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File.10 アーティスト自身が担う、地域や教育の「つなぎ役」 京極朋彦さん(ダンサー/振付家/演出家)

アーティストとして国内外で創作活動を行う一方で、ワークショップ講師として子供から高齢者まで幅広い世代に「体を動かす喜び」を伝えている京極朋彦さん。京都や東京での活動を経て、現在は兵庫県の過疎化の進む地域に拠点を置く彼に話を聞いた。
取材・文=呉宮百合香(ダンス研究)
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(写真上)『DUAL(PEEPSHOW Edition)』韓国伝統舞踊ハンリャンムの身体性をもとにしたソロダンス

—— 海外で自作を発表するだけでなく、現地ダンサーとの作品制作やリサーチ等に精力的に取り組まれています。何かきっかけはありますか。

日本のコンテンポラリーダンス界に居づらさみたいなものを感じていて、その理由をずっと考えていたのですが、2015年にウィーンで現地ダンサーとクリエーションする機会をもらった時に「あ、僕は日本語が不自由なんだな」と思ったんです。日本語だと変に喋れてしまう分、婉曲表現にしたり遠慮したりと複雑になってしまうのですが、英語だと選択できる単語や言い回しが少ないから「これやってくれ、ここで3秒待ってから足を出してくれ」みたいな指示しかできない。逆にそれによって自分自身の欲望をストレートに出せるという経験をしました。そこから、自分は海外の方が向いているかもしれないと、色々なところにエントリーするようになりました。英語圏以外のところに行ってみたらどうなるんだろうとか、自分の日本語の不自由さへの興味から外側に目が向いたというのはありますね。

—— 海外での活動も継続しつつ、2017年10月に兵庫県神河町へ移住されましたね。

僕の奥さん(ダンサー、振付家の伊東歌織さん)が地域おこし協力隊員になったため、移住しました。任期中の3年間、奥さんは役場の健康福祉課に所属して高齢者に体操を教えていましたが、縁も仕事もない状態で一緒に行った僕は、最初は何もできず、1年くらいは兵庫と東京を行き来していました。その後少しずつ兵庫県内の仕事を増やしていって、今は幼稚園で「からだあそび」のクラスを担当するほか、高校のスポーツコミュニケーションという選択授業で年間通して教えています。
また地域おこし協力隊の活動の一環として、奥さん主導で、地域のオリジナル盆踊りも作りました。住民の方と町の特産や地域の魅力をリサーチし、ワークショップを行い、音楽家のやぶくみこさんを迎えて曲から作ったんです。住民の方が「杉ダヨ!ええとこ音頭」と名付けて、夏祭り以外でも踊るなど結構定着してきています。
地域には、ダンサーというより体操のお兄さんみたいな感じで入っていっています。「東京から来たダンサーです」と言うと、意味がわからず警戒されますが、「体操をやっています」と言うと、なんだか安心感があるようです。幼稚園で、それこそ超前衛的なダンスのワークショップみたいなことをやっているのですが、入り口が体操であれば周りも納得する。それがすごく面白いなと思って。
ダンスは恥ずかしいし何をされるかわからない、表現なんて自分には無縁だと思っている。対して体操は、自分の健康に直結するし、体を動かすのは良いことと教えられてきている。言葉が持つイメージってやっぱり強いですよね。形を変えて「体操」ということにすれば、こんなにも伝わるのだなと思いました。

寺前幼稚園「アートの時間」寺前幼稚園「アートの時間」

—— 移住前後で最も変わったと感じていらっしゃることは何でしょうか。

看板の掲げ方とかそれに対するプライドみたいなものは、柔軟になりましたね。それが一番変わったことのように思います。目の前の人に何ができるかという、人同士の話なので、アーティストであるかどうかは関係ないんですよね。「体操で皆を健康にすることができます」というところから始めて、後からアーティスト性を差し込んでいく。
僕らが夫婦でお世話になっている伊藤キムさんは「ナマハゲ的効果」と言っていますが、アーティストという異物が襲いかかってくるという効果ももちろんあると思います。でもそれが効果を発揮するにはクッションが必要で、何もなくいきなりナマハゲが来ると、本当に怖がって皆泣くみたいなことになりかねない。入り方次第だと思うんです。

—— コロナ禍による活動の変化はありましたか?

健康福祉課主催の肥満児対象のクラスができなくなったので、その予算を使って何か自宅でできることを届けようということで、ケーブルテレビで体操動画を配信することになりました。

それまで映像にはあまり興味がなかったのですが、この体操動画の配信をきっかけに4月に京都で開催を予定していた「U-25 限定 ダンスクリエーションワークショップ 10 years before to 10years after」(以下「U-25」)もオンラインでやってみようかなとなりました。ダンスは微妙なタイムラグが命取りにもなるので、Zoom等でオンタイムでやり取りしながらやるのは効果的ではない、それなら繰り返し見られる方が良いという意見が、共催者である京都芸術大学の学生たちから挙がって。実際何が役に立つのか、彼らのニーズに応えながら全10回の映像配信を行いました。
いま日韓のダンサーとリモートで新作を作っているのですが、U-25のやり方を参考に、互いに映像を撮って送り、それを見てレスポンスするという往復書簡形式にしています。逆に時差があった方が積み重なっていくものがあるという感じはありますね。

—— U-25の企画意図では、舞台芸術や教育の現場における権力の問題を指摘されていらっしゃいました。

一昨年・昨年とAPAF(アジア舞台芸術人材育成プログラム)に参加した時に共同演出という形でご一緒したフィリピンのイッサ・マナロ・ロペスさんの影響は大きいです。彼女とは演出家・振付家の権力や作品制作時のヒエラルキーに関する問題意識を共有していて、クリエーション中もそういった話がたくさん出ました。
教育現場では、先生から子供たちに伝えられるものが全てになりがちですが、そこに僕みたいな、先生でもなければ生徒でもない権力構造から外れた「第三の何か」がぱっと入っていくことで、変えられるものがあるなと感じています。一律ではないものを学べる可能性が広がるのではないかなと。

—— ワークショップ講師のご経験が豊富であることに加え、発達障がい児の運動療育にも携わっていらっしゃいますね。

2015年から発達障がい児の療育をするスタジオでアルバイトを始めましたが、自分の創作にかなり影響を及ぼしています。ダンサーに対してどのように言葉をかけて作品作りをしたら良いか悩んでいたのですが、この人にはこの言葉なら通じるとか、この人には言葉ではなく行動で示した方が良いとか、関わり方を子供たちからすごく学びました。
またクラスが終わった後には子供たちの親御さんと話す機会があるのですが、親の意図に沿った立ち居振る舞いとか、親が欲している子供の評価とか、それでも真実を伝えなくてはいけない言葉遣いとか、色々と学びがあります。
「体操です」と言うようになったのも、たぶんこの経験と関わっていると思います。地方に来たら、やっぱり東京と同じ立ち居振る舞いでは通用しないことがあります。

—— 芸術と教育現場の関係について、どのような展望をお持ちですか。

芸術の中のハードルが高い部分を、アーティスト自身がもう少し切り崩していけるのではないかと思っていて。いま芸術家と教育現場をつなぐNPOなんかがたくさん出てきて、すごく有効だなと思う一方で、アーティスト自身がそういうことをやり始めればもっと効果が上がるのではないかとも思っています。間に人が入ることで、相手にやんわりと伝えてくれるという良さもありますが、反面アーティストの尖った部分を削りすぎてしまうという悪さもおそらくあります。アーティスト本人が教育現場と直接交流し、継続的に関係を築いていく中でたまに尖ったものを出すみたいなことができれば、その尖りが風穴にもなるような気がするんです。全員が「芸術は良いよね」と思わなくても、例えば関わった人たちが各々の言葉でアーティストというものを理解してくれるということが起きれば、双方にとって有効なのではないかと思います。
これからの時代を作っていく人たちに対して、僕らくらいの世代が果たせる役割は少なくないと感じています。それこそコンテンポラリーダンス創世記の人たちの言葉を若い人に届けるには翻訳者が要る気もして、そこを繋げるのは僕らかもしれないという自覚があります。

—— 今後の活動予定を教えてください。
本来は今頃ソウルでクリエーションをしているはずだったのですが、行くことすらできない状態なので、リモートでリハーサルをしています。来年(2021年)1月19日〜30日に穂の国豊橋芸術劇場PLATで滞在制作し、韓国のダンサーには映像で出演してもらう予定です。
また最近、韓国人の先生に韓国伝統舞踊を習い始めました。韓国との関係は今後も継続していきたいと思っています。

じっくりと時間をかけて相手との関係を育み、出会いによる化学変化を丁寧に観察・分析していく京極さんの姿からは、他者や異なる文化への深い興味がうかがえる。現在制作中の日韓ダンサーによるデュエットは、そんな彼の持ち味が存分に発揮された作品となるに違いない。要注目である。

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京極朋彦(きょうごく・ともひこ)
2007年、京都造形芸術大学卒業後、国内外の振付家作品に出演。2012年、京極朋彦ダンス企画設立と同時にダンスショーケース「KYOTO DANCE CREATION」を京都アトリエ劇研の共催事業として3年間プロデュース。平成27年度 文化庁新進芸術家海外派遣事業 研修員としてウィーンにて研修。
今までに6カ国で自身の作品を発表。小中高校、大学でのダンスワークショップ講師としても活動する。

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公式サイト https://kyo59solo.blogspot.com/

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