見出し画像

柏を愛するアートファンが街を盛り上げる|JOBANアートラインかしわ実行委員会

《テキスト・アーカイブ》
日時:2021年10月20日18:30~
場所:パレット柏
(〒277-0005 柏市柏1-7-1-301)
HP:https://kashiwa-art.com/

2021年10月20日、JR常磐線柏駅からほど近い文化・交流施設「パレット柏」で、「JOBANアートラインかしわ実行委員会」の活動を伺った。この委員会は、毎年秋頃に柏駅周辺の公共空間やギャラリースペース・路上などを舞台に、作品の展示やパフォーマンスを行うアートイベント「アートラインかしわ」を運営している。

この日も、「アートラインかしわ2021 ふわり かろやかに」(10月9日から11月25日まで)が開催されており、駅前の街灯・商店街のアーケードに掛けられたフラッグや、商業施設の展示スペースに飾られた作品たちが街の雰囲気を一変させ、行き交う人々を楽しませていた。取材を行った「パレット柏」の中に併設されたギャラリーは地元ゆかりの作家の作品展「共晶点」の会場となっており、11月10日から14日まで展示が行われた。

ダブルデッキ掛けられたフラッグ「みどりのゆび」(桂川美帆)の様子
撮影:2021年 提供:アートラインかしわ実行委員会

話を伺ったのは、実行委員会代表の住吉慶太さん、副代表の羽片俊夫さん、ディレクターの秦明生さん、事務局長の亀岡浩美さん。行政主導のアートイベントと異なり、アートが好きな一般市民が主導して行っているこのイベントには常勤のメンバーがおらず、それぞれの仕事の合間を縫って、各自の得意分野や興味関心を活かしながらイベントの実現に向けて活動している。特別な芸術教育を受けたわけではない柏の街を愛するアートファンが、アーティストを巻き込んで開催しているこのイベントは、どのような経緯で始まったのか、そしてコロナウイルス感染症の拡大を受けてどう変わったのか、4人に聞いた。

「アートラインかしわ」誕生の土壌

「JOBANアートラインかしわ実行委員会」の設立は今から約15年前、別の組織である「JOBANアートライン協議会」の誕生に端を発する。同協議会は常磐線のイメージの向上と沿線自治体の活性化を目指し、取手市や台東区など4区4市と東京藝術大学・JR東日本が集まり、2006年に設立された。それと時期を合わせて誕生したのが、今回話を伺う「JOBANアートラインかしわ実行委員会」だ。同委員会は同協議会と直接の関係はないというが、「(地域を盛り上げるために)点で活動するより面で活動しよう」という考えのもとで活動が始まっており、常磐線沿いの街を活気づけるという目標を共有しながらそれぞれの役割を果たしている。

今回話を聞く4人のうち、委員会の設立初期から関わっていたのは住吉さんと亀岡さん。設立の背景について伺うと、亀岡さんは当時を振り返り「柏という街にはわかりやすい文化がなかった」と話し始めた。城や城下町・珍しい祭りなどを例に挙げ、「そういったインパクトのある文化がないことを市民は薄々感じていて、何かしなければ、と多くの人が考えていたのではないか」と分析。また住吉さんは、ストリートミュージシャンの演奏会や街なかのファッションショーなどさまざまな企画が柏で行われていたことを挙げ、「地域の中にはイベントを仕掛けようと活動する人たちがたくさんいた」と話し、地域がかかえていた「わかりやすい文化がない」という点がバネとなって活発な活動につながっていたと説明した。

アートラインかしわ2019の天井画「地球に生まれて」(池平徹兵)の下で演奏するストリートミュージシャンの様子
撮影:2019年 提供:アートラインかしわ実行委員会

アートで街を盛り上げる

「わかりやすい文化がない」柏の街で、若者からお年寄りまで楽しめる新たな文化を模索した際に生まれたのが、アートで街を盛り上げるというアイデアだった。それが、1ヶ月間のフェスティバル型プロジェクト「アートラインかしわ」として2006年に初めて結実し、今年で16回目を迎える。このイベントの概要について秦さんに伺うと、「3つの柱に分けられる」という。1つ目は駅前の大型展示。駅前デッキなどの公共空間や商業施設の入口・ギャラリースペースでアーティストの大型作品を展示している。壁画や天井画・フラッグなどのほか、2018年には人と同じサイズの大きなインコの造形物60羽を商業施設の入口スペースに展示するなど、さまざまな形で街の雰囲気を一変させている。

MODIのインコの展示「Smiling」(川上和歌子)の写真
撮影:2018年 提供:アートラインかしわ実行委員会

2つ目はストリートパフォーマンス。美術館がなくアートに触れづらい街の中で、「でくわす」をキーワードに路上でのパフォーマンスを企画しているという。2006年の第1回イベントから続いている「ライブペイント30vs30」は毎年恒例の路上パフォーマンスで、30人のアーティストが30号のキャンバスに一斉に絵を描き、訪れた人々に「アートとでくわす」機会を創出している。3つ目は、地元にゆかりのあるアーティストに発表の機会を提供するためのグループ展「共晶点」で、新進気鋭のアーティストの活動を支援している。これら3つの主催事業に加え、連携事業として柏及び近隣のアート活動の紹介も行っており、開催期間中は主催・連携合わせて約20のイベントが行われ、街を盛り上げている。

ライブペイント30vs30の様子
撮影:2016年 提供:アートラインかしわ実行委員会

公共空間で展示するということ

これまでの展示で印象深いものを伺うと、亀岡さんは意外な部分で市民から批判を受けた作品を挙げた。2016年、アーティストの原高史さんが柏駅前のデッキやデパートの窓をピンク色の文字や絵で演出する「ピンクプロジェクト」を行なった際、「駅前でピンクとは何事か!」と、景観の問題を指摘する人がいたそう。この企画は、柏に住む人々にそれぞれの記憶に基づく街の歴史について取材し、過去の記憶や柏への思いについて語った言葉をピンクの文字や絵で表現して展示するというもの。公共空間で作品を展示し、さまざまな考えを持った人の目に触れたことで、意外な批判につながったそう。色についての批判のほか、戦後の混乱期の様子を記した展示に対しては、「思い出させないでくれ」と抗議する人もいたといい、公共空間で展示することの難しさを振り返った。

「ピンクプロジェクト」の様子
撮影:2016年 提供:アートラインかしわ実行委員会

芸術は観客にとって常に心地良いとは限らず、時に批判的な内容を含むことがある。例に挙げたピンクプロジェクトも誰かにとって心地の悪い展示だったかもしれない。アートラインかしわは美術館の展示とは異なり、公共施設や商業施設のスペースを借りて展示を行っているために、「公共空間で活きるアーティストを探してくる必要がある」と秦さんは語り、アーティスト選定の勘所を明かした。

コロナ禍から見えてきたもの

2006年から毎年開催されていた「アートラインかしわ」だったが、第15回目の2020年、これまでにない対応を迫られた。その原因は新型コロナウイルス感染症の拡大だ。秦さんは20年の初春ごろに「(これまでのような)人が集まるようなことをやろうとしていたが、密ができてしまうのでだめだ」と判断。「そもそもやるのか、やらないのか」というところから話し合ったという。しかし、「こういう時だからこそやるべきなのではないか」と皆で考え、さまざまな意見を出し合った結果、「壁画の展示なら密にならず、屋外で時間を問わずに楽しめるのではないか」と意見がまとまり、5月ごろに壁画を軸としたイベントの開催が決まったそう。羽片さんは当時の混乱を振り返り、「どうなるのか全く読めない中での判断だった」と緊張感を思い返した。

そんな不透明な状況の中で実際にイベントを行ってみて、数々の勇気づけられる出来事が起こったそう。高校美術部や美術予備校の生徒を募った壁画を描くワークショップでは、「文化祭などの発表の機会を失った生徒に、作品の制作・展示を行う機会を提供でき、プロのアーティストと接する機会も作ることができた」と羽片さんは振り返り、「きっと高校生にとって良い刺激になったはずだ」と期待を込める。亀岡さんは壁画の制作を行う過程で街の人から「若い人が頑張る姿を見ると気持ちが晴れる」と声をかけられたそう。また、住吉さんは企業から協賛金を受け取り、そのお礼を言うと「この時期にやってくれることが嬉しい。こちらの方こそありがとう」という感謝の言葉を貰ったという。これらの出来事からアートの可能性や意義を再確認したことで、21年のイベント開催にむけた熱量につながったという。

壁画「CONTACT」(Hogalee)ワークショップの様子
撮影:2020年 提供:アートラインかしわ実行委員会

委員それぞれの思い

イベントに関わるうえでの思いについて、4人それぞれに話を聞いた。亀岡さんは、「アートには街に住むみんなの心をほっとさせたり、新しい気づきをくれる力がある」と考えている。またこのイベントが街と関わる接点になり、イベントを通して街のことを「自分ごと」として、これまで以上に考えるようになったと話す。その思いが、更なる活動の原動力につながっていた。

羽片さんは、人が集まって対話することの重要性を指摘。ワークショップなど、同じ作品を見ながらさまざまな人と対話する鑑賞の場を作ることで、互いを尊敬し合える人間性を備えた人を育んでいきたいという。作品を語り合うと、自分と他人の感じた内容に差があることに気づけるそう。「その違いを知ることで、相手の考えに対してリスペクトが生まれる」と羽片さんは話した。その場でお互いをリスペクトし合うことは、社会とのつながりを深めるための貴重な経験だと考えている。

柏市の職員としての一面もある秦さんは、街の人を刺激するものが柏の中にあって欲しいという願いを常々持っていた。アートイベントを開催することで「異物としてのアートが街に介入し、いろいろな人にとって刺激になる」と説明し、「そこにアートラインの意義がある」と秦さんは強調した。また、市職員として街の支援に関わりながらも「プレーヤーでもありたい」という思いがあったからこそ、街に賑わいを生み出す側として現在も活動しているという。

住吉さんは、これまでのイベント運営の中でアートに触れ「人生が変わった」と感じた経験を振り返りながら、アートについて「夢や希望、心に勇気を与えてくれる。気持ちを明るくすることができる」と力強く語った。そのうえで、今後の目標について「アートの感動を一人でも多くの人へ伝えたい」と端的に答え、これからの活動に意気込みを見せた。

画像1
委員会のメンバー。左から秦さん、住吉さん、亀岡さん、羽片さん。
背中にロゴの入ったスタッフジャンパーを着て撮影。
撮影:2021年

まとめ

委員の一人ひとりが、アート作品やパフォーマンスイベントに対して強い思いを持っているからこそ、16年という長い歳月を経て今日までイベントが運営されてきたのだと感じた。アートランかしわは行政やアーティストなどが主導するのではなく、特別なアート教育を受けてきたわけではないアートファンが主導し、アーティストに関わり、アーティストを巻き込んで行くという方法を採っている。だからこそ、芸術にありがちな敷居の高さや難しさを感じさせないアートプロジェクトとして、地域の人々に親しまれているのだろう。

感染症の拡大で急な対応を迫られた2020年春から、約1年半が経った。混乱の中でも手探りで開催の方法を模索し、さまざまなアイデアを出し合って感染対策を講じたうえでのイベント開催に、今年も漕ぎ着けた。コロナ禍という厳しい環境の中でも、設立当初の「街を盛り上げる」という目標が委員会の中に息づいていたからこそ、街の人々のつながりのために邁進できたのかもしれない。

(文:久永)

ART ROUND EAST:ARE(アール)とは?
東東京圏などでアート関連活動を行う団体・個人同士のつながりを生み出す連携団体です。新たな連携を生み出すことで、各団体・個人の発信力強化や地域の活性化、アーティストが成長できる場の創出などを目指しています。
HP:https://artroundeast.net/
Twitter:https://twitter.com/ARTROUNDEAST

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?