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「縁」から生まれる、人と街の新たな可能性。アートアクセスあだち 音まち千住の縁

《テキスト・アーカイブ》
日時:2021年7月7日19:00~
場所:仲町の家(〒120-0036 東京都足立区千住仲町29−1)
HP:https://aaa-senju.com/

北千住の駅から少し歩いた場所にある、宿場町の情緒あふれる街、千住仲町。ここに、戦前に建てられた日本家屋がある。仲町の家と呼ばれるこの場所は、市民参加型のアートプロジェクトを運営する「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」(通称「音まち」)の拠点の一つで、千住の文化サロンとしてこれまで様々な催しを行ってきた。

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今回、7月7日の七夕の夜に仲町の家に伺い、ディレクターを務める吉田武司さんと、プロジェクト発足初期から参加し、運営にも携わってきた胡舟ヒフミさんから、音まちのこれまでの活動とこれからの展望を聞いた。多くの方にご視聴いただけるよう、そしてコロナウイルスの感染拡大防止のため、Zoomとクラブハウスを活用しての公開インタビューとなった。

取材当日の仲町の家は、週末に予定されている東京藝術大学の学生有志によるプロジェクト「Nakacho Art Series 2021」の第3弾に向けて、準備が行われていた。7月10日から8月23日まで行われるこのイベントは、身体と空間の関係性を問い直そうと企画されている。興味がある方は、ホームページで開館日時を確認のうえ、是非足を運んでみてはいかがだろうか。

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「音まち」はコミュニケーションが生まれる場

「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」は、2012年度に区制80周年を迎えた足立区の記念事業の一環として誕生した、市民参加型のアートプロジェクトだ。前年の11年度から、アートを通じて市民やアーティストの中に、新たなコミュニケーションを生み出そうと活動を開始し、今年で11年目を迎える。

このアートプロジェクトのキーワードとなっているのは、名称にも含まれている「音」と「縁」だ。足立区には東京藝術大学の音楽学部 音楽環境創造科などが拠点を構える千住キャンパスがあり、それが「音」をテーマにしたプロジェクトを始めるきっかけとなった。また同区について吉田さんは、宿場町の雰囲気や昔ながらの地域とのつながり(地縁)が残る場所だと話す。アートプロジェクトを通じた新たなコミュニケーションによって、これまでの「縁」が強まり、新たな「縁」が生まれることを願って、このプロジェクトは名付けられた。

音まちの特徴として挙げられるのは、一つの団体が主催するのではなく、関係5者が共催してアートプロジェクトを運営している点だ。東京都、アーツカウンシル東京、東京藝術大学、足立区、NPO法人音まち計画が共同でプロジェクトを推進。隔週で会議を行って全体の情報を共有することで、行政や大学の管理する施設の手配をスピーディーに行ったり、また町内会や学校等とのネットワークを活用してチラシの配布など広報活動も迅速に行ったりと、連携による強みを生かした運営が行われているという。

複数のプロジェクトが奏でる千住の賑わい

音まちではこれまで、数多くの市民参加型イベントが企画・運営されてきたが、その中には発足当初から継続してきたイベントがいくつかある。現代美術家の大巻伸嗣氏による「Memorial Rebirth 千住」(通称:メモリバ)も、そのうちの一つだ。メモリバは、千住地域の商店街や小学校など、様々な場所で大量のシャボン玉を飛ばし、参加した市民の「見慣れた景色を変貌させ、記憶を呼び起こし、新たな記憶を創り上げる」アートパフォーマンスだ。

2-3_メモリバ全体(夜の部)の様子

「大巻伸嗣《Memorial Rebirth 千住 2018 西新井》の様子」(2018年)
撮影:冨田了平

もう一つは、音楽家の野村誠氏と市民が共同で作り上げる「千住だじゃれ音楽祭」だ。毎回、音楽祭の題名がだじゃれになっており、「風呂フェッショナルなコンサート」と題された回では、プロフェッショナルと風呂をかけ、銭湯という意外な場所で音楽祭が行われた。

1_風呂フェッショナルなコンサート

「野村誠《風呂フェッショナルなコンサート》の様子」(2012年)
撮影:森孝介

また、2013年度から継続しているのが、美術家の岩井成昭氏が中心となって行われている「イミグレーション・ミュージアム・東京」。地域に暮らす外国人との交流を通して、生活様式や文化背景を紹介したり、それが日常の中で変容していく様相を探ったりするプロジェクトだ。

その他にも、地域の外からアーティストを招き、千住で作品を制作してもらう「千住・縁レジデンス」や、街の音や人々の声を収録し、それを楽曲に見立てて制作を行う「千住タウンレーベル」など、数多くのイベントが同時進行している。

行政・市民の熱意がプロジェクトを支える

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2015年度から事務局長として運営に参加し、18年度から現在まで音まちでディレクターを務める吉田さんは、それ以前から、音まちやそこで活動する人々と深い関わりを持っていた。11年度、埼玉県北本市のアートプロジェクト「北本ビタミン」を運営していた吉田さんは、音まちの運営に携わる東京藝大の熊倉純子教授からの連絡で、当日スタッフの不足したメモリバを一日だけ手伝うことになった。そこが、吉田さんと音まちの初めての出会いだったそう。

その後吉田さんは2014年度まで、東京都の文化政策を推進する「アーツカウンシル東京」において、文化創造拠点を形成する事業「東京アートポイント計画」のプログラムオフィサーとして従事。音まちを含む、都内の複数のアートプロジェクトに伴走してきた。

そんな中、音まちの事務局長から、後任を引き受けるよう依頼があった。当時の音まちの印象を語る際、アートイベントの運営にとって行政側の熱意は重要だと指摘したうえで、「足立区の職員の方の熱意は非常に強かった」と振り返った。加えて「胡舟さんをはじめ、アートプロジェクトに関わる市民の方々が多く、驚いた」そう。「この人達となら、一緒にできそうだ」との思いに後押しされ、吉田さんは2015年度から後任を引き受けたという。

参加することで街が変わり、自分が変わる

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胡舟さんに音まちとの出会いを伺うと、時は音まち発足の1年前に遡った。当時、胡舟さんはデザイナーとして活動しながら、2010年度に開館した千代田区のアートセンター「3331 Arts Chiyoda」のプロジェクトにも参加していたそう。その時の仲間からの誘いで、音楽家・野村誠氏によるだじゃれ音楽祭「風呂フェッショナルなコンサート」に参加し、幼少期に体験した音楽の楽しさを思い出したそう。他の企画にも積極的に参加するようになり、だじゃれ音楽祭やメモリバの音楽隊などでの継続的な活動が始まった。また、デザイナーとして広報活動に関わったことがきっかけで、一時は音まちの事務局に所属したことも。このように、現在に至るまで、様々な形で音まちに継続的に関わっているという。

2-4_メモリバ全体(胡舟)の様子

「大巻伸嗣《Memorial Rebirth 千住 2018 西新井》メモリバ音楽隊」(2018年)
撮影:冨田了平

また、音まちに参加したことで、イベント以外の別の楽しさにも気づけたという。イベントで地域の人達と出会ったことで、「お店の人に覚えてもらったり、街ですれ違って挨拶する人ができたり、音まちを通して街の人々とのつながりを得られた」と笑顔で話した。

加えて、アートプロジェクトという、新たなコミュニケーションを生み出す場に参加したことで、アーティストを含め様々な人と出会い、これまでとは違う考え方を持つようになったという。胡舟さんはこれまで、「正しさの観念が強く、『〜するべき』という考え方で行動することが多かった」と話す。しかし、アートプロジェクトに参加したことで、「正しさより楽しさを基準に選べるようになってきた」そう。

人との関わりが価値観を広げる

吉田さんがアートプロジェクトをディレクションする理由について伺うと、大学での出来事を振り返った。当時、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)の学生だった吉田さんは、将来アートプロジェクトに関わるとは思っておらず、コマーシャルギャラリーへの就職を考えていた。そんな中、学内のギャラリーで開催された「wah document」というグループの展覧会「人と関わりあってできる作品がある」の運営を手伝ったことが転機となった。

wah documentは、参加者と共に考え、生まれたアイデアを即興的に表現するアーティスト集団だ。ヘリコプターに照明器具を付けて飛ばす、という一見無理なアイデアも、実現に向けて奔走することで、協力してくれる土地所有者やヘリ会社と出会い、実現してみせた。「ヘリの所有者も、土地の所有者も最初は断ったはずだが、何度も会話を重ねていくうちに関係性ができ、受け止めてくれるようになったのではないか」と話し、「人が関わることで作品の意味や価値が変わっていった」当時の衝撃を振り返った。

6-1_wah31「照明器具を飛ばす」_アイディア用紙

「wah31「照明器具を飛ばす」のアイディア用紙」(2008年)
写真提供:wah document

6-2_wah31「照明器具を飛ばす」

「wah31「照明器具を飛ばす」 実際にヘリコプターに照明器具を設置して飛行している様子」(2008年)
写真提供:wah document

吉田さんは、wah documentの手法について、「アートプロジェクトが、人々の持つ価値観を広げる可能性を感じた」良い例だと語気を強める。当時感じた衝撃が、アートプロジェクトに関わる原動力になっているという。

制限が生み出す、新たな展開

これまで数多くのイベントを、対面を前提に行ってきた音まちだが、オリンピックイヤーだった昨年は大きな企画を複数準備していたこともあり、コロナウイルスの感染拡大は運営方法の大幅な見直しを迫る出来事だった。しかし、そんな中でもいくつかのイベントは、オンラインを活用して開催することができたという。

「だじゃれ音楽祭」では「千住」と「1010」をかけ、「千住の1010人」で音楽を演奏する計画だった。密を避けるため、オンラインでの開催を余儀なくされたが、オンライン形式だからこそ、新たな可能性を最大限に模索できたという。「Zoomの特性を前向きに捉え、映像や音声の遅延など、対面では起こり得ない要素も音楽の一部と考えた」ことで新たな音楽体験を創出できた、と胡舟さんは説明した。

5_コロナ後のだじゃれの活動_第2回だじゃれ音楽研究大会_世界だじゃれ音Line音楽祭 Day1

「野村誠 千住だじゃれ音楽祭《世界だじゃれ音Line音楽祭 Day1》の様子」(2020年)
撮影:音まち事務局

無数のシャボン玉を飛ばす「メモリバ」も、街なかでの開催ができなくなった。そこで、出番を失ったシャボン玉マシンを市民に貸し出すプログラム、「メモリバのホームステイ」を開始。「小さく、ささやかな、それでいて特別な景色を一人ひとりにお届けしたい」という思いから始まったこの企画について胡舟さんは、「家族や友達と、新たなコミュニケーションが生まれれば」と期待を込める。

3_メモリバマシン

「大巻伸嗣《Memorial Rebirth 千住 2018 西新井》準備の様子」(2018年)
撮影:冨田了平

また、「イミグレーション・ミュージアム・東京」も、従来のイベント形式が制限されてしまったことを受け、感染対策をしたうえでの展覧会、「多国籍美術展・『わたしたちはみえている – 日本に暮らす海外ルーツの人びと – 』」が12月に開催予定だ。北千住のアートセンター「BUoY」を舞台に、多文化社会をテーマに活動するアーティストの作品などを展示する。

アートをする人・それを支える人

コロナ禍で生じた変化を伺うと、リアルな場を求める声が強まったことと、オンラインイベントの開催ノウハウが蓄積したことが挙げられた。ノウハウの蓄積があるからこそ、それを安心材料にして、対面での場を増やしていこうと吉田さんは考えている。胡舟さんは、コロナ禍において「ネットワークの活用で、つながりが拡張した」と、良い側面を指摘。「引き続き、拡張したネットワークも活用しながら、実際に会うときの喜びも大切に、活動していきたい」と話した。

吉田さんに今後の目標を伺うと、現在計画中で10月開催予定の「1DAYパフォーマンス表現街」という企画を説明した。千住ほんちょう商店街を単なる金銭授受の場ではなく、表現の場と捉え、公募で集まった人々が思い思いのパフォーマンスを披露するイベントだという。これまでの音まちの活動について吉田さんは、「街の中でアートをする人を支えてきたが、」と話す。「これからは、街の中でアートをする人を支えていく人と、出会っていきたい」。

その言葉からは、吉田さんが描く、音まちの未来図が垣間見える。「音まちで出会ってきた人の多くは、胡舟さんをはじめ、自分でなにかしたいと考え、団体を作って音まちの外で活動していた」という。1DAYパフォーマンス表現街が、「なにか表現したい人たちを受け止め、育んでいけるフレームになれば」と願っているそう。それが「音まちの次のフェーズ」だと吉田さんは考えている。

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まとめ

行政や大学など多くの関係者の連携で、地域を巻き込み人々の縁をつないでいくアートプロジェクト、「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」。そこには、様々な経験や出会いを経て集った人たちが、それぞれの思いを胸に運営する姿があった。

コロナウイルスの感染拡大で、突然生活スタイルの変更を余儀なくされた私達は、これまで考えもしなかったような問題と向き合っている。その一つが、「リアルの場で他者と出会いたい」という思いだ。この欲望は、これまでのアートプロジェクトにとっては自明すぎて、十分検討されてこなかった主題なのではないだろうか。感染症が猛威を振るう今だからこそ、腰を据えて、この人間の根源的な欲求について考える必要があるように感じた。その中に、アートをする人とそれを支える人の、良い関係を築くヒントが含まれているのではないだろうか。

(文:久永)

ART ROUND EAST(ARE:アール)とは?

東東京圏などでアート関連活動を行う団体・個人同士のつながりを生み出す連携団体です。新たな連携を生み出すことで、各団体・個人の発信力強化や地域の活性化、アーティストが成長できる場の創出などを目指しています。
HP:https://artroundeast.net/
Twitter:https://twitter.com/ARTROUNDEAST


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