吐露

ショッキングなニュースにあまりにもどうしたらいいかわからなくて、でも吐き出さないと自分がどうにかなりそうで、とりあえず文字にしている。

7/8の今日は天気が良いのに涼しく、連日の猛暑が嘘のような日だった。

いつも通り仕事をして昼休みになる直前、
「安倍元首相、ショットガンで撃たれたって」

という声が聞こえた。

そのあまりにも日常からかけ離れた文が、なんとも理解できなくてそんな非常識な、という感想が浮かんだ。
そう、非常識だった。令和4年の日本で、元総理大臣が襲撃される、それもショットガンという刃物や拳銃よりも遥かに殺傷力がある武器で、なんていうのは起こってはいけない事だった。

ショットガン。多少ミリタリーを齧ったことがあったらどういう武器か想像がつく。沢山の鉄球が詰まっていて、火薬でバッととんでいく。飛距離こそ50mなどと言われているけど、人間を殺すにはあまりにも充分すぎる武器。
「2発撃たれて、心肺停止らしい」
この世に至近距離からショットガンで2発撃たれて生きていられる人間がどれだけいるだろうか。拳銃の弾ですら口径よりも出口の方が広がって大きな傷になるのに、ショットガンなんて。

事務所に行くと、確かに騒然としていた。ただ、皆他人事のように話している。
そう、他人事。その場にいる皆の肉親でもなければ親友でもない。僕含め彼は真っ赤な他人だった。

思わずTwitterを開くと案の定元総理大臣が銃撃されたとニュースになっている。テレビをつける。銃撃。心肺停止。元総理大臣。犯人は40代男性。2発の銃声。血を出して倒れた。SPは1人……

頭が痛くなった。目と耳から得られる情報が全て良くないものに思えた。気持ちが悪くて、午後の間ずっと頭が痛かった。

Twitterを見ると、アイドルやアーティスト、フォローしているユーザが全く別の世界の人かのようにこの件に触れない様、わざとなのか明るい話題、配信の予定なんかを呟いている。

不思議だと思った。

元総理大臣が暗殺されかけていて、その情報に触れていないはずが無いのに幸せなニュースを提供している。
不謹慎だとは思わないけど、心があるんだろうか。と感じてしまう。少なくとも僕には無理だった。
でも賢いのかもしれない。一般人である僕らが出来ることなんてせいぜい祈るくらいで、Twitterで呟いたところでそれが奇跡を起こすなんてことは無い。

実際ショックなニュースを見続けていると自分の精神が蝕まれて行くような気がして距離を取りたいと思う。と同時に、それに向き合うのが人間として正しい姿なんじゃないのかなとも思う。

しばらくして亡くなったとの報道を見た。
ご冥福をお祈りします。
この一言で人は浮かばれるのだろうか。
そんなはずはないし、ただでさえ病気を克服して2度総理大臣になって日本を引っ張って来た偉人がそんな一言で片付けられて言い訳がない。

総理大臣を引退してから、YouTubeでピアノを演奏していた姿がずっと記憶に残っている。育ちがいいせいか子供の頃習っていたピアノを大人になって再び練習を始めたと言っていた。弾いていた曲は震災復興の歌だった。僕はピアノを弾けないから上手い下手は分からないけど、優しさと包容力があるような、心地いい音だった。

今電車に乗っている。政治の事なんてさほど興味がないだろう女子高生まで皆、暗い顔をしている。明るい声で車内放送が流れている。

犯人は捕まったらしい。日本は2人以上殺すとほぼ死刑が確定するけれど、今回はどうだろうか。
命に軽重は無いと言うけれど、犯人と安倍元首相、どちらの命が重いのだろう。少なくとも僕は、犯人がたとえ死刑になったとしても「釣り合わないな」と思ってしまう。

67歳。うちの会社の定年は65歳らしい。まだまだやりたい事も沢山あっただろうに、こんな無惨な死を迎えていい理由なんかあるはずがない。でも僕には死そのものよりも、死に触れてもなお、他人事として平然としていられる人の方がよっぽど怖く見える。

現実感がない。受け入れ難い。電車の横に座った先輩とはいつもおしゃべりをするのに、亡くなった事を知ってからとうとう一言も発せ無かった。

笑ってる人が信じられない。死を喜んでいる発言が許せないと思う。代わりに死んでしまえとまで思ってしまう。

善悪について、「いい事とは続くことである」というのを信じているのだけれど、人の命を終わらせてしまうのは間違いなく、悪だ。