あべせんせいと、こどもたち③

〇検察庁法改正の話

「さいきんのよのなかでは、おじいさん、おばあさんになっても、まだまだげんきなひとがたくさんいます。なので、せんせいは『ほうりつ』をあたらしくして、『こうむいん』のひとたちが、もうすこしながくはたらけるようにしたいとおもっています。たしか、おとちゃんのおじいさんは、こうむいんじゃなかったかな?」
 あべせんせいが、まんめんのえみをうかべていいました。
 おとちゃんはこたえます。
「うん、そうだよ! まだまだげんきだから、もっとはたらけるとおもうなぁ」
「そういうひとたちに、もっともっとがんばってもらおうとせんせいはおもっているんだよ」
「えぇー、でも、おじいちゃんになったら、もっとゆっくりとくらせるとおもってたんだけどなぁ」
 しょうくんは、ちょっとばかりふまんそうでした。せんせいはわらっています。
 りっくんは、かなりきびしいかおをして、あべせんせいにききました。
「でも、となりのせんせいがいっていたけど、せんせいは『けんさつかん』というひとたちの『ていねん』も、いっしょにのばしてしまおうとしてるんでしょ? しかも、いままではかってにのばしたらいけなかったのに、それをせんせいがきめて、のばすことができるようになるんだって。そんなことをしたらいけないんじゃないの?」
 せんせいは、こまったかおをしていましたが、しゃべりだすまえに、おとちゃんがくちをひらきました。
「どうしていけないの? せんせいはえらいんだから、べつにきめてもいいじゃない」
 りっくんは、あいかわらずさめたようなひょうじょうです。めんどくさそうに、くちをひらきました。
「あのね、もしせんせいがわるいことをしたときには、その『けんさつかん』というひとが、せんせいを『うったえる』かどうかきめることができるらしいんだよ。だから、そのひととせんせいは、もともとあんまりなかよくしちゃいけないんだ。それなのに、もしそのひとをながくはたらかせるかどうか、せんせいがきめられることになっちゃったら、『おきにいり』のひとは、ながくはたらかせて、『きらい』なひとは、そのままやめさせることだってできるようになっちゃうわけじゃん。それはよくないでしょ」
 おとちゃんは、すこしおこったようにいいます。
「せんせいが、わるいことなんかするわけないでしょ! ヘンなこといわないでよ」
 しょうくんも、かせいしました。
「そうだよ、せんせい、このあいだおやつのチョコを1こよけいに、ぼくにくれたもん」
 せんせいは、すこしまんぞくそうです。やさしげなひょうじょうをうかべて、りっくんにいいました。
「もちろん、りっくんのいうこともわかるよ。でもね、せんせいをしんじてほしいんだ。そういうわがままかってなはんだんは、せんせいはぜったいにしないよ」
 りっくんは、まだぶぜんとしたままです。
「でも、いまの『くろかわ』っていうひとは、ほんとうは2がつでやめるはずだったのに、わざわざのばしたんでしょ? それは、せんせいの『かってなはんだん』なんじゃないの?」
 せんせいは、すこしこまったようなかおをしています。
 おとちゃんが、ききました。
「『くろかわ』って、だれ?」
「『くろすけ』だったらしってるよ! まっくろなやつ!」
 しょうくんは、あくまでもむじゃきです。
 せんせいは、こたえます。
「うーんと、そのひとは、いまの『けんじちょう』のひとだよ。とてもゆうしゅうだから、ほかにかわりをできるひとがいないんだ。だから、むりをいって、もうすこしはたらいてねって、たのんだんだよ」
「それなら、しかたがないじゃん」
と、おとちゃんは、すぐになっとくしてしまいました。
 でもまだ、りっくんはぜんぜんなっとくしません。
「いや、それはちがうんだってさ。もともと、『けんさつ』というところには、りっぱなひとがたくさんいるから、そのひとにしかできないしごとは、あんまりないんだって。もしやめちゃっても、ほかのひとがかわりをできるようになっているんだって。それなのに、わざわざそのひとにこだわったのは、そのひとがじぶんを『うったえない』って、わかってるからじゃないの? せんせい」
 せんせいは、いよいよギクリとしたようです。でも、しょうくんのひとことで、すくわれました。
「ねぇ、『うったえる』って、どういういみなの?」
 りっくんはじゃっかんまゆをひそめましたが、すぐにせつめいしてくれました。
「それはね、わるいことをしたひとに『ばつ』をあたえてくださいって、おねがいをすることだよ。『けんさつ』というのは、せんせいみたいなひとに、その『うったえ』を、ちょくせつおこすことができるんだって」
 しょうくんは、ちょっとおびえたようなかおをしていいます。
「あ、じゃあ、ぼくがこないだりっくんのおやつをつまみぐいしたことも、うったえられちゃうのかな?」
「そんなことはしないよ」
 りっくんはちょっとあきれたようなえみをうかべていいました。なんだかんだ、かれはしょうくんのことがすきなのです。
 せんせいは、すこしまじめなかおをして、いいました。
「あのね、もしせんせいがなにか『わるいこと』をしたのなら、そのときはもちろん、その『けんさつ』がわたしをうったえることになるよ。そして、それをわたしはうけいれなくちゃならない。それは『ほうちこっか』としてあたりまえのことだからね。つまりは、『ほうりつ』にしたがって、おさめられている、ということだよ。そして、その『けんさつ』を『こんとろーる』することなんて、せんせいでも、とてもできはしないんだよ」
 おとちゃんは、ちょっとあんしんしたようにいいます。
「ほーら、だいじょうぶじゃん! そもそも、せんせいがなにかわるいことでもしたっていうの?」
 りっくんはもっときびしいかおになって、いいました。
「このあいだはなしたじゃんか。『おはなみ』のはなし。やっぱり、あのことになっとくしていないおとなたちがけっこういるらしくて、『うったえ』をおこしたんだってさ。それで、じっさいにせんせいをうったえるかどうかは、その『けんさつ』がきめるんだよ」
「え、せんせい、つかまっちゃうの? そんなのイヤだ!」
 おとちゃんは、なきそうになりながらいいました。
「もしつかまったら、おやつをもっていってあげる」
と、しょうくんはまとがはずれたことをいっています。
 せんせいは、ちょっとこまったかおでいいました。
「うん、そのことはじじつだけど、せんせいをしんじてほしい。だって、なにひとつわたしは、わるいことはしていないんだから」
「せんせい、『くろかわ』がいるからって、あんしんしてるんじゃないの?」
 そのしゅんかん、せんせいのめにきらりと、するどいひかりがうかび、りっくんのめをとらえましたが、それはすぐにきえてしまいました。そして、いつものようにおだやかにいいました。
「いやいや、そんなわけはないよ。そもそも、べつにせんせいとそのひとは、なかがいいわけでもないんだ。さいごにきめるのは、その『けんさつ』のひとたちだよ」
 りっくんは、まだふまんそうです。
「でも、じゃあ、どうしてせんせいは、その『けんさつかん』のひとたちをやめさせるかどうか、わざわざじぶんできめようとしてるの? いままでは、そんなことはきめられなかったのに」
 せんせいは、すこしかんがえこんでから、いいました。
「それはね、すこしむずかしいはなしになるんだけど、この幼稚園は、『こくみん』からの『しんよう』をうけてなりたっているからだよ。つまりは、みんなのおとうさん、おかあさんとか、ほかのおとなのひとたちから『おまかせ』をされているってことさ。だから、この幼稚園が、『けんさつ』をあるていどは『こんとろーる』できるようにしておくってことは、だいじなことなんだよ」
 すぐさまりっくんは、はんろんします。
「でもさっき、せんせいは『こんとろーる』することなんて、せんせいでもできないっていってたじゃん。おかしくない?」
 せんせいは、ちょっとあわてましたが、すぐにこたえました。
「いやいや、それは、その『じけん』のなかみとか、そういうことは、こんとろーるできないっていっただけだよ。でも、どんなふうにはたらくかとか、そういうことは、わたしたちがあるていどちょうせつできるようにしておかないと……」
「どうなるの?」
「それは……、その『けんさつ』が『ぼうそう』したりだとか、そういうこともないとはいえないからね」
「じゃあ、いままでにそういう『ぼうそう』をしたことがあるわけ?」
「えーとそれは……、まぁ、どうだろうねぇ……」
「いままでうまくやっていたのに、それをわざわざかえるのは、おれにはよくわからないんだけどなぁ」
 せんせいはいよいよこまってしまいました。りっくんはそこに、おいうちをかけます。
「やっぱりせんせいは、じぶんがつかまりたくないだけなんだ。だから、おきにいりのひとを、そのままはたらかせておきたいんでしょ?」
「いやいや、りっくんは、なにかかんちがいをしているようだけど、この『ほうりつ』は、2ねんごから『ゆうこう』になるんだよ。だから、いまのくろかわさんとは、なんのかんけいもないのさ」
「ほら、せんせいはわるくないっていってるじゃんか」
 おとちゃんが、ひさしぶりにくちをひらきました。しょうくんは、おひるねたいむにとつにゅうしてしまったようです。
「いや、それは、じぶんたちがかってにきめたことを、わざわざ『ほうりつ』をあとからかえて、『ただしい』ことだったっていうふうにみせかけようとしているって、となりのせんせいは、いっていたよ。それって、あとだしジャンケンみたいなことじゃないかな?」
 せんせいのめには、ふたたびさっきのひかりがうかびはじめました。
「ちょっと、となりのせんせいはかんちがいをしているようだね。そんなことは、まったくあたらないよ」
「じゃあさ、どういうときに、その『けんさつかん』をながくはたらかせるってきめるつもりなの?」
 せんせいは、いよいよこまったようなかおをしています。さっきのひかりは、またきえてしまいました。
「それは、この『ほうりつ』がとおったあとに、きちんとかんがえるよ。ほら、しょうくんもねちゃったから、きみたちもねなさい。おひるねのじかんだよ」
 そういいのこして、せんせいはきょうしつをさっていきました。

 でも、りっくんのこころのなかには、まだモヤモヤが、ずっとのこってしまいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?