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旅に出る前に飲む一杯

「広いあの世を歩くために一服どうぞ」


月がいっとう白く輝く夜。
そっと体を離れたものが向かうところがある。

「いらっしゃいませ」

ドアのベルが揺れて来訪者を知らせた。
音に顔を上げてバリスタが声を掛けると、小さな男の子がドアを細く開けて覗き込んでいる。
バリスタはちょっと驚いて、一瞬、目を丸くしたが事も無げに中へ促すように微笑んだ。

「何か落ち着かないことがあったんでしょう。落ち着くまでいていいですよ」

マッチをさっと箱で擦ってぱっとアルコールランプに火を着けた。薄く水を張った小皿にマッチの先を着けるようにして置く。火の先がフラスコの底に当たるように設置する。
キッチンに置いていた菓子の詰まったかごをカウンターに置いて、ミルのレバーに手を掛けた。ホッパーの部分にはカラメル色の球体が薄い輪に掛かっている。
ごりごりと音がする度に香ばしい匂いが漂う。男の子のところにも届いたのか、ようやくドアの隙間から入ってかごが置いてある席によじ登るようにして座った。

「いいにおい」
「どうも、お菓子どうぞ」
「どれでもいいの?」
「もちろん」

強張っている声に、さきほどと同じ調子で返すと少し弾んだ声が返ってくる。笑いを含ませながら、ミルを動かし続けていく。

「あの…」
「どうしました」
「きらきら光ってるのなんですか?」
「ああ、パールシュガーです。月が回って太陽に触れる前の真っ暗な時に光ってるとこから取ってくるんですよ。ちなみにあんまり取れないからいっぱいは作れない」

ワッフルに埋まる、ほんのりと光っている丸を説明する内に男の子の目が輝いて、顔がほころぶ。ミルから少し外した視野でそれを確認して、バリスタも緩く口角を上げた。
男の子はじっときらきら光る丸を瞳に映した後、ぱくっと小さくワッフルに噛みつく。
ぱっと目を見開いて、小さな口と喉がが忙しなく、含んでは噛んで飲み込むを繰り返し始めた。

ミルを動かしていた手を止めて、球体の大きさを確認すると台にある引き出しを開けた。柔らかいながらもはっきりと溢れ出した匂いに、拳を握りたくなる衝動を抑えながら引き出しを抜く。小さく、フラスコの中に垂れているボールチェーンが動いていた。

ろうと部分を支えから少し外して傾けたそこにもとを移して、小さなブラシで細かいのも入れる。先ほどからぼこぼこ不規則にできた気泡が絶え間なく浮かんできたところで、ろうとを差し込む。

沸騰の音は大きいし、何か判らないうちは怖い。
ワッフルを食べ終わってバリスタの動きを見ていた男の子は怖いもの見たさにおそるおそるといった感じで、テーブルに伏せる形に小さくなっていた。

「あー…爆弾ではないから」
「ほんと?」
「ホントホント。ぶくぶくして上がったお湯がコーヒーになっていくんですよ」
「ふーん…」

伏せた姿勢を直してじっと見るものの、時折目を細めている。男の子の様子に笑いを堪えつつ、バリスタは薄い木べらを手に取って手早くろうとの中を混ぜた。もとと湯が馴染んだところでさっと木べらを取り出すと、徐々に泡、もと、液の三層に変わる。

そこから少し待って、さっとアルコールランプをフラスコから離して蓋を被せた。また木べらで軽く混ぜる。木べらを出して液が落ちるのを待っていると、ろうとの管を液が伝って落ちていく内にもとがぷっくりとドーム状に丸まる。その上とろうとにうっすらと泡が着いていた。

達成感に浸ってバリスタが細く息を吐く。その耳に拍手が届いたので、伏せた目を開けて方向を見れば、男の子が小さな手を叩いていた。

すーっとフラスコに戻った湯、もといコーヒーを確認してろうとを外す。ろうと用の深い器に置いて、フラスコの中にあるコーヒーを薄いガラスが二層になっているコップへ注ぐ。

「拍手ありがと、お待たせしました」
「いただきます」

コップを受け取って飲み込むと、ほんの少しの苦みと丸い感触が舌をなぞっていった。思っていた味と違っていたのもあって男の子は首を傾げる。

「チョコじゃないけど…なんかおいしい?」
「それは良かった、今日は新星の時に取れた星を使っていますから」
「しんせー?」
「新しい星が生まれることを言うんです」
「これもおほしさま…」

余ったコーヒーを別のガラスコップに注いでバリスタも飲む。男の子はコップを口から離してコーヒーの表面を見つめた。表面に反射する艶のとは別に、小さく光る粒が表面の動きに合わせて揺れている。

「ほんとはまだ君は来られないはずなんだけど…なんにしても、君は必ず帰られます」

その様子をバリスタは目を細めて見守る。言葉の意図を知らず、男の子は首を傾げた。確認しようにも、問える言葉、そもそもどう聞きたいかも判らない男の子が口をぎゅっと結んだり、眉間に皺を寄せる。
顔だけでなく、体も強張りそうになったところでバリスタはゆっくりと口を開いた。

「これからも知らないうちに出ていて、ここが判るならまっすぐおいで」


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カラー作品では透明感とともに、べっこう飴や蜂蜜を思わせるような艶のある色使いが特徴的です。
線を重ねて、繊細な細工を思わせる作品もとても素敵です。
他の作品もぜひ。


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