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File.45 元証券マンのダンサーがひらくフラメンコへの扉、世界への発信 永田健さん(フラメンコダンサー)

日本では数少ない男性フラメンコダンサーとして活躍する永田健さんは、元証券マンという異色のキャリアを持つ。ライブ活動の傍ら映像作品を制作配信し、フラメンコの魅力を精力的に発信するその想いとは。
取材・文=呉宮百合香(ダンス研究)
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(写真上)映画『えんとつ町のプペル』の主題歌で踊る

——フラメンコとの出会いについて教えてください。

神田外語大学の学園祭に行った時にフラメンコサークルの発表を見て感動したことがきっかけで、習い始めました。当時証券会社で働いていて、翌年からアメリカへMBA留学したのですが、金融の世界が肌に合わなかったこともあってフラメンコへの想いがかえって強まり、思い切って会社を辞めてスペインに渡る決断をしました。26、7歳の頃です。
昔からダンスを習っていたわけではありません。社会人になってから趣味でサルサを踊ることはありましたが、プロになりたいと考えたことは一度もありませんでした。だから、まさか自分がダンサーになるとは思ってもみなかったです。

——当時、永田さんをそこまで惹きつけたフラメンコの魅力はなんだったのでしょう。

魅力のひとつは、足でリズムを刻む打楽器の要素があることですね。半分踊りで、半分パーカッションなんです。もうひとつは、喜怒哀楽や生き様を表現する踊りであること。一生をかけて情熱を注ぎ、チャレンジしていきたいと思うだけの奥深さがあります。
日本のフラメンコ人口は、世界で2番目に多いと言われています。ただメディアの影響もあるのか、スカートを履いて女性が踊るというイメージが強く定着してしまっていて、男性がフラメンコを踊るイメージがそもそもないようです。日本でプロの男性フラメンコダンサーは少なく、比率で言えば99対1かそれ以下です。

——2019年から「日本に恋した、フラメンコ」という全国プロジェクトを展開されていらっしゃいますね。

発想の原点は、フラメンコの間口が狭いと感じたことにあります。日本で一般の人がフラメンコを見に行くかというと、ほぼ100%ないと思うんです。生活圏の中にフラメンコがない。僕のパフォーマンスの観客も、知り合いのほかは純粋なフラメンコファンが多くて、40代以上がメインと年齢層も高め。本当は若い人にもう少し見てもらいたいのですが、そこにあまり届いていない現実がありました。
自分も証券マンだった時に本当にたまたまフラメンコを見たことが人生の転機になったので、そういう出会いのきっかけを作って入り口を広げていきたいという意図で、動画制作を始めました。その際、フラメンコをただフラメンコとして発信するとどうしても既存のファンにしか見てもらえないので、雨の中で踊ったり侍に扮して踊ったりするPVにして、固定概念を壊すことを試みました。

そんなPVを作りながら、もう少し人を巻き込みたいなと感じ始めていたときに生まれたのが、47都道府県の名所でフラメンコを踊って撮影配信するというアイデアです。「全国を巻き込めば全国の人が見てくれる機会がそれだけ増えるのでは」と、各地の教室や観光地にご協力いただいて、最終的に79教室・770人で作り上げました。踊ったのはフラメンコ教室で最初に習う入門曲『セビジャーナス』で、僕自身がカメラを回しました。
和装にしたのは、企画時にとある方から助言を受けたからなんですが、結果として日本の風景と和装の組み合わせは非常に合いました。そしてフラメンコを通じて全国を旅して、色々な人や風景に出会って日本の奥深さに気づけたことは、自分にとっても大きい経験になりました。撮影の時も「その風景をどう活かすか」ということはずっと考えていましたね。おかげさまで、地元の新聞やテレビを中心に59社に取り上げていただけました。

——2020年はその続編として、全国7箇所で配信ライブを行われていました。

2019年12月下旬に完成した動画をYouTubeで公開し、その翌月から新型コロナの流行が始まりました。この状況下で何ができるかと考え、お世話になった地域への恩返しとして配信ライブを企画し、全国7箇所で実行することに。地域にも還元するため、配信視聴チケットと撮影地のお土産や復興支援をセットにして販売しました。なかなか旅行ができないご時世のなか、少しでも各地の雰囲気を味わってもらえたらという想いもありました。
難しかったのは、地方に行くほど「フラメンコは生で見るもの」という意識が強く、観客側にも出演者側にも配信に抵抗感があったこと。また電子チケット販売サイトは慣れていないと使いづらくて、見ていただく際のハードルになってしまった印象があります。その一方で、ライブは難しくても配信ならできるという点を喜んでくれる方や、全国の動画を見て楽しんでくれる方もいて、フラメンコ界で新しいチャレンジをできた手応えはあります。配信ライブは、金銭面も準備も毎回大変なのですが、今後もできる範囲で地道にライフワークとして続けていきたいです。

「日本に恋した、フラメンコ」ライブ配信 vol.6 東京スカイツリー展望デッキ_Photo by Naomi Matsudaira「日本に恋した、フラメンコ」ライブ配信 vol.6 東京スカイツリー展望デッキ Photo: Naomi Matsudaira

——映像という手段の可能性をどのようにご覧になっていますか。

フラメンコはスペインレストランのステージでやるのが基本的なスタイルですが、そういうお店にいきなり入るのは、かなり敷居が高いです。知ってもらうきっかけという意味で映像の可能性は大きく、色々な切り口を考えていきたいと思っています。先日は、映画『えんとつ町のプペル』の主題歌で踊ってみました。ファンの知っている曲を使うことで「こんな踊りがあるんだ」と思ってもらえたら良いなと思って。
今後の展開としては、僕が色々なダンスに挑戦することをやっていきたいです。既に「社交ダンスにチャレンジ」とか「なまはげになってみた」という動画を上げているのですが、こうした紹介動画をちょっとした辞典のようにYouTubeで展開していけたらと考えています。
フラメンコダンサーとして今まで活動してきて、何をやってもフラメンコの要素が出ると思っているので、ジャンルに対するこだわりはありません。たとえばフラメンコの中のシャープな動きや独特の強い表現は、他のジャンルに活用できるようにも思うんですよね。純粋にフラメンコを追求するのも一つのやり方ですが、僕自身はどんどん他の世界とのコラボレーションに挑戦していきたい。その点映像は、業界の垣根を取り払うひとつの良いツールであるような気がしていきます。

——フラメンコビギナーに向けて、おすすめの楽しみ方を教えてください。

スペインレストランで見ていただくのが一番です。「スペイン語の歌詞でわからない」「何を表現しているんですか?」とよく聞かれますが、フラメンコの場合は曲の種類でテーマが大体決まっています。たとえば「アレグリアス」であれば基本的に楽しく明るい歌で、「ソレア」は孤独の歌です。それぞれ何千何百という歌詞がありますが、曲種のイメージさえ覚えていれば、細かいストーリーは追えなくても何を表現しているかはわかる。このことを知るだけでも、もっと面白くなると思います。発信する側としても、ライブの時に「次の曲はこういう曲です」とできるだけ解説していこうと思っています。

スペインバルのラ・バリーカにて_Photo by S.Horiスペインバル「ラ・バリーカ」にて Photo: S. Hori

フラメンコは道端から始まった文化で、やがてカフェで踊られるようになり、劇場作品もつくられるようになりましたが、もともとラフな感じでわいわい見る大衆芸能です。だからあまり心構えは要りません。ワインとか飲みながら気軽に感じるままに見てもらえればと思います。

——これから取り組んでみたいことはなんですか。

ライブ配信を続けつつ、能や阿波踊りといった日本の伝統芸能とのコラボに挑戦していきたいです。そもそも日本の文化自体が和洋折衷的なので、フラメンコもそうであって良いのではないかと思います。またコロナが落ち着いたら「日本に恋した、フラメンコ」の海外版も撮ってみたいです。まだリサーチ段階で具体的には詰めていないのですが、世界各地のフラメンコを撮りつつ、その地の伝統的な踊りにも触れられたら良いなと考えているところです。
小中学校でダンスが必修化しましたが、ストリートダンスだけに偏っている印象があります。それ以外にも色々なダンスがあることを広めていく紹介の場として、YouTubeのような動画プラットフォームを使っていきたいですね。

日本全国を巻き込んだ他に類を見ない大規模プロジェクトをはじめ、多彩な企画を驚異的な行動力で実現する永田さん。公式YouTubeチャンネルには、平均して週1本ペースで新しい動画が公開されている。枠にとらわれないユニークな発想が、フラメンコだけでなくダンス界全体に新風を吹き込んでいる。

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永田 健(ながた・けん)
1999年にフラメンコを始め、2002年より2年間スペインに留学。帰国後アルバ舞踊団に所属。2008年に独立後は全国の劇場、学校等で公演活動。一方で映像制作も多数手がける。2019年に770人が47都道府県の名所で和装で踊る『日本に恋した、フラメンコ』を監督・撮影(2020年にYouTubeで公開)。和と洋の融合映像として日西59社のメディアから取材される。日本フラメンコ協会新人公演にて史上初めて審査委員満票で奨励賞(2013年)、エルスール財団新人賞フラメンコ部門(2016年)受賞。

公式サイト http://ken-nagata.com/
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCHpsXTop8ivqJMcR071NSyw

永田健プロフィール写真


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