百名ヒロキを初めて見た感想


以下は2017年7月23日に非公開で書いたブログのコピペです。



百名ヒロキさんと仲田拡輝くんの話。

「ボクが死んだ日はハレ」のストーリーをざっくり説明すると、一年前に息子のひかるを亡くしたシングルマザーで歌手のミミが、乳歯と水晶がきっかけで夢の中で息子と過ごした20年間を何度も繰り返すようになり夢と現実の区別がつかなくなったので、こりゃ良くないとミミの仕事仲間と夢の中のひかるがミミを現実世界に連れ戻してハレバレハレルヤ!という感じの話(超ざっくり)

この物語のテーマは「対象喪失」
かけがえのないものを失うこと。死別、失恋、引っ越し、卒業、転職、定年、健康を失うという意味で病気になること、夢やアイデンティティを失うこと。
今持っている全ての事とはいつか別れる時が来る。その時、どう悲しむか。

今回、その「喪失」の対象として描かれている佐藤ひかるくんを演じるのが、百名ヒロキさん。つまり、川島くんを含めて百名ヒロキさんを観に来た全ての観客が共通して喪失した、仲田拡輝くん。だった人。

当然だけど、仲田拡輝と百名ヒロキは同一人物でした。思ってる以上に同じ人。たかが数ヶ月で人はそんなに変われないし、変わったと思うのならそれはきっと知らなかっただけ。
唯一違ったのは、いつも余裕そうにへらへら笑って何でもこなしてしまう仲田拡輝はどこにも居なかったということ。とにかく必死で、この中で自分が一番未熟だと自覚していて、一生懸命痛々しいほどに、心の底から魂を叫んでた。
最前で見た時よりも、ハイタッチをした時よりも、この日が一番、そこで生きてるのが伝わった。自らの命を燃やして佐藤ひかるくんの人生を駆け抜ける姿を、目に焼き付けた。

いやもう、これは、納得せざるを得ない。
なんで今なの、とかそういうのはもうこれを見せられちゃったら何も言えない。

2017年2月28日をもってTravis Japanの仲田拡輝は消えた。
だけど、百名ヒロキの中にはしっかりと仲田拡輝がいる。形として存在しないだけ。
仲田拡輝がたくさんの夏を注ぎ込んで得たトラビス仕込みのダンスはきちんと百名ヒロキの武器になっているし、少し不安定な歌声も、舞台後半になると掠れてくる声も、復讐に燃えたり居酒屋で喧嘩した時のセリフの言い方も、人懐っこい笑顔も、全然変わってない。
今までの全てのことがあったから、このタイミングで彼は佐藤ひかるくんと巡り会えたんだと思いました。

そして何より、楽しかった!
6日間、短い時間だったけど、暑い中毎日歩いた劇場までの道のりも、当日券を貰って涼んだサンマルクも、震える手で握り締めたハンカチも、たくさん発信してくれた言葉達も、きっと1年後2年後の自分にとって大切な宝物になると信じてる。今までずっとそうだったから。私はきっとこれからも、天秤になんてかけられない。君が自分を手に入れるために引き換えにしたものを私は捨てられないまま今を受け入れて進んでいく。

どれだけ変わりゆくものがあっても私は変わらないものを信じたいです。夏の青さを、向日葵を、始まったこと、終わっていったこと、何ひとつ忘れたくないです。夏というのは全くもって罪だ。おわり。