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プライド

2006年9月7日  彼が産まれたこと

家に来て初めて測った体重が650gだったこと

しつけなくてもトイレができたこと

ゴハンの時、前のめりになりすぎて後ろ足が浮いたまま食べていたこと

雷に驚いて振り返った顔がとてもかわいかったこと

肉球を蟻に噛まれ、驚いて俺の手を強く噛んだこと

人が大好きなこと

パンが大好きだけれど、ヤマザキのパンしか食べないこと

ウンチをしようとして力んだのか、何故か側転をしてしまったこと

注射をされても、涼しい顔をしていたこと

女性に抱っこされるとドヤ顔になること

帰宅するといつも膝の上に飛び込んでくること

大きな病気もなく、元気に過ごしてきてくれたこと



 2006年11月3日
 通ったことのない道の、偶然止まった信号の先に、小さなペットショップがあった。ペットを飼おうだなんて思ってもいなかったし、いつもなら通り過ぎていた。今でも思う。何故あのペットショップに立ち寄ったのか。けれど、それは俺にとって、そして、”ある”にとっても、とても大切な偶然だった。
 

 ペットショップの店内は、開店直後ということもあってとても綺麗で明るかった。疎覚えではあるけれど、ガラス張りのケージが十数個あったかと記憶している。そのケージを端から一つずつ覗いていく。昼寝をしている子、おもちゃ遊びに夢中になっている子、それぞれが飼い主を待つでもなく、そこで暮らしているように感じた。一つずつ、一つずつ。 


 やがて最後のケージになった。くどいだろうけど、その時点でペットを飼うなんてことはこれっぽっちも思っていなかった。

それでも。 

 今までと同じように、ケージを覗き込むと、彼と目が合った。ガラスを、トントンと軽く叩くと、彼はこちらへトコトコと歩いてくる。

「抱っこしますか?」

もし、そう言われたら「ありがとうございます。でも、大丈夫です。」そう言って断るつもりだった。


「抱っこしますか?」

 実際にそう言われた時「はい。お願いします。」
その言葉が、自然と俺の口を衝いた。そして、ケージから出された小さな彼が、俺の腕の中で小さく丸まった。

 理由は分からない。
俺は泣いていた。
そして、店員の女の子に「連れて帰ってもいいですか?」「彼の生活に必要な物、全部用意してもらえますか?」
用意されていた台詞のように、それが当たり前であるかのように、そう言った。


 その瞬間、彼は俺の家族になったんだ。

 彼の横顔を見て、”ある”と名付けた。


 その後の生活は冒頭にあった通り。尤も、たくさんの色々なことがあったけれど。
 彼との暮らしは俺にとってかけがえのないものだ。




2021年6月24日
前日までなんともなかったあるの左眼が腫れていた。傷でもあって、なにかしらの菌が原因だろう。そう軽く考えていた。その日の夕方動物病院へ連れていくと、原因が分からないので少し様子をみてください。と、抗生剤の注射と、3日分の抗生剤が処方された。
 言われた通り、毎日抗生剤をなんとか飲ませても一向に良くなる気配はなかった。


6月28日
処方された薬を飲ませきり、再診予定の日。
仕事を早めに終え帰宅すると、彼の左眼から大量の出血があった。カーペットが黒く染まるほどに。
自分に、慌てるな。慌てるな。そう言い聞かせながら病院へあるを連れていくと、「ウチでは何も出来ないから、ちゃんとした設備があるところに連絡します。」

 不安に駆られながら待っていると「明日、連れてきてくださいとのことでしたので予約しておきました。」

「今日はどうしたらいいですか。」

 そう答えた。
だって、待っている間も彼の左眼からは血が流れ続けているんだから。

 幸いにも、再度連絡してもらった結果、「今から連れて来てください。」との回答を得ることが出来た。

 

 紹介された病院へ行くまでの間、俺の着ていた服は血だらけになった。たった小一時間があんなに長く感じたことは無かったし、これからも無いかもしれない。


 紹介された病院へ着くと、あらかたの説明は聞いていたようで、直ぐに診察室へ通された。
診察台へあるを乗せると、「しんどいでしょうが、この子の眼はダメです。もちろんCTで検査はしますが、結果がどうあれ私から提案できるのは左眼の摘出しかありません。」


一目見ただけで?

何も聞かずに?

それが正直に思ったこと。


けれど、その先生は続けてこう言った。

「中途半端なことをして苦しむのは彼です。この出血は止血剤じゃ止まりません。」

事実、先に行った病院で止血剤の注射は打ってもらっていた。それでも出血は止まっていなかった。

「私は中途半端なことはしたくない。術後にはなりますが、原因を調べ、ウチのスタッフ全員(その病院には30名を超えるスタッフがいる)で彼を絶対に治します。」

その言葉を信じよう。

「お願いします。」

泣きながら、そう伝えた。


そして2021年6月29日


あるは左眼を失った。






 それからのことは、過去の記事で触れているからみなさんご存知の通り。

そして今日。

2021年8月1日

縫われていた左眼の抜糸が済み、傷は完治しました。
本当に、彼は頑張った。そう誇りに思います。

隻眼となったあるとの生活が新たなスタートを切ります。

でも、かわいそうだとは思わないでくださいね。

だって、彼の顔は変わらずカワイイし、とてもカッコイイと思うんです。俺はね。

まるで、猗窩座と戦った煉獄 杏寿郎のようです。
分からなかったらごめんなさい。
でもね、分かる人が見たらそう思うんじゃないかな。


2021年8月1日 21:07

備忘録として