40%と80%の間の銀河
・継続力のある人
・一つのことを極める人
この二つの特徴を持っている人がこの世の中で最も強い生き物だと思う
この二つは似たような性質を持っており、継続したからこそ極めることができるものだろう
私は、この特徴を切望している
生きていると、「多趣味だよね」とか「物知りだよね」と言ってもらえることがあるのだが、悲しいかなコンプレックスでしかない
コンプレックスである大きな理由は、私が「飽き性」だということ
昔から、いろいろなことに興味を持ってきた
サッカー、お笑い、格闘技(K-1)、読書、音楽、ラジオ、映画、登山、ファッション、料理など
少しだけでも触れてきたものについては、枚挙にいとまがないほどにありふれているが、そのどれにおいても自信を持って「詳しい」とは言えない
ある程度体感できたら、飽きてしまうから
そのある程度には幅があり、大体40%〜80%くらいの度合いでハマったかどうかが分かれる
映画は、人生で最もハマった趣味であるのは確実であり、その度合いは今もなお息を潜めることなく上昇し続けているが、それでも上には上がいる
2023年の1年間、326本の作品を鑑賞したが、それでも自信を持って100%だとは言い切れない
例えば、100%のハマり具合を誇っているほど映画が好きな人は、きっと呼吸をするように映画を観ている
そして、作品外のことにも目をやり、エンタメとしての枠を超え、表彰論にまで手を伸ばしている
そんな人たちを目の前にすると、とても「映画に詳しい」だなんてほざくことはできない
だから、高く見積もっても80%くらい
他の趣味は、低くても40%くらいはハマってきたけれども、結局どこかで飽きてしまって中途半端な知識のままだけが残ってしまう
私はずっとその40%〜80%の間の人生を生きてきており、中途半端に知ってしまった色々な知識がいまだに消化できていない
代表戦がやっていればサッカーの戦術の本とか読むし、M-1があれば3回戦くらいからほぼ全てのネタに目を通すほど気になるし、料理にハマりだすと平気で魚を捌いたりしてしまう
1年間全く服を買わないかと思えば、急にZOZOTOWNで5万円分くらい服を買ったり、仕事帰りにmont-bellによって10万円分くらい登山グッズを買い揃えたり、本当に呆れてしまう
あっちに行ったり、こっちに来たり、なんで私の人生はこんなにとっ散らかっているのだろう
一つのことに没頭したいのに、侵入思考のように次から次へとあらゆることへの興味が浮かび、摘み取ろうと手を伸ばせば、その手の温もりが栄養になっていろんな雑草が生えるようなものなのだ
多趣味なことは全く悪いことではないし、趣味の話をつらつらと書き連ねて、結局何が言いたいのかと言えば、『何を投げ打ってでも没頭できるほど好きなことがあることは強い』ということだ
“没頭できる”というのは、継続して極めていく過程で起こる現象であるが、今の時代、没頭してきた人たちが天下を獲る社会になっているような気がする
YouTubeというプラットフォームが顕著な例である
YouTuberには「人間」を商材にしている人たちと「ジャンル」を商材にしている人たちがいるが、どんどん後者が増えてきている
「ジャンル」を商材にしている人たちの多くは、その道を極めた人たちであり、その「詳しい」ということがとてつもない付加価値となっている
そういった人たちの弛まぬ努力は計り知れないが、無責任なことを言うと、心底憧れてしまうし嫉妬する
「じゃあ極めればいいじゃん」という声が聞こえてきそうだが、そんなことは重々承知している
でも、それができない人間として生きているから、その肥大したルサンチマンを抱え続けたまま生きていくことを決めた
2024年2月29日、新卒から6年間在籍した会社を退職した
2024年3月からは未経験の広告業界にチャレンジをすることになるのだが、果たして私はどこまで没頭できるのだろうか
どうせ私には40%〜80%の銀河しか存在していないから、周りの人に比べたら没頭できないのだろう
まあ、時に衝動的に時間とお金をかけて、一輪の花を咲かせることができるかもしれないけど
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