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14_EVの研究で見えてきた神経変性疾患の未来

神経変性疾患は生活の質を著しく低下させる重篤な疾患です。これまでその原因も治療法も不明であり、いわゆる難病として恐れられてきました。ところがいまEVの研究で一筋の光明が見えてきました。

アルツハイマー病の新薬が登場、しかし重篤な副作用が

現在のところ、アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療法はわかっておらず、有効な手立てがありません。

2023年、FDA(米国食品医薬品局)は軽度のアルツハイマー病と軽度の認知障害を持つ人を対象とした「レカネマブ」を承認しました。これは、最初のアルツハイマー病に対する根本的なFDA承認薬といわれています。

レカネマブに関連する副作用としては、脳の腫れや出血(ARIA)の可能性があります。その結果、頭痛、平衡感覚の喪失、発作などの重篤な問題を引き起こし、まれに死に至る可能性があります。

第 3 相試験でレカネマブを服用した被験者の 21% が ARIA を発症し、12.6% が脳腫脹を起こしました。試験の延長ステップでは 3 人の死亡がこの薬に起因すると考えられています(Couzin-Frankel, 2023)。

アルツハイマー病は、ミトコンドリアとミクログリアの死が関連する

近年の研究で、細胞膜の損傷が神経変性疾患の一因であり、細胞膜の修復を強化することで神経細胞死を抑制できることが明らかになってきました( Bulgart et al. 2023 )。

細胞膜は常にストレスを受けて損傷を受け、破壊されています。細胞膜を修復するプロセスは、細胞の生存にとって非常に重要です。

一方で、生命は細胞死を使って外敵から身を守る方法を進化させました。細胞が自爆することで、侵入する病原体を攻撃します。
しかし、この細胞死によって慢性炎症が進んで、周囲の細胞にさらにストレスをかける結果となります。

細胞膜の損傷は、細胞死に至る前におこっており、細胞膜の損傷や細胞死は、多くの神経変性疾患で確認されています。

アルツハイマー病(AD)は、脳の萎縮を伴って記憶喪失や行動の変化をおこす認知症の最も多い形態です。

ADでは、特に海馬と新皮質で広く神経細胞死が発生し、アミロイド βと過剰リン酸化タウによる神経原線維という 2 つのタンパク質の凝集が特徴です。

アミロイドβとリン酸化タウは、ミクログリアの自爆死(パイロトーシス)を誘発し、活性化したミクログリア(M1型)は、神経炎症を引き起こすと考えられています。

今回、私たちはミクログリアの自爆死はM1ミクログリアによって起こること、またミトコンドリアの含有量と関連することを報告しました(Minamida et al. 2023)。

ミクログリアの自爆死がなぜおこるかというと、細胞膜に小さな孔が開くからなのですが、Lilac01-EVがこの孔修復に役立っているのではないかと考えています。

一方で、細胞の自爆死に強く関与しているのがミトコンドリアです。ミトコンドリアの量を増やすことによって、活性酸素によって酸化されたミトコンドリアの除去が進み、炎症の解消が期待できます。

ADの病因において、細胞死と炎症が重要な役割を果たしており、アルツハイマー病の病因と治療の新たな治療戦略への期待が高まっています(Huang et al. 2022)。

パーキンソン病も、ミトコンドリアとミクログリアの活性化が原因

パーキンソン病 (PD)はADの次に多い神経変性疾患で、筋肉の震えや硬直がおこり、動作が鈍化します。

PD の特徴は、ドーパミン作動性ニューロンの死滅または機能喪失であり、運動制御に関与する神経伝達物質のドーパミンが欠乏します。

ドーパミン作動性ニューロンの減少が進むと、α-シヌクレインなどのタンパク質により、ミクログリアが活性化して炎症反応を起こし、神経細胞を変性させます。

一方で、ミトコンドリアへの過度のダメージがPDの発症につながることが報告されています(Pickrell et al. 2015)。

ミクログリアの自爆死による影響は甚大で、アストロサイトもミクログリアにつられて自爆死を起こします。アストロサイトは脳内のグリア細胞のひとつで、血管と脳細胞をつなぐ入口の細胞です(図1 )。

図1 脳内の細胞

ミクログリアの細胞死はすべての神経変性疾患に関連する

アストロサイトの自爆死は血液脳関門(BBB)の崩壊を招き、脳内の炎症が悪化して脳損傷が進行します(Long et al. 2023)。

多発性硬化症(MS)は、オリゴデンドロサイトの欠損で起こる難治性の脱髄疾患です。オリゴデンドロサイトは神経の絶縁を行うミエリン鞘を形成して栄養を送るグリア細胞です。

マクロファージの自爆死はオリゴデンドロサイトにも波及してミエリン鞘の形成不全を起こし、様々な神経障害が現れます(McKenzie et al. 2018)。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの障害と考えられていますが、白質のミクログリアの自爆死が運動ニューロンの喪失と相関することが示されました( Schoor et al. 2022)。

ハンチントン病 (HD) は、ハンチンチンタンパク質の変異を特徴とする神経変性疾患であり、ミクログリアのパイロトーシスがニューロンの機能不全と死につながることが示されました(Paldino et al. 2022)。

プリオン病ではミクログリアの活性化と神経炎症が、感染性プリオンタンパク質の蓄積に関連しています。

特定のタンパク質のミスフォールディングと凝集がおこると、その後に同じタンパク質のさらなるミスフォールディングと凝集を促進する「種」として機能します。その結果、病原性タンパク質凝集体が脳全体に拡散することになります。

プリオン病の特徴であるミスフォールドタンパク質の自己増殖は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの他の神経変性疾患でも観察されています。

神経変性疾患は、ニューロン損傷を特徴とする疾患ですが、多くの研究で神経炎症とミクログリアの活性化が重要なメカニズムとして浮上しており、パイロトーシスはその中心的な存在になっています(Li  et al. 2023)。

MSCエクソソーム療法の光と影

ADなどの神経変性疾患の新たな治療法が見えてきたのは、間葉系間質細胞(MSC)由来のエクソソームのおかげかもしれません。

MSCエクソソームは、M1 ミクログリアをM2へ移行させることによって、神経炎症を抑制することが報告されています(Guo et al. 2022)。

また、MSCエクソソームがミクログリアの細胞死(パイロトーシス)を抑制し、炎症性疼痛を軽減することが報告されました(Hua et al. 2022)。

M1からM2への移行と、細胞死の抑制は、同じ現象を違う視点で見ているもので、ほぼ同じ意味と考えられます。基本的にMSCエクソソームは炎症を抑えるということを示しています。

MSCエクソソームを用いた前臨床試験が世界中で行われています。AD モデルのマウスでヒト臍帯 MSCエキソソームを用いた試験では、記憶と学習が改善され、老人斑の沈着とAβレベルが減少し、シナプスタンパク質の発現が増加し、炎症性サイトカインのレベルが減少しました。さらに、アストロサイトとミクログリアの活性化も減少しました(Gonçalves et al. 2023)。

MSCエクソソームはアルツハイマー病などの神経変性疾患に有望な治療法として提案されています。これにはエクソソームが血液脳関門(BBB)を通過して脳内に侵入できることが大きな決め手となっています。

しかし、MSCエクソソームは親細胞となるMSCの品質によって、放出されるエクソソームの品質が大きく変化します。炎症をおこしている細胞は通常よりも多くのEVを放出しますが、それは炎症物質や病気の情報を内包しています(Sanwlani et al. 2021)。

エクソソームはタンパク質凝集体の増殖を促進する

特定のタンパク質の凝集は、神経変性疾患に共通する特徴です。一般に、病的なタンパク質凝集体は脳内の特定の部位で発生し、疾患が進行するにつれて他の脳領域に広がる傾向があります(Brettschneider et al. 2015)。

また腸内微生物叢が神経変性疾患の原因となる病原性タンパク質を生成する可能性があり(Wei et al. 2022)、エクソソームは神経変性疾患の伝播に関与していると考えられるようになってきました(Cano et al. 2023)。
つまりエクソソームは神経変性疾患の主役のひとつであるということです。

EV(エクソソーム)はすべての細胞から放出されます。中枢神経系には多くの細胞タイプがあって、いろいろな役割を担っています。そのための細胞間コミュニケーションは非常に複雑です。

細胞がストレス(熱ショックや酸化ストレスなど)にさらされているときや特定の病的状態では、細胞はタンパク質のミスフォールディングや凝集が増加します。

細胞膜には熱ショックタンパク質(HSP)が挿入されていて、細胞がストレスを受けると大量のHSPを産生します。HSPは膜を安定化してアポトーシスを防止します。

ストレスにさらされるとHSPレベルを大幅に上昇させなけらばなりませんが、ATPの供給が限られているとHSPレベルが上がらず、ミスフォールドされて部分的に変性したタンパク質の自己凝集を防ぐことができません(Penke et al. 2018)。

ミトコンドリアの損傷が大きいと、アポトーシスが促進される一方で、ATPの供給不足が生じて、変性タンパク質が増加することが考えられます(Nicolson , 2014 )。

MSCエクソソームの課題を解決する乳酸菌EV

MSCエクソソームは神経変性疾患における炎症を部分的に抑制することができます。しかしMSCエクソソームには、誰の細胞からMSCを抽出するかによって、培養後のエクソソームの品質が大きく変わります。

MSC は 細胞療法として1995 年から20年以上にわたって試験されてきましたが、一貫した有効性の結果が得られていません。そのため一部の国でしか使用が承認されていません(Najar et al. 2022)。

神経変性疾患において、他家(同種異系)移植を行う場合は、他人の神経変性疾患要因が混入するリスクがあります。また自家移植を行う場合でも、自分の神経変性要因があります。

このジレンマは乳酸菌EVを活用することで解消することができます。乳酸菌EVでは、神経変性要因が混入するリスクはありません。また食経験があり、安全性に問題はありません。

これは乳酸菌は一つの細胞から完全無菌状態で培養される完全クローンだから達成できることで、大量生産技術が確立しているため、培養に伴う事故も防ぐことができます。

また、乳酸菌EVの製造では食品素材を用いるため、経口摂取が可能なこともSCエクソソームとの違いです。

乳酸菌EVは神経変性疾患の解決に貢献できるか

これまでEV(エクソソーム)の効果は、積荷のmiRNAなどの効果と考えられてきました。しかし私たちの研究では、Lilac01-EVのパイロトーシス抑制効果は、膜電荷と関連していました。つまり積荷よりもEV膜の効果が上回ると考えられます。

Lilac01-EVの膜成分は、ミトコンドリアに特異的に存在するカルジオリピン(CL)であり、ミクログリアへのCLの導入が、ミトコンドリア量の増加とパイロトーシスの抑制を実現したと考えています。

このような理由によって、課題の多いMSCエクソソームにこだわる理由はなく、安全・高品質で、生産性の高い乳酸菌EVの活用が望まれます。

次回の予定

15_アレルギーの最新情報
花粉が飛散する時期になると生きていくのがつらいと感じる人は多いかもしれません。しかしミトコンドリアの強化によって花粉症は治すことができます。
花粉症や食物アレルギーなど身近なアレルギー疾患は、実は詳しいメカニズムがまだわかっていません。この難敵をどのように攻略するのか、次回はその秘訣についてご紹介します。

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