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風に乗った香りに鼻の奥が痛くなる

木蓮の散りかけた日、工場見学の通路で不注意でガラスを割ったことについての話。

診断結果を元に。

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学年が始まった時期。
その学校恒例の学年ごとの行事がまもなく迫り、下調べとして研修先の工場へ行った。

今となっては珍しい、生きている植物を見られると心を躍らせていた。
管理の問題から、学校内の生物は教職員、生徒を除いてホログラムになっている。それは赴任した学校以外もほとんど同じだ。

とはいえ、生物のいまだ未知数分野についての研究は続いている。知識として知っている生徒だけではなく、知らない生徒にも知る機会を。それも含めて生物と関連する仕事を実際に見ることが研修の目的。

予定を組んだ時間より早めに着いたこともあり、会議にも使われていそうな部屋へ案内された。
ソファーへ座るのを勧められて素直に腰掛ける。部屋の窓からは敷地内に植えられている植物を覗けた。
一部、見覚えのある植物が目に入って、首を傾げる。
不規則にうねった枝先、手に取ったら大きいだろう花弁が集まっている花。
燃えるような赤に負けないほど、はっきりとしたとき色。

すぐに浮かばない名前を探していると、ドアが開く音がして向いた。
当日の案内をお願いしている担当者ではない誰か。いや、そもそも関係者かも判らない。

「あなたはだれですか」

問いたかった言葉はドアを開けた子供が言った。白い肌、金髪とまではいかない白髪、紫の瞳、袖なしの上下が分かれていない淡い緑服。むき出しの肩に貼られている白いテープのようなものがひとつ。

「えっと」

状況に面食らって上手く思考が回らなかった。いつか興味本位で読んだアルビノの情報で、見掛けた特徴と子供の容姿が一致している。

”アルビノは生まれた所より最寄りの研究機関に特秘かつ速やかに保護される”

「ダヴィー、お昼寝はどうしたんだい」
「たぬさん」

聞き覚えのある声がドアの向こうから聞こえた。担当者の田沼さんだ。
ドアの向こうへ子供の姿が消える。
よいしょという声とともにはしゃいだ声がして、ドアが開いた。

「申し訳ありません、お待たせしました。早々に申し訳ないのですが、研究員の子供を預かる部屋へ送ってきますのでもう少々お待ちくださいませ」
「は、はい…」
「ありがとうございます。またゆっくりされていてください。まもなくお茶を他の者が持ってきてくれるそうなので」

白衣の上腕部分が少し窮屈そうに皺が寄っているのが判るくらい、体格のよさ。片手に書類を持ち、もう片手に子供の尻を支えるようにして安定の抱き方をしている。
お礼と説明の後、田沼さんは頭を下げる。それに合わせて子供の体も動く。楽しかったのか、またはしゃぎ声が聞こえた。
姿勢を直すと田沼さんは資料を渡してくれて、軽く頭を下げた後に部屋を出ていく。ドアが閉じる間に、ちらりとダヴィーがこちらに手を振っていたのを認めた。

”保護されたアルビノは機関の方針・役目によってはさまざまな研究の対象ないしは材料として扱われる”

なぜだか不意に思い出が過る。真っ白な通路にはまったガラスの向こうにいる何かを見て、あまりに悲しくなってガラスに拳をぶつけるようにして寄りかかった。思いがけず、その勢いでガラスは割れてしまって。

「割れて、何があった…」

先は思い出せなかった。その代わりのように、見覚えのあった植物の名を思い出す。

「木蓮」

ぱらぱらと地面に落ちる花弁を見ながら、ガラスを割ったのもこんな時期だったと変な懐かしさに満たされた。

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