[インタビュー]柴山桂太|経済学は“ ストック” を思考 できるか?


経済成長は必要か


――昨年は震災があり、何かが変わらなければいけないという意識が人々になんとなく共有されていました。しかし今や――被災地の復興の現状などとは別の次元で――その騒ぎも落ち着いてしまい、ただ前と変わらない「現在」が続いている感じがあります。

柴山先生はご著書の中で、これから冬の時代が来るなら、そのことをきちんと理解して冬に備えることが必要なのではないか、とお書きになっています。災害などの危機において立ち上がるユートピア的な協働に夢を託すこともできるのですが、より持続性のある社会を展望するには、どのような「経済」のあり方が望ましいのかをまず考えなければならないと私は考えています。

構造的な問題を残したままただ現在を繰り返す(経済成長路線にしても何にしてもそうですが)のではなく、未来への持続性のある経済、グローバル化によって危機を潜在的に抱えた経済ではなく、安定した、将来に残せるような経済を作るには、どういうことが必要なのか。そういったところを理論的にお訊きできれば、と考えています。


柴山 僕の研究分野は経済思想・政治思想です。では思想の役割は何かというと、その時代の問題を明らかにするものだと思うんです。医師にしても、処方箋を書く前にまず病気が何なのかを知らないと、正しい治療はできませんよね。自分たちの社会が直面している最大の問題は何か。それを明らかにするのが思想の役割で、具体的な処方箋はその次に出てくることだと思います。日本を含め、21 世紀の資本主義がどんな問題を抱えているのか、というのが僕の関心ですが、今のグローバル化・自由化路線は、資本主義の本当の問題を取り違えた、誤った処方箋のように思えてならない。その点をお話しできればと思います。


――柴山先生は『危機の思想』(NHK 出版)や『成長なき時代の「国家」を構想する』(ナカニシヤ出版)で、経済成長主義の限界について言及されています。リーマン・ショックや3.11 を踏まえて、成長主義の限界ということは以前にも増して言われるようになっています。

ただ一方で、経済成長はやはり必要だ、という声も強い。一般の経済学者はおそらくその立場に立つと思うんですが、彼らが言うのはこういうことです。経済成長がなければ、雇用をまかなっていくこともできないし、社会保障制度を安定的に維持していくこともできないし、国の多額の借金を返していくこともできない。新興国はすごい勢いで経済成長してきているし、成長をあきらめてしまうと、日本が相対的に貧しくなっていってしまうだろう。そういった中でムードに流されて脱成長を唱えるのは、やはり現実を見ていない。経済成長はこれからも必要だし、可能である。そのための処方箋を考えなければならない。そういった、経済成長は必要だという意見に対して、柴山先生はどうお考えですか。


柴山 僕は脱成長を唱えているわけではなくて、成長が必要か必要じゃないかといえば、必要だと思いますよ。日本人が現状の生活水準を今後も維持するには、ある程度の経済成長は必要でしょう。ただ経済成長が全てを解決するかのような意見には賛成できない、というだけです。

「経済成長はなぜ必要か」という問いの答えは基本的に2 つあると考えられていますね。1 つは、国家全体の発展のためには、税収が必要だということです。税収がないと、高水準の福祉や教育が維持できない。さらにこれはアダム・スミスが『国富論』の中で言ったことだけど、国家が独立するうえで必要な軍事が維持できない。アダム・スミスの時代は、今と同じで、軍事的な意味での国家間の競争が激しかったので、強い国家を作るには、強い経済基盤・財政基盤が必要だった。そのためには経済成長し(成長という言葉をスミスは使っていませんが)、全体のパイが大きくなっていかないと、国家が使えるお金が増えないから、戦争に勝てなくなってしまう。

もう1 つの答えは、経済成長は貧しい人のために必要だということです。経済が成長しないと失業が減らないし、生活水準が改善しない。

経済成長って厳密に定義すると、賃金に対して相対的に物やサービスの値段が下がることですよね。これもスミスが言っていることですが、物質的な意味で「豊かになる」とは、1 人1 人が利用できる財やサービスの量が増えることです。これには2 つの条件があって、1 つは、実質賃金が増える。もう1つは、物やサービスの相対的な値段が下がる。賃金が倍になっても、物価が倍になったら、豊かにならない。ではどうすれば物の値段が下がるのか。スミスが出した答えは労働生産性の上昇です。有名なピン工場の例ではないですが、分業が発達することで労働者1 人あたりの生産量が増えれば、ピンの値段は下がる。安く作れるようになればたくさん売れて利潤も増えますから、最終的には賃金も上がる。そういうメカニズムで成長が起こり、失業が改善していく。今のところ、これが経済学者のコンセンサスです。

大きく言えば、僕もその通りだと思う。経済成長がないと社会保障も安全保障も維持できないし、失業の改善もない。日本の場合、資源輸入の対価として一定の輸出が必要で、そのためにも製造業の生産性上昇は不可欠です。この理屈をひっくり返すのは難しいですよ。



経済はどのようにして成長するのか


柴山 ただ、どうすれば生産性の上昇が起きるのかについて、経済学がはっきりした答えを持っている訳ではない。新自由主義者は、競争によって経済全体の生産性が上がると考えるけど、あまりに単純だと思います。規制緩和して競争が起きれば、個別企業の生産性は上がるかもしれないけど、社会全体の生産性が上がるとは限らない。この点が、経済成長を考えるうえで決定的に重要だと思います。

経済成長論って、学説史の観点から見ると新しい分野なんですよ。こう言うと、アダム・スミスの時代からあったじゃないかと反論されるんだけど、スミスは成長が永遠に続くとは考えていなかった。古典派経済学者は、経済成長はある程度まで行くと定常化する、と考えていました。スミスは、国家や経済の発展には、成長期、停滞期(stationary state)、衰退期の3 段階があるとはっきり言っています。人口や市場の大きさ、資源量、生産性の上昇には上限があるから、経済成長はある段階で止まる。20 世紀の、シュンペーターやケインズも、資本主義というのは長期的にはstationary state に入るんだと考えていました。マルクスの言う共産主義社会も、ある種の定常状態をイメージしていたと思います。

経済はやり方次第で永遠に発展できるという考え方は、本当に最近になって出てきたものなんです。具体的に言えば、20 世紀後半のアメリカです。それでも、初期の経済成長論は、まだ古典派の影を引きずっていた。1960 年代に経済学者のソローらによって定式化されたモデルだと、資本と労働力は無限に投入できないので、成長はどこかの段階で定常化するという話だった。でも、1980 年代から内生的成長論が出てきて、経済は技術進歩によって、ある意味では無限に進歩できるんだ、という話になった。特に強調されるのは、知識の役割ですね。知識の蓄積によって技術進歩やイノヴェーションが継続的に起これば、経済は持続的に成長するとなった。それが今の成長論の主流です。

しかし、どうすれば技術進歩が継続的に起こるのかは、まだほとんどわかっていない。統計的には、TFP(全要素生産性、労働と資本の増分では説明できない技術進歩を表す数値)の寄与が大きいんだけど、どうすればTFP が上昇するかはまだわかっていません。わかっていれば、人類の経済問題はほぼ解決ですよね(笑)。

経済成長が必要だということを認めたとしても、ではどうすれば成長するのかということはわかっていない。少なくとも、規制緩和とグローバル化で経済が成長する、というほど単純ではないのは確かです。たとえば、「規制緩和すれば成長する」という意見がありますね。小泉元首相が「改革なくして成長なし」と言ったように、できる限り民営化して規制緩和を進めることが経済成長につながるという考え方はいまも根強い。でも規制と成長の関係はそんなに単純じゃないですよ。たとえば1960 年代の日本は、規制だらけだったけど成長したじゃないですか。韓国の経済学者ハジュン・チャンも言っていますが、規制と成長の関係は、まだ全然実証的に明らかじゃないんです。

それから、今の先進国が置かれている歴史の流れを見る必要があります。長い目で見ると、先進国はどんどん成長スピードが落ちていますね。戦後の高度成長から、オイルショック後の安定成長、そして低成長へと、日本だけでなく、どの国でも成長率は鈍化する傾向にある。具体的な数字を示せば、たとえばアメリカの平均成長率は、1960 年代には5.1%、70 年代には3.2%、80 年代には2.7%。90 年代に3.2%にちょっと上がるけど、2000 年代は1.2%に下がる。日本だと、1960 年代に13.9%。70 年代は5.0%、80 年代は4%。90 年代が0.5%。2000 年代が0.4%。こうして見ると、60 年代のいわゆる「資本主義の黄金時代」と比べると、現在は明らかに成長スピードが落ちている。もちろん、日本が先進国の中で別格に90 年代以降の落ち込みがひどいということは言えます。少なくともリーマン・ショック前までは、日本よりアメリカのほうがパフォーマンスが良かった。その理由はこれまで、アメリカの方が自由化が進んでいるからだと言われていた。しかしリーマン・ショック後は、アメリカも日本同様デフレに入りつつある。巨大なバブル崩壊の後遺症にこれからも苦しむのは間違いなくて、かつての日本と同じ状態に嵌はまっています。日本とアメリカの成長率の違いは自由化の程度の違いではなく、ただ単に、アメリカは最近までバブルだった、というだけに過ぎなかったんです。この事実を踏まえて、「どうすれば成長するのか」を考え直さないといけないと思います。僕の考えでは、成長率が低下していく歴史的な趨勢の下で、それでもサプライサイドを強化するという形で規制緩和を進めるのは、社会に相当な無理がかかる。経済社会の土台となる、もっと大切な部分を壊してしまうのではないか、と思うんです。

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芸術と批評のパブリッシャー。編集=櫻井拓。

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