君が夜を迎えるまでいるよ
オレンジの光が周囲を照らす夕方、壁に囲まれた庭園で辞書を使ったゲームをした話。
診断結果を元に。
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ほかほかとした陽気をまとって光を放っていた太陽は西へ傾いていた。
それを壁にもたれて一人の子供が眺めていた。きはだ色のシャツとジーンズはところどころ汚れている。腰に巻いたベルトには小さな枝切りばさみが引っ掛かけていて、そばにはスコップと巻いてまとめたホースがあった。
日中の柔らかな陽気とは違って、いつか見た本の挿絵みたく、目に刺さる勢いで差す光。とはいえ、子供の周りに茂る木々で勢いはまどろんで、木漏れ日に変わっている。
どこからともなく吹いた風が子供の柔らかな髪と木々の葉を揺らした。
「もーいいかい」
「まあだだよ」
「…いるじゃないか」
「遊びに来たよ」
子供の指摘に答えながら、近くの木から軽やかに降り立つ人。深い青のフード付きマントが揺れる。厳密に言えば、人ではない。背中にあるグレーがかった茶色の羽を折りたたみながら、子供に軽く手を振る。
「ちゃんと約束のことしてから寝るよ。破ったことないでしょ」
近づいて、子供の前でしゃがむと首を小さく傾げた。その人の耳にかかっている飾りが小さく音を立てる。目元にマントと同じ色の仮面をつけているが、穴から覗く対の瞳は黄色く光る月を思わせた。
「そうじゃなきゃ追い出す」
「過激な…ま、提案したのはボクだし二言はないよ。寝泊りさせてもらってるしね」
肩を竦める人に子供は両手を広げた。その人はふっと息をひとつ吐くと、手袋を外して指を鳴らす。同時に柔らかい破裂音がして、濃紺の厚い本が現れた。鉤爪で表紙を傷つけないように持つと、子供に手渡す。
子供は本を受け取ると、顔のにやけを無理に止めようとしたのか、眉間に皺が寄って顔が強張っていた。子供にばれないよう、手に口を当てていたがお見通しのようで子供の方が気まずそうに顔を逸らす。
「…いつか、ぼくが育てた木もたくさんの言葉が詰められる本になったら…だから、育てるのにたくさん勉強できるようになるかもって…」
「んっんー…前から言ってるけど君をいつか馬鹿にしたやつと一緒じゃないよ?言葉を知るのが楽しいって顔見れるのが嬉しいだけだから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
また手袋を填めた手で力を込めないように子供の頭を撫でる。大人しく撫でられながらも、目を窺う子供の視線に気づくと目前で立てた人差し指で本を軽く突いた。
「賢い君と遊ぶのは楽しいよ。言葉の森へ行こうじゃないか」
ほー…っ、ほー…っ。小さく口を開閉させながら、その人は喉の奥で鳴く。すると、音もなく子供の手から浮いた本は開いて二人を中へ入れた。本の中では本に書かれた色は眺められるし、ことわざであれば架空の事物が動き、固有のものは浮いて目前に表れる。言葉はどこからともなく現れる袋が収縮を繰り返して音を表してくれた。それを子供は目を輝かせて見入ったり、触れたりして言葉を吸収していく。「梟」の言葉で子供はじっとしていた。
「どうしたんだい」
「似てるなと思っただけ。」
「意外だね」
「なんとなく」
「そうかい」
子供が羽の形に沿ってゆっくり指を滑らせる。止まり木に大人しく梟は止まっていた。それを後ろで手を組んで見ていた人は懐中時計をローブの胸ポケットから取り出す。懐中時計に掛かっている細いチェーンの音に気づいたのか、子供が振り返った。
「またあしたかあ…」
「君、出たら寝てるし明日も来るのに、毎回残念そうにするね」
梟から離れて近寄る子供の顔を見て言えば、子供は月の瞳を真っ直ぐに見て返す。
「いつかいなくなる時、ぼくが寝ていたらきっといつものとこへ運んでくれると思うけど、何も言わずにいなくなるよね。これからもずっといるなんて思ってないよ」
「…まだいるよ」
本の外に出るために伸ばされた、小さくて硬い手をそっと握りながら言う。
ほー…っ、ほー…っ。小さく口を開閉させながら、その人は喉の奥でないた。
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