。
歌は再び今を問う。
あの頃の未来に 僕らは立っているのかなぁ
すべてが思うほど うまくはいかないみたいだ
このまま どこまでも 日々は続いていくのかなぁ
雲のない星空が マドの向こうに続いている
最後に、「夜空の向こうにはもう明日が待っている」と、明日の来ることを信じようよ、と誘ってくれる。
寂しさや辛さだけでなく、一緒に過ごした楽しい思い出もある。優しさも受け取っていた。
ああ、辛いと思いながら、去った者の分も生きようと立ち上がる人の姿が浮かび上がる。
そう。わたしからあなたがいつまでも消えないのは、無念を抱えてまた明日を生きようとするわたしたちの願いなんだと思うのです。
P.S.
スガ シカオ - 夜空ノムコウ、です。
新人だったスガシカオさんが気軽に作詞してしまった。彼の歌うこれが好きです。
https://www.youtube.com/watch?v=sGeEvctYabg
「あの頃の未来に僕らは立っているのかな」と言われると、わたしの胸がきゅんとなる。
高く遠く蒼く伸びる夜空へ向かって、無力感と孤独がわたしを浸して行き、そして、でも明日が待っているんだよ、と救われる。
ああ、あなたは優しい人だね。
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