渋谷区トイレ巡り その4

 薄曇りなので歩きやすい。暑くもなく寒くもない。まだ花も残っているし良いトイレ日和だ。
 次の目的地は大きい道を渡って歩いてすぐの恵比寿東公園トイレである。手掛けたのは建築家の槇文彦。建築界のノーベル賞とも云われているプリツカー賞を受賞した巨人である。
 この公園には赤いタコさんのすべり台が元からあり、いつも親子連れでにぎわっている。その1で書いた広尾でのウイスキーのテイスティング会が恵比寿に移ってからはこの公園の道もよく通り過ぎたものだ。さすがに夜は親子連れは少なかったが、夕方や休日の昼間は子どもたちの声で溢れていた。
 
 土曜のお昼前の今日は子どもたちのほかに大人たちもいる。まだ散り切っていない桜を眺めながらの花見酒だろう。公園の端っこの桜もないところで呑んでいるのは遊びに来ている子ども連れに遠慮しているものだと思われる。花見の名所の公園なら別だが、子どもたち中心の小さな公園では酒盛りもやりづらそうだ。それでも、おそらく三年ぶりくらいの花見だからか、当人たちは盛り上がっている。それもそうであろう。ようやく以前のように昼間から花見ができるのだ。私自身はお昼からお酒を吞まないので昼間の花見酒はあまり羨ましくもないが、もう十年以上花見をしたことがないことを思い出すと、来年は久しぶりに旧友を集めて皆で花見をしてみるのもいいかもしれないと思う。しかしそうなると日時を決めなくてはならない。場所選びも重要だ。できればあまり人が多くないところがいい。かと言って不便なところでは困る。天候に左右されるから雨だった場合の次善策も考えておかなければなるまい。町に近ければ店探しも容易であろうが、少し遠出するとなると、ああ、一気に面倒臭くなった。仮令の想像なのにもう既に面倒臭い。場所取りも含めて面倒臭い。それにどうせ久しぶりに旧交を温めるのであれば、持ち寄りの適当な肴やお酒ではなく、きちんとしたお店できちんとしたお酒ときちんとした肴を楽しみたい。そうなると最早花見ではなく只の宴会だ。わざわざ花見を持ち出す意味もない。でも十年ぶりに集うのであれば花見や花火などなにかイベントと一緒にしないと格好がつかないような気がする。面倒臭いが考えてみることにしようと思うが、取り敢えずここの公園ではない。

 すっかり話が花見になってしまった。
 タコ公園のイカトイレは白を基調とし、屋根が緩やかなカーブを描いている。すべり台のタコに対して、トイレはイカをイメージしたらしい。そう云われるとイカに見えないこともない。トイレの周りにはまだ少し桜が残っていて、トイレ上方のターコイズブルーのすりガラスと、桜の花びらの薄いピンク、散った後の葉の緑が、白い外観のトイレに良く映える。男女独立した個室を結ぶ通路も見通しが良く開放感がある。さすがはプリツカー賞と感心するが的を射ているかは知らない。

 ベンチも併設されていて、トイレの脇なのに、ベンチに座ってスマホを見たり本を読んでいる人たちがいる。なんだかのんびりとした時間が流れている。いい昼下がりだ。
 花見の季節にかこつけて集まらなくてもいいような気がしてきた。たまたま都合がついた者たちで呑んで、何というわけでもなく再会するような、ゆるい始まりくらいがちょうどいいようなのかもしれない。イカだけに、どうでもいっか、とトイレを見ながら考えている自分のセンスのなさに、タコのように赤面した。


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