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絵が下手でつらいと思っている人に届けたい10の言葉

絵がうまく描けない。

絵を描くのが好きだったはずなのに、人に下手だと言われて、自分の絵が嫌いになって、絵を描くことそのものが嫌になっていく。

そんな経験はありませんか?

もちろんぼくはあります。今でもしょっちゅうヘコみます。俺全然あかんやんて毎日思う。

でもそんな時、自分をまたキャンバスに向かわせてくれる言葉が心の中にある。

自分の絵が下手でつらいと思い落ち込んでいる方。

今回はそんなアナタへ、ぼくがニューヨークとカルアーツで出会った至極の言葉たちをご紹介します。

たった一言でも気持ちって変わるから、どんなタイミングでどんな言葉と出会うかって大切だと思う。

この記事を読んで、明日も絵を描こう!と思って頂けたら嬉しいです。ぼくも描きます。

絵を描くのはマイルを貯めるようなもの。

例えそれが下手でも、失敗作でも、マイルは貯まる。描いた絵は無駄にはならない。

これは又聞きした言葉で、カルアーツのキャラクターアニメーション科の先生が言っていたらしいです。その通りだと思います。自分が引いた全ての線が経験になる。

とても分かりやすいし、誰でも非常にポジティブになれる言葉なので、心に残っています。よし、マイル貯めよう。

スケッチブックは実験場。

これはニューヨークで色んな人から教えてもらったことです。アートスクールの先生も、カフェで出会った学生も、クロッキー会で話したおじいちゃんも同じことを言っていました。

スケッチブックはうまい絵を描く場所ではない。どんどん実験して、新しいことを発見する場所です。プレッシャーを感じず、自分の思うがまま楽しめば良い。

絵の写実性なんてどうでもよくて、そこに新しいアプローチがあればそれだけで非常に価値がある。

あわよくば、自分の毎日もスケッチブックのようでありたいと思う。『カッコよく生きる』『丁寧に生きる』のではなく、どんどん実験して、いくつになっても新しいことを発見する毎日でありたいです。

この世にはうまい絵も下手な絵もない。ただ絵があるだけ。

これはカルアーツでも有名なドローイングの先生の言葉です。

人と比べて自分の絵が下手だなーと感じることは誰にでもある。でもそうやって悲しむ必要は一切ないし、人と比べることには何の意味もない。だってこの世にはただ絵があるだけだから。スーパーで具材を買って料理するように、アートを鑑賞してそれを自分の作品に生かすだけだよ。

スーパーの例えが先生らしいなあと思います。独自の観点で表現していて、非常に新鮮な考え方です。

自分をすぐ評価するな。

これはカルアーツのライフドローイングの先生が言っていた言葉。

絵の上達にはどうしたって時間がかかる。だから大切なことは、辛抱強くなること、すぐに自分を評価しないで我慢することだと言っていました。

自分で自分を評価するのを我慢するのって難しいですよね。特に絵を描き始めて最初の方は、油断するとすぐに自分を自分で否定してしまう。でもそこは我慢です。自分の絵を否定したところで、良いことなんてひとつもありません。

最低1年は我慢してみましょう。そして、1年前の絵と今の絵を見比べてみる。するとそこには必ず成長がある。成長が実感できれば努力は加速します。

自分をすぐに評価しない。辛抱強く描き続ける。これ、大切。

声が宿っている絵は良い絵だ。

そもそもうまい絵ってなんだろう、下手な絵ってなんだろうという問題があります。この問題に独自の観点でスバッと回答をしてくれた先生がいます。

その先生の言葉がこれ。

『絵に優劣をつけるとすれば声が宿っているか否かだ。声が宿っている絵、それが聞こえてくる絵がうまい絵であり、良い絵だ。』

じゃあどうすれば絵に声が宿るかというと、描く技術より自分の腹の底にある声を聴く技術を磨くことが大切だと先生は言っていました。

この世に天才がいるとすれば、それは描く天才ではなく声を聴く天才だそうです。

子供の絵ってなんであんなに声が宿ってるのだろうか。純粋さ故だろうか。あーこの子は本当に夏休みが楽しかったんだろうなーって伝わってくる絵を見かける事ありますよね。

皆さんの絵には声が宿っていますか?ぼくの絵にはまだまだ宿りそうもない。

あなたの絵、あなたのやりたいことを認めてくれて導いてくれる人の声だけを聴きなさい。

アートをしているとそりゃ当然評価してくれる人もいれば、酷評をもらうことだってあります。そんな時どうすれば良いのか。最もシンプルな答えがこれ。

あなたの絵、あなたのやりたいことを認めてくれて導いてくれる人の声だけを聴きなさい。

もはや気持ち良いくらい超極端なこの言葉はカルアーツのエクスペリメンタルアニメーション科の先生の一言です。ちなみに先生はガラスに絵を描いてアニメーションを作っています。

もちろん全てのフィードバックに価値はありますが、より遠くへ行きたいのなら、時にはこれくらい大胆に振り切る程のエネルギーを持つことも大切なのかもしれません。

描けるまで描けば、誰でも絵を描ける。

『君は絵が描けないんじゃない。途中で描くのを辞めているだけだ。そもそも絵が描けないというのは嘘だ。描けるまで描けば、誰でも絵を描ける。時間をかければ良いんだよ。いきなり短時間で描こうとするから、世の中の人は絵が描けないと言う。』

『ちゃちゃっと5分で顔を描いて、自分は絵が描けないなんて言ってはいけないんだ。5分で描けないなら、10分。10分でだめなら1時間。1時間でだめなら2時間。それでもだめだな5時間でも10時間でも、描けるまで描けば良い。納得いくまで続ければ、必ず描ける。そしたら後はそれを少しずつ短時間でできるようにしていけばいい。』

当ブログで既出のこの言葉。ぼくがデッサンや美術解剖学を教わった先生の言葉です。そうです、ぼくが15時間くらいかけて描いていた石膏デッサンに思いっきりコーヒーをこぼした先生の言葉です。

当時は早くてうまい人が凄いと思っていたので、聞いたときは衝撃でした。アトリエに行ってぼくのデッサンの上に居心地の悪そうなコーヒーの染みを見つけたときも衝撃でした。

でも考えてみればその通りですよね。人物クロッキーは5分から20分で描くことがほとんどなので、知らない間に謎の偏見に陥っていた。そういえばニューヨークでぼくの絵を劇的に変えてくれた先生も『Take time(もっと時間をかけろ)』とアドバイスしてくれた。

ぼくは描けるまで描けば誰でも絵を描ける=絵を描けない人はいないというこの考えが好きすぎるので、全力でこの説を布教していきたいと思います。

本当にこんなにわくわくする言葉はなかなかない。どれだけ励まされたか。

当時のぼくのように、この言葉で救われる人が世界中にたくさんいると思います。少しでも多くの方の元にこの言葉が届けば、それだけでもこの記事の価値はあると思っている。

違うなら直せば良いだけ。

これも上の言葉と同じ先生からデッサンをしている際にかけてもらった言葉です。

『自分の絵がモチーフより小さいなら大きく、大きいなら小さく直せばいい。モチーフと自分の絵が違うという事実に落胆することはない。むしろ違っていると気が付けた事が素晴らしいじゃないか。気が付けないよりずっと良い。気が付けたら後はどう違うのか考えて直すだけだ。』

デッサンをする際、あれもこれも全然違うじゃん!自分なんでこんな描けないの!とネガティブになること自体が間違ってると教えてくれた一言。

モチーフと自分の絵が違うと気が付けた自分に万歳。

完璧さよりも進歩。

これは仕事を辞めて、アート短期留学をするためにニューヨークに向かう飛行機の中で見たイコライザーという映画の中のセリフ。

『このアート短期留学を成功させて、絶対カルアーツに受かるんだ!』と力みまくっていたぼくの肩の力を抜いてくれた言葉です。カルアーツ合格よりも、自分の成長を求めるべきだ。その先に自ずと合格は見えてくる。そう思い改めることができました。

ちょっと恥ずかしいですが、ニューヨーク滞在中、実はこの言葉を紙に書いて壁にずっと貼っていた。

自分の絵、ダメなところを見つけるんじゃなくて、昨日より良いところを見つけましょう。

自分が必要としている人になろう。

最後はこちら。ぼくが普段思っていることです。

一瞬絵と関係ない感じがしますが。

何故この言葉を選んだかというと、きっとこの記事を読んでくれている方は、今まで絵の経験があまりなくこれから絵やアートを始めようと思っている方が多いと思うからです。

ぼくも大人になってから絵を始めたので分かりますが、最初はびっくりするくらい孤独ですよね。アーティストとして自分の価値を認めて振り向いてくれる人なんて、最初は間違いなくこの世に一人もいません。両親ですら反対します。

そんな時、同じように全くアートのバックグラウンドがない状態からアーティストになり活躍している人から、私にできたんだからあなたにもできますよ、と励まされたらどれだけ安心するか。自分と同じような境遇のロールモデルがいたらどれだけ心強いか。

でもそういった人はなかなか身近にいない。それだけに自分の選んだ道が正しいのか余計不安になる。

でも前例が少ないことに挑戦しようとしているのだからしょうがない。

ロールモデルが身近にいないなら、自分が必要としている人を探すのではなく、いっそのこと自分がその人になる。

自分が先駆者になって他の人を助ける。

そういう気概を持って取組むと勇気が湧くかもしれません。そう思って最後にこの言葉をご紹介しました。

最後に

今思い返してみると、ぼくが絵を描き始めたときに必要としていた人は、絵の技術を教えてくれる人じゃなくて、絵の楽しさを教えてくれる人だったんだと思います。

もちろん技術を教えてくれる人の存在も非常に重要なのですが、絵の初心者にとってまず大切なのは継続することです。そしてやっぱり楽しさこそが継続力の源なんです。

今日初めて絵を描きましたという人に、アレこれダメ出ししてもしょうがないじゃないですか。

そうではなくて、絵の楽しさを伝えつつ、その絵の存在を肯定しながら技術の指導もできる。そういう人を必要としていた気がする。

だから今のぼくはそんな人になろうとしているんだと思います。

ぼくがアートやフィルムで伝えたいこと=声も、まさにそこにきっかけがあります。

ぼくの作品や文章を見た後、絵描くの楽しそう!私も絵描いて良いんだ!描きたい!そう思ってもらいたい。

会社からの帰り道に、思わずコンビニでノートとボールペンを買って家に帰ってしまうようなきっかけをプレゼントしたい。

そんな風にぼくの貯めたマイルを、誰かの新しいきっかけと交換していければ良いと思う。

そうやって、皆が共犯者になって少しずつ新しいアートシーンを創っていければ、面白いことが実現できると思っています。


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