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想いを形に
〜組み立てる〜
ホンの短い期間、宅配便のアルバイトをしたことがあります。
配達ではなく仕分けが仕事でした。全国各地から集まってきた荷物を配達先別に仕分ける仕事です。
「いいかぁ!お前たちの代わりなんていくらでもいるんだからなぁっ!」
人は、こんな言葉をはっきり口にすることが出来るんだと言う軽い驚きとアルバイト仲間の冷ややかな態度が印象に残っています。
働いているのはほとんどがアルバイト。直接指揮しているのは一握りの契約社員。そしてあまりに小人数で誰が正社員なのか解りませんでした。学生も社会人も全て同じ扱い。年齢も体力も関係ありません。
アルバイトは続々と辞めて行きました。その方が賢いとボクも思っていましたが、田舎への移住を控え、ボク自身は何が何でも働かなくてはならないと思っていました。実際の作業はそれまで味わったことのない過酷さで体力も精神力もどんどん消耗して行きます。夢への挑戦はここまで厳しいのかと思う一方、このアルバイトが終われば、やっと田舎に還れると言うまぶしい希望が交錯します。
仕事で走り回ったりするようなことはありませんでしたが、コンベアで集積された荷物の山の中から自分の担当している配送先の荷物をピックアップし、大きなカートに積んで行くのが仕事です。中腰での作業が多く、荷物の大きさ、形、重さがまちまちなのでカートに隙間なく積んで行くのには一瞬の判断力と先読みする力が必要と感じていました。そして普段考え込むことの多いボクにとって、その仕事はかなり苦手なジャンルだったのです。
レイアウトを組んでいると、あの時のことを思い出すことがあります。レイアウトは二次元空間ですが、カートに荷物を積むのは三次元。まるでブロック組み立てゲームの3D版です。
小さい荷物を侮って持ち上げようとすると釘やボルトのような重い荷物だったり、コンベアで流れてきた荷物を持ち上げた途端、中に入っていた醤油瓶が割れて醤油だらけになったり、荷物の中から虫の声が聞こえてきたり…現場を知っていたら宅配便を利用するだろうかと思う様々な荷物が持ち込まれていました。
一日、また一日と過ぎてゆくに連れ、ボクはグングン痩せました。ベルトはすぐに緩くなり少しは筋肉もついたようです。アルバイトを終えてから食べるアイスクリームが唯一の楽しみになっていました。
「ボク辞めることにしました。お世話になりました。」
そんな風に辞めて行く学生らしき人に「おめでとう」と言葉をかけました。
逃げ出せるなら逃げた方がいい。その方がきっと賢いのです。
そんなアルバイトの契約期間も終盤になり、わずかながら慣れて来た頃、突然配送先の変更が言い渡されました。コンベアで一箇所に集積された荷物を配送先別に何人かで分担していたのですが、その配送先をシャッフルすると言うのです。
やっと憶えた配送先を突然変更する意味が解りませんでした。契約期間もあとわずかなのに何の意図があったのでしょう?混乱したまま新しい配送先も憶えられずブロック積みゲーム3D版に手間どっていたら契約社員に呼び出されました。
そして、荷物の陰になる所まで連れて行かれ問いつめられたのです。
「限界かっ!これで限界なのかっ!おいっ!何とか言えっ!」
スポーツマンタイプのイケメン契約社員。華麗に仕事をこなし、遅れを取っているアルバイトはスマートにサポートする彼をこの時までは少し尊敬もしていたのです。ところが、ボクにしてみれば唐突で理不尽な要求でした。ボクはその仕事を始めてやっと一ヶ月になろうかと言う時期だったと思います。正直言えば、精神的にも体力的にもボクの考えていた限界はとうに超えていました。それにあと数日でアルバイトも終わる時期にどうして配送先をシャッフルしたのか真意が解りませんでしたから、新たに仕事を憶える意義も見出せませんでした。そして発せられた言葉は信じがたいものです。スポ根ドラマか漫画でしかあり得ないと思っていました。
限界だったらどうだと言うのでしょう。数えるほどの日数しか残ってないのに辞めてしまえと?冗談じゃありません。たかが数日でもボクにとっては夢を実現するための大切な数日です。
…アンタなんかにボクの夢を邪魔されてたまるか。
ボクは「限界」とは絶対に言うまいと思いました。それは敗北を認めることであり、目の前の夢にまで傷をつけてしまう気がしたのです。黙り込むボクは卑怯だったかもしれません。それがボクに出来る最大の抵抗でした。固く口を閉ざし何も返事しませんでした。仮にその言葉を口にしたところで誰がどんな得をするのでしょう。その契約社員の怒りをいくらか満足させられるでしょうか。
時が満ちれば終わるもの。
ボクは契約期間を終えて契約社員に挨拶に行きました。彼らがどんな想いで働いているのかは解りません。
「お世話になりましたっ!」
実際、仕事中に腹痛で現場から抜けたこともありましたし、荷物を積む作業に手間どって手伝っていただいたことが何度もありました。
「おぉ。お疲れさま。これからどうするの?」
ボクは最大限の笑顔で答えました。
「田舎に引っ越します。」
嗤いたければ嗤えばいい。蔑みたいなら蔑んだらいい。ボクには夢がある。ボクは田舎に還れるのです。彼らとは違う。たかが一ヶ月の苦労が何だと言うのでしょう。
「ありがとうございました。」
その言葉に込められた想いを彼らが理解することはないでしょう。それでいいのです。
あの時はひとつの目標をクリアした喜びと希望に溢れ、敗北感を消し去ってくれたのでした。
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ご精読ありがとうございました。
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