見出し画像

第一話「大きな桜の木の下で」


登場人物

巫女(女)・・・・・・神から強大な力を授かった女性。もらった力を使い村を妖怪や悪霊から守っている。
化け猫(男)・・・・・・元々野良猫だったのが、最近になって化けた猫。長く生きることになってしまい、生きる意味を見出せずにいる。
少年・・・・・・現代の化け猫が営む茶屋に通う不登校の中学生。(巫女と兼ね役)

化け猫 『春。満開に咲き誇る大きな桜の木の下。俺は生きる理由を見つけることができず、木の幹に寝転がっていた。』
巫女  おい、そこの化け猫。
化け猫 『そんな俺に声をかけてきたのが人間の彼女だった。色白な白衣に緋袴に身を包んだ巫女だ。黒い瞳につり目が印象的な、いかにも気の強そうな彼女。後に俺が生きていく理由となるのだが、このときの俺はまるでそんなふうには思っていなかった。』
巫女  『人間はもちろん、妖怪すら寄り付かない山奥に、開けた場所がある。そこには大きな桜の木が立っている。神の目すら届かないらしいこの場所は、私が唯一気を休めることができるところだ』
化け猫 はぁ・・・・・・
巫女  『だから、桜の木の幹に化け猫が仰向けに寝転がってるのを見た私はとても驚いた』
巫女  お前は、なんだ?どうしてこんなところにいる?
化け猫 あ?ああ、別に。理由があってここにいるわけじゃない。森の中をふらふらしていたらここにたどり着いたんだ。ちょっと疲れちまったから休憩中。ここはいい場所だな。
巫女  おかしいな。ここには私しか辿り着けないはずなんだが・・・・・・見たところお前はただの化け猫だし・・・・・・
化け猫 おい。別に化け猫に誇りを持ってるわけではないが、少々失礼じゃないか?
巫女  ・・・・・・傷つけたようなら失礼した。
化け猫 いや、まあ別に。お前は・・・・・・見たところ巫女のようだな。
巫女  そうだ。
化け猫 ちょうどいい
巫女  何が?
化け猫 退治してくれよ
巫女  え?
化け猫 俺のこと。退治してくれよ。
巫女  ・・・・・・
化け猫 あんたなら簡単だろ?こんな化たばかりの雑魚妖怪。あんたが相当な力を持っていることくらいは流石にわかる。
巫女  ・・・・・・
化け猫 さあ。早く。
巫女  ・・・・・・(化け猫の隣に座る)
化け猫 なっ、なんのつもりだ?どうして俺の隣に座る?
巫女  お前はここにくるまでに悪さをしたのか?
化け猫 は?
巫女  人を襲ったり、村を壊したり。
化け猫 いいや。
巫女  じゃあ別に私が退治をする理由はないだろう。
化け猫 ・・・・・・
巫女  他の妖怪たちに比べて、随分話のわかるやつのようだし。どうして退治してほしいのか、理由も気になる。私はお前のこと・・・・・・少し知りたい。
化け猫 あんた、随分と変わった巫女さんだな。
巫女  まあ、そうかもしれない。だけどお前も妖怪にしては変わっている。
化け猫 ・・・・・・言われてみたらそうかもしれない。
巫女  もしかしたら似たもの同士なのかもしれないな、私たちは。
化け猫 まさか。
巫女  それを確かめるためにもお前のことを知りたい。
化け猫 あんたは俺に興味津々だな。
巫女  お前は違うのか?
化け猫 ・・・・・・わからない。
巫女  まあいい。とにかく教えてほしい、お前のこと。
化け猫 『桜が咲き誇る木の下で、俺は変わり者の巫女と出会った。』
化け猫 『俺は最近までただの野良猫だった。他の猫と同じく、町を自由に歩き、気ままに昼寝をして、時折人間たちから魚を盗んで食料を得ていた。町はずれの河川敷。大雨が降る中で俺は雷に打たれた。死んでしまったのかと思ったが、俺は生きていた。しかしその代償なのか、俺の体は変化した。牙も口も体も、大きくなった。いわゆる化け猫というものに俺は姿を変えた。話には聞いていたが、雷に打たれて化け猫になるというのは初めて聞いた。化け猫になるということは、普通の猫どころか、人間よりも長い時間を生きることになる。俺には関係のない話だ、そう思っていたのに。
突然長い命を得ても、どうしたらいいかわからなかった。心なしか過ごす時間が伸びたような気がする。俺は化け猫になった。そして同時に生きる意味を失った。』
巫女  なるほどね。
化け猫 ・・・・・・
巫女  衝撃で妖怪化する例は珍しくないわ。でも、化けて凶暴化しないなんて、そちらの方が珍しい。
化け猫 そんなこと俺に言われてもな。
巫女  人を喰らってやろうとか思わなかったの?
化け猫 あんたは妖怪のことをそんなふうに思ってるのか?
巫女  大体の妖怪はこちらの話が通じない。だから力でねじ伏せることになる。
化け猫 ・・・・・・あんたも苦労してるんだな。
巫女  確かにね。話の通じないやつの相手をするのも大変よ。妖怪も、人間も・・・・・・神様も。
化け猫 なんだか、でかいな規模が。
巫女  その規模で生きてきたのよ、今まで私は。
化け猫 そいつはたいそうなことだ・・・・・・なあ、あんたの話も聞かせてくれよ。
巫女  え?さっき私に興味ある?って聞いたとき、わからないって言ったよね?
化け猫 わかった・・・・・・というか、気が変わったんだ。あんたのこと、もっと知りたくなった。よかったら教えてくれよ。
巫女  ・・・・・・誰かに興味をもたれたの、初めてかもしれない。
化け猫 そうなのか?
巫女  怖がって誰も私に近づかない、の方が正しいかも。
化け猫 神様ですらか?
巫女  神様は・・・・・・いつも遠くから私を見張っているの。ちゃんと任務を果たしているのか。誰かと恋仲になっていないか。
化け猫 恋仲?
巫女  私は生まれた時から神様と繋がっているようなものなの。だから村を守る、妖怪を倒す力をいただいた。誰かと恋仲になるということは神様を裏切るということ。
化け猫 裏切ったらどうなるんだ?
巫女  この力を失う。もしかしたら私自身の命も奪われる。
化け猫 ここで俺と話をしているのは・・・・・・大丈夫なのか?
巫女  ここはどうも神様の目すら届かない場所らしい。だからここは私が唯一休める場所。ここでならあなたと話すぐらい問題ないはず。
化け猫 そうか。それは安心だな。
巫女  何?私に惚れたの?
化け猫 そういうんじゃないけど。
巫女  まあ惚れられても困るんだけど。
化け猫 だろうな。ただ、こうして話をしてるだけで勘違いされてもなって思っただけだ。
巫女  勘違いで私の命を奪うようなことはしないわ、神様は。
化け猫 それもそうか。
巫女  ねえ、化け猫さん。
化け猫 なんだ?
巫女  よかったらまたここにきてくれる?
化け猫 どうして?
巫女  あなたとまたお話ししたいから。あなたとお話してるとなんだか・・・・・・安心する。
化け猫 なんだ?もしかして俺に惚れたのか?
巫女  まさか。
化け猫 だよな。
巫女  でも。誰かに弱音を吐きたくなるときだってあるのよ。ここでなら、あなたであれば、なんだか色々話ができる気がするの。
化け猫 買い被りすぎじゃないか?
巫女  そうかな?少なくとも、あなたは私に興味を持ってくれた。
化け猫 それはそうだけど。
巫女  それに、あなたはちゃんと話が通じる。
化け猫 間違いない。
巫女  いいかしら?
化け猫 あんたさえ良ければ、またここに来るよ。俺もどうせ行く場所なんてないからな。
巫女  ありがとう。じゃあ私はそろそろ行くよ。また明日、会おう。
化け猫 わかった。
化け猫『約束というものは、たとえ些細なものであっても生きる理由になる。俺は生きていく理由がわからなくなっていた。だが、森の奥、大きな桜の木の下で、俺は生きる理由を見つけた』
巫女  あ、またいてくれた。
化け猫 当然。他にやることもないからな。
化け猫 『桜の花が散った後も、俺と彼女は桜の木の下で待ち合わせ、話をした。彼女は妖怪との戦いで疲れ切っていてもここにやってきた』
化け猫 大丈夫か?こんなところ来てないで、家で休んだ方がいいんじゃないか?
巫女  大丈夫よ。それに家よりもここの方が休まるから。
化け猫 神様の目が届かないから?
巫女  それもあるけど、あなたとこうしておしゃべりできるから。
化け猫 おいおい、そんなこと言ってくれるなよ。
巫女  私に惚れちゃうから?
化け猫 ・・・・・・
巫女  え?そこは黙らないでよ。
化け猫 悪い。
巫女  惚れられても、困る。
化け猫 わかってるさ。
化け猫 『猫であった時、俺には「恋」というのがどんなものなのかわからなかった。しかし化け猫になって、彼女に出会って、彼女の笑顔が眩しくて、彼女が苦しんでいる姿に苦しめられて、彼女といつまでも一緒にいたい・・・・・・という感情を俺は覚えた。これは恋だったと思う。しかし、この気持ちを伝えることは許されない。俺は怯えもしていた。一線を超えてしまったら、彼女の命を奪うことになってしまうから』
(次の日。巫女が腕に傷を負ってやってくる)
巫女  はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・
化け猫 おい!どうしたんだ、その傷。
巫女  鬼が村を襲ってきて・・・・・・ちょっと油断しちゃった。
化け猫 どうして村で手当してこなかったんだ?
巫女  嫌だったから。
化け猫 は?
巫女  このまま村で死んじゃって、お別れも告げずにあなたに会えなくなるのが嫌だったから。
化け猫 ・・・・・・随分弱気だな
巫女  え?
化け猫 それにその言い草。完全に俺に惚れてるじゃねえか。
巫女  ・・・・・・まさか。
化け猫 まあいいや。俺はあんたをこんな傷ひとつで死なせはしないよ。ほら、腕だしな。
(化け猫が巫女の傷の手当てをする)
巫女  こんな技術、どこで覚えてきたの?
化け猫 俺には時間がたっぷりあるんだ。あんたに会ってない間、ずっとぼーっとしてるわけじゃねんだぜ?
巫女  ・・・・・・そうか。
化け猫 『手当てをしている間、彼女はおとなしかった。疲労も随分と溜まっていたのだろう。俺の手当てが終わると、彼女は疲れ果てて眠ってしまった。・・・・・・俺は彼女のぐったりとした体を抱き寄せたくなった。しかし、俺はそれをしなかった。彼女をぎゅっと抱きしめてしまったら、もう後戻りはできないと思った。俺は彼女を失いたくはない。桜の花はとっくに散り、ついこの間まで緑色だった葉っぱもすっかり赤く染まっていた』
(数十年、桜の木の下)
巫女  あなたと出会ってから、もう随分と時が経ってしまったわね。
化け猫 そうだな。
巫女  私もこんなによぼよぼになっちゃって。
化け猫 ・・・・・・そうだな。
巫女  あなたは出会った頃と何も変わらないわね。
化け猫 なんせ化け猫だからな。
巫女  私もそろそろお迎えが近いわ。
化け猫 ・・・・・・
巫女  あなたを置いて行ってしまうのは、少し心苦しいわね。
化け猫 ・・・・・・
巫女  なに?私がいなくなるの寂しい?
化け猫 ・・・・・・あぁ。寂しい。
巫女  今日は随分素直ね。
化け猫 今日くらい、素直になってもいいだろう?
巫女  それもそうね。じゃあ私も素直になるわ・・・・・・私、あなたに惚れていたわ。
化け猫 ・・・・・・知ってた。
巫女  そうよね。あなたとお話ししている時間がとても愛おしかった。
化け猫 ・・・・・・
巫女  神様は・・・・・・もしかしたら気づいていたかもしれない。でも大目に見てくれたんだろうな。なんとなくだけど、そんな気がする。
化け猫 だったら神様に感謝しないとな。
巫女  そうだね。
化け猫 ・・・・・・
巫女  ねえ。私あなたに贈り物をしようと思うの。最期の力を振り絞って。
化け猫 そんなのいいのに。
巫女  あなたはそういうと思ったわ。でも私がしたいの。
化け猫 そういうことだったら。
巫女  じゃあいくわね。
(巫女がお祈りをする。すると、桜の木の周りに庭園が現れる。美しい庭園。そして中には茶屋らしき建物がある)
化け猫 これは・・・・・・随分と美しい庭園だな。中にあるのは・・・・・・茶屋か?
巫女  うっ・・・・・・(巫女がその場で膝から崩れ落ちる)
化け猫 (巫女を支えながら)お、おい!大丈夫か?
巫女  ここ・・・・・・あなたの居場所にぴったりかなって思って。春夏秋冬を詰め込んだ庭園。綺麗でしょ?
化け猫 あぁ。さすがだな。
巫女  四季折々の景色に囲まれて、そこで小さな茶屋をやればいいわ。
化け猫 俺がか?
巫女  あら?結構合ってると思うけど。
化け猫 どうして俺がそんなこと・・・・・・
巫女  だってあなた、目的を与えなきゃ、また死に急ぎそうだもの。
化け猫 ・・・・・・確かに。
巫女  いやよ、私は。また若い巫女捕まえて「俺を退治してくれ」なんて言ってるの。
化け猫 ・・・・・・返す言葉もないな。
巫女  だから、あなたにはここをずっと守っててほしいの。四季が死ぬことのない、この庭園を。
化け猫 ・・・・・・わかった。俺の命が続く限り、この場所を守ってみせるよ。
巫女  随分大げさね。
化け猫 俺の生きがいだ。大げさにもなる。
巫女  ・・・・・・私ね、なんとなくだけど、またこの現世に戻ってくるような気がするんだ。
化け猫 そうなのか?
巫女  そんな気がしているだけなんだけど。でももし本当にまたここに戻ってこれたなら、私はこの四季庭園を、そしてあなたを探すわ。
化け猫 ああ。
巫女  だからそれまで、ここをお願いね。約束。
化け猫 ・・・・・・ああ。約束する。
(数千年後、現代。少年が四季庭園内茶屋の化け猫店主とお話をしている)
化け猫 相変わらず、サボりかい?少年。
少年  学校行くのは退屈だ。お前と話をしている方がよっぽど楽しい。
化け猫 全く。本当にお前は俺のことが好きなんだな。
少年  だからそんなんじゃないって言ってるだろ!
化け猫 素直じゃないんだから。お、桜が一輪咲いてるぞ。みてみろよ。
少年  本当だ。もうあっという間に満開になりそうだな。
化け猫 春ももう近いな。
少年  ・・・・・・なあ、前々から気になっていたんだけどさ。
化け猫 なんだ?
少年  どうしてお前は、この四季庭園の茶屋で店主なんてしてるんだ?妖怪のくせに。
化け猫 妖怪が何しててもいいだろう。
少年  まあそうなんだけどさ。
化け猫 ・・・・・・秘密。
少年  なんでだよ!他のくだらないことは教えてくれるのに!
化け猫 そうだな、ちょっと意地悪だったから少しヒントをあげよう。お前との約束なんだよ。
少年  はぁ?何を訳のわからないことを言ってるんだ?
化け猫 はは。まあそうなるよな。
少年  ヒントどころか、そんなの、謎が深まっただけじゃないか!いいから教えくれよー!
化け猫 『俺ば元野良猫。今は化け猫。春には桜が咲き、夏は蛍が飛び、秋には紅葉が色づいて、冬は真っ白な雪に覆われる、この四季庭園で茶屋を営んでいる。ここは俺の大事な場所。長い時を生きるのに必要な場所だ。』
                                                (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?