観察距離について
一般の方が猛禽類を近くで見ることは稀有である。生活圏が異なることもあるがヒトが彼らの生活圏に入った場合でもヒトの姿を見るや否やたちまち離れた地点に飛んで移動してしまうことがほとんどである。
イヌワシやクマタカを観察する際の距離については様々な意見がある。もともと、動物は人間を恐れているので野生動物を観察すること自体彼らに何かしらの良くない影響は与えていることは自明である。その意味では距離だけを取り出して評価することはさほどの意味は持たようにも思える。ただ、観察していると猛禽類はヒトが近づくことを極端に嫌がっていると感じることが多い。例えばいつも良く滞在する場所に観察者でもなくカメラマンでもないが登山者がいる際には近づかず、登山者が下山してからその場所に飛んで行くことなどは良く観察される。たとえ専門家と言われる生態観察者や研究者が観察していても影響を与えているのは確実である。それではカメラマンはどうであるか?
猛禽類を含めて野鳥撮影されるアマチュアカメラマンの方々の数は相当に多いと感じる。彼らも専門家と言われる者と同様に猛禽類の生息地でカメラを構えていて大きく異なるのは専門家の双眼鏡と異なりカメラと三脚をセットしてしいることくらいである。また全国で行われている環境影響調査、いわゆるアセスメント調査では望遠鏡やビデオカメラを三脚にセットして調査されているがこれはカメラマンがされていることとほぼ同じである。そのような現状においてカメラマンへの批判は多い。確かに多数のカメラマンが一斉に営巣地の近くにカメラの砲列を並べており猛禽類が気にして巣へ戻る飛行コースを変更したり、あるいは営巣地直下で長時間に渡り撮影していたために親鳥が巣に戻れずヒナが凍死したと思われる事例や撮影中に大きな会話を交わすことにより谷間で声が響いて巣内で抱卵している親鳥が首を伸ばして不安な素ぶりを示すなどさまざまな実害があるのも事実である。その他、カメラマンによる影響の噂話は数多くあり一般に印象は芳しくないのが現状だと思われる。フェアではないので敢えて気しておくがアセス調査に関しても芳しくない話は多い。例えば猛禽類のよく利用する移動コース上で観察したり、営巣期に踏査と称して営巣の有無を確認する、あるいは巣内の状況を観察するために巣にカメラやビデオカメラを設置する、調査しやすいように周囲の木々を伐採するなどがある。さらに専門家と言われる研究家もほぼ同様のことを実施している。例えば個体を捕獲して大型の発信器を装着したり、巣内にカメラを設置したりと印象的にはカメラマンによる影響よりも大きなダメージを与えてしまっているのではないかと思われる例もある。
どうすれば良いのか? 林道開発やダム設置など今まで開発行為が猛禽類へどのように影響を及ぼすのかを検討する際にも開発場所と猛禽類の生息地、特に営巣地との距離が問題になってきている。私が関わってきた数多くの事例でも開発が与える影響はその距離がどれくらい離れているかによって評価されてきた。専門家と言われる私を含む方々は科学的に明確な根拠がないまま、自分の経験をもとに意見を述べてきたのが実情であると思われる。というのは、生物である猛禽類は個体差が大きく、ある個体はヒトを極端に避けるが、好奇心が強いのか観察しているヒトを見に近づいてくる個体もいる。また営巣しているペアについてもペアごとに感受性が大きく異なり、すぐ近くで道路工事をしていても問題なく育雛して巣立ちさせているペアもいればヒトから見えないあるいは近づけない山奥にしか営巣しないペアもいる。
しかしながら猛禽類の人への感受性をたとえこの2種類に分類したとしても具体的に影響を与えずに彼らを観察したり写真撮影出来る距離を明確に示すことは困難である。欧米の著名なイヌワシの研究者は営巣期には1km程度離れることが必要と述べている例もあれば500mでも問題ないとする専門家もいる。結局、正確な安心距離は一律に示すことができないのが現実であることをまずは認識しておくことが必要だと思う。
イヌワシの観察者の間でも意見は異なり具体的な距離を示すことができていない。そのため、観察者間で他の観察者の観察距離が近すぎるとの意見が出されるともある。それぞれの観察者が今までの自分の観察経験からこのくらいなら大丈夫であると推察しているのが現状であり、さらに猛禽類の個体差を考えると自身が見ていたペアでの経験から距離を当てはめるくらいしか対応できていないのが現状である。
猛禽類に大きな悪影響を与えずに安心して観察・調査・研究あるいは写真撮影が出来る距離はどうすれば知ることが出来るのか?
それは細かく観察してペアごとの特性を把握することが重要である。具体的には移動コースや止まり場所が変化など猛禽類の行動の変化やこちらを気にする様子の有無などをきちんと観察ししているのかなどを確認していくことがポイントである。例えばイヌワシの営巣地近くで観察して時に普通であればゆったりと滑空しながら巣に出入りするのに鋭角に出入りしたり急降下で巣に出入りしていればイヌワシはヒトを嫌っていることが示唆される。その上で、知り合い観察者や研究者と意見交換しながら自分で判断していくのが具体的な方向であると思われる。
それと一番大切なことはそれぞれの立場で失敗した事例を公にして積み重ねてそこからふただび同様の失敗を起こさないように知恵を共有していくことであると確信している。
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