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江戸城外堀を歩く楽しみ

当舎で開催している古地図散歩のイベントは様々なコースがありますが、一番人気は江戸城外堀をめぐるものです。

江戸城外堀は全部歩くと約15キロになるのですが、これを5つのコースに分けて、江戸時代の終わりころに作られた「金鱗堂尾張屋板江戸切絵図」という古地図を見ながら歩くのです。

他の古地図散歩のコースは数回程度しか開催していないのに対して、江戸城外堀の全5コースは歩き旅応援舎創業当初から繰り返し開催しています。

なぜでしょう?

まず1つには、わかりやすいこと。

そして2つめの理由は、全ての古地図散歩の基本となるコースだからです。

「江戸城外堀」ってネーミングからして、どういうものについて見て回るのか、初めて古地図散歩に参加する人にもわかりやすいですよね。
現在の皇居が昔の江戸城だったことはほとんどの人が知っていますし、その外側の堀だから外堀でしょ?と、外堀がどういうものかを知っていてもいなくてもイメージしやすいものです。
だから初心者でも入りやすいコースだと言えます。

そして古地図散歩の基本という点について。東京は江戸の町が基礎となって出来上がっていますが、その江戸の町は江戸城外堀によって形作られています。
歩き旅応援舎の古地図散歩のイベントは「東京を知る」ことが目的ですので、江戸城外堀の古地図散歩は江戸の古地図散歩全ての基本となるのです。

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多少具体的なお話をします。

江戸城外堀は3代将軍徳川家光の時代に完成しました。寛永13年(1636)のことです。このころ何があったのかといいますと、参勤交代が始まっています。
参勤交代というのは、大名たちが1年交代で江戸に詰めて、交代で自分の領地に帰ることです。

そのためには、江戸に大名たちの住む屋敷が必要です。ところが大名たち各々が勝手に屋敷を建ててしまっては、幕府が統制できにくくなります。幕府の立場からしてみれば、大名たちには江戸城内に屋敷を建ててもらいたい。

ところが当時の江戸城では、大名たちの屋敷をその内側に建てるには小さすぎた。そこで外堀の登場です。それまでの江戸城の外側に約15キロの新たな堀を造り、江戸城を大拡張したのです。

こうして外堀の内側には大名屋敷が並ぶこととなりました。実際には大名屋敷だけではなく、上級の旗本の屋敷もありました。大手町や丸の内、駿河台や番町がその例です。

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しかし武士だけでは生活できませんから、彼らの生活に必要な物資や食料を供給するための町人の住む町も、外堀の内側に造られました。神田や日本橋がその代表例です。

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すると邪魔になるものがあります。墓地で広大な土地を使うお寺です。そこでお寺は外堀の造成ができるのに合わせて、外堀の外側に移転させられました。現在、浅草、四ツ谷、三田などにお寺ばかりの町がありますが、これら寺町はこのときに造られました。

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このように外堀が江戸の町を形作る役割を果たしていたと考えられます。そしてこの役割は、明治以降もつづくのです。

たとえば東京の中心部に鉄道を敷こうとするとき、すでにたくさんの人家が建ち並んでいる町中に線路を造るのはたいへんです。そのため明治27年(1894)に甲武鉄道(現在の中央線)が新宿から東に延伸したときには、用地買収の必要のない江戸城外堀を利用して造られました。
堀際を線路が通るとなりますと、列車を降りると堀の反対側に行くためには橋が必要です。そこで駅は城門の跡地に造られました。城門にはもともと橋が架かっているからです。四ツ谷、市ヶ谷、飯田橋(当時は牛込)などの駅は、こうして築かれました。

そして昭和になってから、高速道路が造られます。高速道路も明治の鉄道敷設と同じ理由で外堀をはじめとして、江戸時代の水路が利用されました。高速道路の出入口も、多くは城門の跡が利用されています。

町は人が行き交う基点となる駅や高速道路の出入口付近から、さらなる発展をしていきます。このように江戸城外堀は現在の東京の町にも大きな影響を与えているのです。

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歩くことは、乗り物に乗って移動するよりも、私たちにたくさんのものを見せてくれます。外堀を実際に歩くことで、私たちは多くの情報を得ることができるのです。

当舎の古地図散歩は、全5コースの外堀シリーズをはじめとして様々な地域をあるくコースがあります。これらはいずれも観光名所や有名な史跡をめぐるよりも、町そのものの成り立ちを中心に見ていくものばかりです。

その意味では観光目的、史跡めぐり目的の人たちは、がっかりするかも知れません。

しかし、私は古地図散歩をより多くの人たちに歩いてもらいたいと考えています。特にこれからの世の中を創っていく、今働いている現役世代の人たちには是非とも歩いてもらいたいと思っています。

およそ400年前から発展をはじめ、急激な膨張をし、そして今も進化しつづける東京の町。これからも進化を遂げるためには、その基礎となった江戸の町、そしてこの町を形作った江戸城外堀について多くの情報を得ることは、非常に有意義なことです。

古地図散歩では昔の東京についてたくさんお話ししますが、昔のこと、江戸時代のことを知ってもらうことが目的ではありません。

過去の話はしていますが、見ている先は未来なのです。


(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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