小指で踊るワルツ

異国の地でのその集まりの中で、次第にその二人と共にいるようになったのはどうしてだったか、もう覚えていない。人びとが入り乱れ、さまざまな人がさまざま場を変え話を変え、何杯も何杯もビールを酌み交わして、次第に隣り合って最後まで一緒にいたのが彼らだった。 

Yは、薄い色の金の髪が長くゆらめいていて、その国のひとよろしく、メタルが好きで、古びた革のジャケットとブーツを身につけていた。この会の主催で、言葉数は少ないながらも包容力があり、ひとりひとりの話にじっと耳を傾けて、話していると不思議と落ち着いた気分になれた。

Kはアジア系アメリカ人の留学生で、明るくユーモアが達者な話し上手で、人と関わるのが上手だった。歳も近く、同じアジア系ということもあって、気が合って、軽口を叩き合ったりして話すのが楽しかった。


トイレから出てきたKが、洗面所で手を洗いながら鏡を見ていた私とぶつかった。
おっとごめん、と言った彼と目が合った。
二、三秒ののちに、私たちは熱く抱き合って口付けを交わしていた。もっと、もっと、と求めあうようにそうしていると、扉が開く音がして、ぱっと体を離した。二人でそこを出て、笑い合った。

Yと隣り合って話し合っているうちに、膝が付くほど距離が近くなった。金色の睫毛が目元に影を作って美しかった。ずっと彼の目を見つめていたのだとわかった。
「そろそろお開きにしようか」
「もうすこし、話していたいわ」
「……うちに来る?」
黙って頷くと、場はほどなくして解散になった。
彼は「こっちだ」と私の手を引いて歩いた。大股の彼の歩く速度に合わせるのに速足で、ほとんどジャンプするように歩道を歩いた。

トラムに乗って、アパートに着くと、部屋に招き入れてくれた。ワインを私に注いで、何か聴きたい?と訊かれたので、シガーロスが聴きたいと答えた。
「Sigur Ros presents Liminal Sleepなんてのがあるよ。これにしよう」
「いいわね、よく眠れそう」と笑って、PCに向かう彼の髪に触れた。
「きれい」と呟くと、
「おれにはあなたのまっすぐでつやのある黒い髪のほうがきれいだと思う」と返された。
近づいてくる。あたたかくて、抱きしめられているとわかる。手を引かれ、寝室に誘われる。
下の毛も金色で、本当に美しい生き物、と思う。
「服を脱ぐと痩せてるんだな」
「どういう意味?」
「着込んでいたからわからなかったんだ、その……そんなに綺麗な身体をしているなんて知らなかった」

ベッドで煙草を吸っていると、彼がカメラを持ってきて、裸で横たわる私を写した。
「やめてよ」と笑うと、
「きれいだから残しておきたいんだ」とファインダー越しに返した。
朝が来ると、窓辺でも写真を撮った。
窓際の椅子を示され、座って、と彼が言った。
「この写真は誰にも見せることはないけれど、ずっと大切にする」
「約束よ」
じゃあね、と言うと、彼がなんとも言えない顔をした。またねとは言えないことを、ふたりともわかっていた。



用事を済ませるとKから連絡が来ていて、これから二人でご飯でも行って散歩しようというテクストに、いいよ、と返す。学食でのランチにつきあった。
街の散歩に付き合うよ、と彼が言ったので、二人で当て所なく歩き出す。とりとめなく、二人の生まれ故郷の話や、文化の話なんかをした。お腹が痛くなるくらいに笑い合った。

郷土博物館を見つけ、二人で手を繋いで入った。エレベーターの中や、人気のない暗がりに差し掛かるたびに口付けした。
「やっとこうすることができた」と彼は笑った。

「旅先でのロマンスも悪くないだろ?」
「ええ、必要なことだと思うわ」
「きっと、おれたちはもう会うことはないんだろうね」
「……ほんとうにそうなのかしら」
「聞かなくたって、わかるだろ?」
分かっていた。分かっていたが、そうは思いたくなかったのだ。
「また会いたいわ」
「運命が導いたら、また会えるさ」と彼が笑いながら、結んで上にまとめている髪を解いた。
「おれの代わりと思って、持っていて。髪を結ぶたび、おれを思い出して」

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