息子が5歳のころに赤ちゃん返りした話

その当時、娘が生まれて9ヶ月。後から思えば息子からの「サイン」はあった。そんな息子の赤ちゃん返りについて書きたいと思う。
下の子が生まれて「あれ? 上の子が荒れてる? 情緒不安定?」な方に届けばいいなと願って。

・娘9ヶ月(12月~)
この頃から息子の食べる速度が通常の倍かかるようになる。
12月頭にキャベツざく切りを喉に詰まらせ、怖い思いをしたからなのかな、と思い込んでしまった。
だんだんと食べる量も減り、「ものを飲み込む」行為そのものがつらいのか、口の中に物をため込み飲み込めない。飲み込むときに咳払いをするようになる。

・娘10か月(1月~)
決定的なのが元旦夜。とうとうえづいて食事拒否。医療機関も休みだし、相当心配した。
無理して食べるのはNGと判断し、ここから何が食べられるのかを模索する日々が始まる。
ここから延べ6か月間、息子はアイスとチョコ、牛乳で過ごすことになる。

固形物がダメなのだろうと思い、お粥?と思うも、この子はお粥が赤ちゃんの頃から好きではなかった。
水分、それからカロリーが取れればひとまずは乗り切れるのでは。食事系よりもお菓子系がいいのかもと、「おやつなら食べられる?」からスタート。
もうこの時の息子は、食べる行為そのものに忌避感を覚えていたように思う。
大好きなお蕎麦ですら、えづいて飲み込めなかった。

「チョコレート、どう?」
「食べてみる」

これが良かった。口の中で溶ける。
ひとくちチョコレートに随分助けられた。
大袋のひとくちチョコレートをスーパーに行くたびに買っていた。

またあるときは。
「コアラのマーチ、どう?」
クッキーっぽいところがあるけれど、これは美味しく食べてくれた。

保育園での昼食は無理に食べさせることのないよう、また、本人にも無理しないように伝えた。
先生方もご理解くださり、周囲から注目を浴びないよう(摂食障害がある前まではモリモリ食べていた)注意を払ってくださった。
感謝である。

この間、近所のクリニックに紹介状を書いてもらって、大学病院の小児科を受診した。
「5歳でも心因性の嚥下障害なんてあるんですかね」と言われながら、紹介状を書いてもらった。

大学病院では「精神的なものかもしれないが、念のため」と、耳鼻科へ回された。
鼻からスコープを入れて嚥下機能に問題がないかどうか、即日検査することになった。

今も息子は言っている。
「鼻からカメラ、あれは今までの1.2を争うつらい体験だった」
息子はすごく上手に検査を受けていた。ひとりで検査椅子に座って、えづいて涙目になりながら検査を受けていた。
私も涙目になっていた。

これは余談だが、息子の不安や緊張をほぐそうと、耳鼻科の先生がたくさん話しかけてくださった。その時の会話。
「息子くん、なんのテレビを見ているの?」
「シンカリオン」
「あ、あの、新幹線が出てる……?」
(息子うなづく)
「えっと、じゃあどの新幹線が好きなのかな?」
「……こまち」
「そっかぁ、かっこいいよね、あきたこまち」
ここで母は申し訳ないけれど笑ってしまった。

先生は検査開始の待ち時間10分ほど、ずっと話しかけてくれて、なにに対しても「いいね!」と返してくださった。親子で救われた時間だった。

「とても上手に検査できてえらいね」
先生に褒められたが、息子は「もう二度とやりたくない」と俯いていた。

検査の結果、嚥下には異常がなく、いよいよ精神的なものですねということになった。
ここで、小児臨床心理士さんの登場である。

心理士さんの予約を取り、別日再度大学病院へ。

親子それぞれお話しするスタイルで、とにかく「話を聞いてくれる」という場所があることが、私にはとても救いだった。

「チョコレートばかり食べていて、問題ないのでしょうか」
「害は特にないです。食べたい時に食べたい分を食べたいだけOK!」
それを聞いた息子、満足そうにチョコレートを頬張ることができた。本人も不安だったんだと思う。
私もその言葉を聞いてとても安心し、この日はチョコレートの大袋を5袋も買って帰った記憶がある。

私の誕生日当日に臨床心理士さんの予約があり、大学病院へ行った日のことだ。
「せっかくお母さんのお誕生日なのに、息子くんの病院でほんとごめんね……」
「お母さんは息子くんと一緒にお出かけできて嬉しいよ」
母は泣いた。

この日、下の娘は実母に見てもらって、ふたりで大学病院に来ていた。下の娘をおんぶしながら大学病院へ行くこともあったが、なるべく息子とふたりで出かけられるようにしようと思った。

食事以外の生活面では癇癪をぶつけることが多かったと記録が残っていた。しかし、今ではもう忘れているくらいで、「そうだったっけ?」と思うくらいのものだ。
その癇癪が、娘には向かなかったことだけは覚えている。

ともかく、チョコレートがOKと聞いてからほっとした親子。
ランチプレートを使ってチョコレートお菓子の盛り合わせにしてご飯を出してみたり、野菜ジュースを添えてみたり。
人生長いし、こんな時もあるんだねと構えることができた。
出口の見えない暗いトンネルを走り続けている心地だったのが、少し救われた気持ちになった。

その二ヶ月後、ようやっと息子が「ご飯」を口にした。
2月下旬のことだった。

「お母さん、そのカツ、いいなぁ」
「えっ?」

私が食べている昼食を見て、食べてみたくなったらしい。
かれこれ年明けからずっとチョコとアイスで過ごしていた息子。再デビューは突然やってきた。しかも、トンカツという強敵である。
スジや脂身もあるから、無理して食べなくて良いと、白飯を添えつつ取り分けてみた。

気にしない風を装いつつ、様子を窺っていたのだが、ここでなんと取り分け分を完食した。
ホッとして、母は次の日風邪を引いた。

それからは、息子が口にしたいと言ったものをなんでも出した。
「お店でハンバーガー食べたい」というリクエストで、マクドナルドへ行った。チーズバーガーを完食できて、親子で笑顔になった。

徐々に快方へ向かうかと思えば、再びチョコレート生活に戻ってしまった時期もあったけれど、食べられなくなって約半年後には、ほぼ元通りの食生活に戻った。
飲み込みにくいものはあって、それは今でも口から出すことはある。けれど、今では大人の私よりももりもりご飯を食べている。

「お母さん、お腹すいたよ!」

その言葉を、私はずっと待っていた。

心優しく繊細な息子なので、きっとこれから先も摂食障害がなにかしらのきっかけで起こることだろう。
その時の私へ。このnoteを読んでください。
大丈夫、きっと大丈夫。




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