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File.44 身体を聞き、空間を聞き、世界を探る 山崎阿弥さん(声のアーティスト/美術家)

山崎阿弥さんは、音を扱うアーティストだ。鑑賞者は人間の身体のどこからこんな声が出るのか、と常に驚かされる。身体を楽器にし、空間の響きも活用しながら、鑑賞者に「聞く」という体験をさまざまな角度から共有する。身体にはこんなにも可能性と潜在的な力があるのだと山崎さんの表現や思考の過程を知ると気づかされ、普段いかに身体に向き合っていないか身につまされる。まずはYouTubeの動画を見てからインタビューを読むのをおすすめしたい。
取材・文=水田紗弥子(キュレーター)
 
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(写真上)江之浦測候所『冬至光遥拝』(2018)photo by Taku Kato

——音を扱っていますが、どんな表現手法なのかご説明いただけますか。

私は声のアーティストです。パフォーマンスでは、まず発した声が空間の中でどのように反射・吸収・共鳴するのかを耳・声帯・皮膚で感じ取ります。手で触れるかわりに声で空間の音響的な陰影や肌理を探索していきます。構造や建材、サイズなどの違いから響きは異なるので、それに応じて発する声を変えて、反応の違いを味わいながらコミュニケーションをとります。この対話している姿そのものをパフォーマンスとして見せています。インスタレーションはその対話が作り出した場に人を招き入れる、という感じでしょうか。

——サウンドアーティストとも違いますが、似た表現にはどんなものがあるのでしょうか。

声を使って抽象度の高い表現方法を行うボーカリストは多種多様、世界中にいます。また、その土地ごとで継承されてきた風土に根差す歌唱などには、言語や意味であることの機能を追い越して迫ってくるような声/音の表現もありますね。

——定義しにくい表現方法だと思いますが、苦労はありますか。

カテゴリーと紐づいたコミュニティに属してこなかったことで、得られなかっただろう恩恵みたいなものはあると思います。でも一方で、分野を問わず協働してこられましたし、どの分野の方ともお互いを新しい他者として認め合う場にたくさん恵まれました。定義はしにくいのだろうけれど、目の前で歌いさえすればそれぞれの感性で受け取ってくれます。これまで、声がたくさんの場に運んでくれて、たくさんの人に逢わせてくれました。

画像1『甕の音なひ』九州大学ソーシャルアートラボ(住吉神社、2015)

画像2『島膜』瀬戸内国際芸術祭2019

——普段はどのように練習や準備をされているのでしょうか。

アウトプットはインプットに支えられているので、毎日著しい量の音を聞きます。音楽を再生して聞くことはあまりなく、屋内外のさまざまな音に耳を傾けます。自分がいる位置に錨をおろして、そこから音を迎えに耳を旅させて、聴覚を動かしていくんです。感覚的な言い方になってしまいますが、ひゅっと釣り糸を水面に放るように、音が聞こえた位置に意識をポストし、そのポスト位置をどんどん増やして音と音、音と私の関係性を織り上げていく。縦横無尽に聞きます。

——その「耳をポストする」トレーニングは家で行うのでしょうか。

定点観測もかねて家で行うことが多いです。毎日のさまざまな音の変化を見つけることが、自分の変化の発見にもなります。コロナ禍で大気汚染が改善されて見晴らしが良くなり、インド北部のパンジャブ州から数十年ぶりにエベレストが見えるようになったという話がありますが、音環境でもそれに近いことは大小起きています。もちろん出かけた先で、生活環境からは聞こえないような音に耳を傾けたり、聴覚のレンジを広く高くとって、自分の身体を伸縮するように聞くような機会も作っています。でも、どこに居ても、音に耽溺しすぎたり、音を聞いている自分に陶酔したりしないように気を付けています。集中はしているのですが、ポストの感覚を手離れよくしておくことで同時に意識を散漫にし、感覚に遊びの余地を残しておきます。
コロナ禍下で始めた『leap2live』というオンライン・パフォーマンスとワークショップの取り組みのうち、主にワークショップでこの"聴覚を動かす"ということを試みています。音を聞くのは受動的なことと思われがちですが、「聞こえ」という現象は、発声した音を人間が迎えに行くような積極的な行為の下でおこるのではないかと思います。ワークでは"耳が音を旅する"のですが、それは自分という箱を開いて展開図−自分という地図を歩き進むような時間でもあると思います。

画像3

画像4『leap2live』より(上も)

——お話を聞いていると子どもの頃の感覚を思い出します。

身体や心が自分のいる世界と少なからぬ部分を共有していたり、身の回りのものを友人だと感じて感情移入したり、未分化な感覚が互いに干渉し合ったり、子供のころはよりないまぜの世界に居ますよね。成長した大人の身体を携えて、引かれた境界線の内と外をどのくらい冒険できるだろうか、と、よく考えます。大人の身体だから見渡せる景色を清々しく感じます。

——小さい頃から、声に対する感覚は鋭かったですか。

対面する人の声を、いつからか、骨格を透かすように聞くようになりました。きっかけになったのは母の声だと思います。参観日に大勢の"お母さん"たちの中で私の母の声を聞いたとき、明らかな違いに気づきました。母の声は鼻を抜けて外へ出てくる前に、鼻腔のあたりでくゆって響く。その響きの丸さが違っていて、口腔内に小さなドームがあるように聞こえました。

——声を扱うだけでなく、作品はインスタレーションにも広がっています。今後どんな場所で、どのような挑戦をしてみたいですか。

世界中の面白い響きの場所に旅をして歌い、録音したいです。私の声を聞いてもらうというよりも、私の声が"そのように聞こえる"理由、音響の空間性を味わってもらうための歌唱と録音。曲名にはそれぞれ場所の名前を付けます。
インスタレーションについては、常設展示を設けたいです。札幌市の鴻城小学校に「転校」して3週間交流・滞在制作をしたとき、使っていないトイレに羽根のサウンド・インスタレーションを常設展示させて頂きました。真っ暗な場所にガイダンスの音声を聴きながら小さな小学生さんたちが懐中電灯一つ、たった一人で入っていき、紙製の羽根パーツが作る特異な音響空間に耳を澄ます、というものです。そんなエアポケットのような、都市の中で息をひそめるヴォイドのような、名指せない場所を常設展示として作りたいです。

画像5『みみはこ』おとどけアート(2016、AISプランニング、札幌市立鴻城小学校)https://ais-p.jp/school_activity/2016kojyo-yamasakiami/
https://inschool.exblog.jp/23399468/

——かなり広いジャンルと繋がりが持てそうですが、今後コラボレーションしてみたい試みはありますか。

量子物理学の分野が、声を通じて考える生命の起源や命・身体の定義とは何かという問いに面白い道筋を与えてくれると感じています。まだ初歩中の初歩の勉強段階ですが、科学者とのコラボレーションを強く希望しています。また、今取り組んでいる映像詩や、もっと音楽然とした作品の発表機会を増やしていく予定です。

インタビュー冒頭に、なにげなく聞いた髪型の話から、髪の変化は当然、声の変化にも結びついていると話してくれた山崎さん。たとえば、髪の分け目を変えても全身がバランスを取ろうとして声に影響が出るということや、髪型の変化で気持ちが変わるように、声は身体だけでなく精神とも接続している。説明されれば当然そうか、と認識するのだが、普段は全く気づかないで生活している。身体を効率化しながら都会の生活を送っていることを改めて認識した。彼女の表現は声を扱うことなのだが、私たちの社会や生活の変化も反映していることにも気づかされる。

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山崎阿弥(やまさき・あみ)
声のアーティスト、美術家。自らの発声とその響きを耳・声帯・皮膚で感受し、エコロケーション(反響定位)に近い方法を用いて空間を認識する。空間が持つ音響的な陰影をパフォーマンスやインスタレーションによって変容させることを試みながら、世界がどのように生成されているのかを問い続けている。量子力学に関心を持ち、科学者とのコラボレーションに力を入れている。近年はAsian Cultural Council フェロー(アメリカ、2017)、国際交流基金アジアセンターフェロー(フィリピン、2018)、瀬戸内国際芸術祭(2019)など。2022年「JAPAN. BODY_PERFORM_LIVE Resistance and resilience in Japanese contemporary art」(開催時期調整中/イタリア、ミラノ現代美術館)に出品・出演予定。

公式サイト https://amingerz.wixsite.com/ami-yamasaki

画像6f/weather, RhizomeDC (2018, US)



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