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09_ 生物は膜が命

生物はどのように誕生して、いまのような形になったのでしょうか。生物の進化を調べることは、私たちはなぜ生き、なぜ死ぬのかを理解するうえで重要なカギとなります。

私たち人間は遺伝子を操作したり、望む生物を誕生させることもできるほど、大きな力を持ちました。そのような時代になったからこそ、やっていいことと、やってはいけないことを判断する能力が求められます。

私たちが膜の研究を始めた理由

生物の細胞膜は、40億年の時間をかけて現在の形になったと考えられます。生命が誕生した時に、どのように細胞膜がつくられたのか、その理由がわかれば何が重要なのかが見えてくるはずです。

研究者の多くは、EVをメッセージの運搬者と考えています。EVの中には、マイクロRNAやメッセンジャーRNA、さまざまなタンパク質などが入っています。そして目的の細胞に荷物を届けるという、素晴らしい機能を持っているのがEVです。

その特性を利用して薬を病気の細胞に届けようとする研究が盛んです。つまりドラッグデリバリーシステム(DDS)という考え方です。その目的のために、EVを改造して、より目的にかなうものにしようという発想も出てきます。

私たちがEVの研究を始めるにあたって、膜の研究を選んだのは、研究資金がなかったこともありますが、そもそもEVはなぜ生まれ、何をしているのかを知りたかったためです。EVとは何者かを知らずして、EVの応用を考えるのは順序が違うだろうという発想です。

私たち人間の細胞の数は、30~40兆個といわれていますが、体内を流れている細胞外小胞(EV)は少なくとも100兆から1000兆個と考えられます。

細胞の一部がちぎれて飛び出したのがEVであり、細胞同士がEVを通して連絡しあっています。そしてEVの出入りを管理しているのが細胞膜です。EVはなぜ細胞膜から飛び出し、なぜ細胞膜に入ることができるのか、そこがスタートでした。

細胞膜は生命を支える大切な袋

生命はなぜ、どのように誕生したのでしょうか。生物の条件は、①外と膜で仕切られていること、②エネルギーをつくって活動すること(代謝)、③自分を複製すること、の三つといわれています。

約40億年前に海底の熱水噴出孔のアルカリ鉱物の中で誕生した最初の生命LUCAは、誕生したばかりの地球の海で、この三つの条件を整えました。
誕生間もない当時の地球は、大気中には二酸化炭素が多く、それが溶け込んだ海は酸性で、水素イオン濃度が高ったと考えられています。

アルカリ熱水孔のスキマに硫化物の膜ができて、この膜に水素イオンの濃度差による電位ができました。この膜電位を利用してエネルギーをつくるようになったのが、最初の生命LUCAと考えられています。その基本形は今でも、細胞内のミトコンドリアに生かされています。

真核生物の直接の祖先は古細菌といわれています。酸素を利用できなかった古細菌が、好気性細菌を取り込んでエネルギーをつくるようになりました。それがミトコンドリアになりました。

そして侵入した方の好気性細菌の細胞膜が、真核生物のメインの細胞膜成分として採用されました。
真核生物は、なぜ細胞膜を古細菌の膜から、細菌の膜に変えたのでしょうか。それは住んでいる環境によるのではないかと考えられます。つまり最初に生命が発生したと考えらえる海底の熱水噴出孔は、現在から考えれば非常に特殊な環境です。

好気性細菌は、熱水噴出口から離れて、自由に行動しながら、酸素を利用してエネルギーをつくることができたと考えられます。
真核生物が熱水噴出口から外の世界に飛び立つには、新しい細胞膜が必要でした。好気性細菌を取り込んだ際に、同時に獲得した細胞膜は、まさにうってつけであった可能性があります。

生命の出発点が、海底にできた硫化物の膜の水素イオン勾配です。水素イオン勾配による膜電位でエネルギーをつくるのです。つまりこの膜電位がなくなると、その細胞は生きていけません。

その仕組みはいまでも真核生物のエネルギー工場である、細菌出身のミトコンドリアに引き継がれているのです。
生命の誕生からいまに至るまで水素イオン勾配による膜電位が、私たちの生命を支えています。

外の好気性細菌だったミトコンドリアがエネルギーをつくる仕組み

外の好気性細菌は、進化してミトコンドリアになりました。ミトコンドリアには二つの膜、外膜と内膜があります。内膜は複雑に折れ曲がっていて、クリステ構造と呼ばれます。

ミトコンドリア内膜には、カルジオリピン(CL)というリン脂質が最大20%程度含まれています。クリステ構造をつくるためにCLが必要なのです。

図1 ミトコンドリアのクリステ構造

CLはクリステを形成するだけでなく、エネルギーをつくるタンパク質を引きつけて内膜に並べます。そしてプロトンポンプで水素イオンをくみ上げて、内膜と外膜の間に放出します。これは太古の昔の酸性の海を再現しているようです。

このプロトン(水素イオン)の濃度差を利用して、ミトコンドリア内膜に膜電位ができます。それは最大-180mVに達します。そしてCLに引き付けられたATP合成酵素がATPをつくります。

さまざまな体の不調は、ミトコンドリアの膜電位に原因があることがわかってきました。ミトコンドリアの膜電位を正常に保つことが、私たち真核生物にとって最も重要なことなのです。

元は外の細菌だったミトコンドリアがエネルギーをつくるためにしたこと

ミトコンドリアの細胞膜に特有なリン脂質であるCLは、ミトコンドリアの機能を支える最も重要な成分です。
ミトコンドリアに異常なストレスがかかると、ミトコンドリアはアポトーシスの指令を出します。

アポトーシスとは、炎症を起こさないプログラム細胞死です。ミトコンドリアは炎症を起こすプログラム細胞死のパイロトーシスの指令を出すこともあります。

アポトーシスとパイロトーシスのどちらを選択するかは、大変大きな問題です。炎症をおこすか起こさないか、それはミトコンドリアにゆだねられているのです。

ミトコンドリアのストレスは、膜電位の異常や酸化ストレス、異常タンパク質の蓄積などです。
酸化ストレスとは、活性酸素によるストレスです。細胞は常に活性酸素による攻撃を受けていて、エネルギー生産工場であるミトコンドリアは活性酸素の発生源です。

ミトコンドリア膜電位が少ないと活性酸素が発生しますが、膜電位が高すぎても活性酸素が増加します。これは水素イオンがたまりすぎて、ミトコンドリア膜電位が高くなりすぎるのは、生物にとっては危険だからです。そのため水素イオンをリークし、その時にリーク電流によって活性酸素が発生してしまいます。

異常タンパク質の蓄積とは老廃物がたまることを示しています。細胞内のゴミは細胞内のゴミ処理工場であるリソソームに送られて処理されます。処理が追いつかなくなると、ゴミ入りのエクソソームとして他の細胞に向けて放出されます。これを受け取る方でも処理能力以上にゴミを押し付けられると、ストレス(老化の原因)になります。

ミトコンドリアは、細胞内で小器官の間の調整をしています。ミトコンドリアは大きさも、膜電位の強さも、変幻自在に変化させます。
細菌出身のミトコンドリアは膜の能力を最大限活用して生命を支えています。その中心的役割を果たしているのが、細菌から引き継いだカルジオリピンCLなのです。

次回予告

10_マクロファージの自爆から炎症が始まる
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