男嫌いの巫女さんに向き合ってみました。
今年のはじめに行った初詣。
朝の眠たい時間に目を擦りながらお参りの列に並んでいる時、ふと横を見た瞬間に衝撃が走る。
境内で仕事をしていた巫女さんがとても可愛らしくて、俗に言う一目惚れってやつなんだと思う。
可愛らしくて、綺麗で。
「○○、前進んだよ。」
長髪の友達に言われるまで巫女さんに見とれていたみたい。
前に進む直前、巫女さんと目が合ったけどすぐ逸らされてしまった。
年の初めに少し気落ちしつつも願い事をする。
本当は1年間無事に過ごせた事を報告するらしいけど、今だけは。
「巫女さんと仲良くしたいです。」
初詣が終わって横にはけたあと、友達から声をかけられた。
「お前、声に出てたぞ。」
少し笑いながら言われたせいで恥ずかしさも倍増する。
「は、早く帰ろ......!」
「はいはい。」
それから数ヶ月が経ち、なんの音沙汰も無いまま時が流れた。
そして学校へ行くためにバスを待っている。
時間になり、バスに乗ると再び衝撃が走る。
バスの後方に前見た巫女さんがいた。
「お客さん?」
見とれていると運転手さんに声をかけられた。
「す、すいません......!」
ICカードをかざして、バスの後方へと歩いていく。
思わず見てしまう整った顔。
発光してるんじゃないかってくらいの肌。
1度だけ目が合ったけど、すぐ逸らされてしまった。
見てるだけで救われる。頑張ろうって思える。
そんな不思議なバスの中での一方的な関係が1ヶ月ほど続いた頃。
バスに乗りこんでいつものようにチラッと見ていると巫女さんから声をかけられた。
「気持ち悪いからこっち見ないで。男は嫌いなの。」
他の人には聞こえないくらいの声でメンタルをぐちゃぐちゃに握りつぶされる。
冷静になると、やっていたことは気持ち悪いし非があるのはこっちのほう。
女学院前のバス停に着くとそそくさと巫女さんは降りていった。
「はぁ.......」
「どうしたんだよ。」
机につっぷしていると、友達から声をかけられた。
「いやそれが......」
先程の出来事を説明すると、友達は笑っていた。
「それはお前も悪い。男嫌いなら諦めろよ。」
そう言い残して友達は他の賑わいへと消えていった。
次の日、何だか申し訳なくなってバスを1本遅らせた。
ICカードをかざして後方を見ると、巫女さんがいる。
向こうはこちらを見ることも無く、そのままいつものバス停で降りていった。
その次の日、今度は1本早めてみたけど巫女さんは乗っていた。
それから1ヶ月、試行錯誤をして何とか違うバスに乗ろうとしても同じバスに巫女さんは乗っていてもはや運命だと思った。
ラッキーだと思っては巫女さんに申し訳ないが、それだけで部活への活力になっているのは間違いない。
いつも通り授業を終えて、部活へと向かう。
礼をしてから武道場に入ると顧問の先生が既に待ち構えていた。
「こんにちわ!」
「早く準備しなさいね、着替えてらっしゃい。」
更衣室には既に3人いて、その長い髪の毛を括っていた。
「おっす。」
「そろそろ大会だから頑張ろうな。」
「俺たち布高なら全国制覇出来る!」
「そうだな!」
他の3人は男には珍しいほど髪が長いし実力もそれに比例してか分からないけど充分。
対して僕は髪も短いし実力もない。
運だけで勝っているような、そんな感じ。
僕は着替えて気持ちを引きしめ、稽古へと参加していった。
・・・
終わる頃には日も傾いていて、バスを待っている時も寝ないように耐えていた。
大会が近いので素振りがしたいと先生に頼み、持ち帰った竹刀のおかげで寝やすい体制が取れてしまう。
何とか部員達に起こされ、その場では何とかなったがバス通学の人は他にいない。
改めてバスが来るまで待ってくれた部員に感謝しつつバスに乗り込む。
乗り込んでからも眠気が凄く、とうとう僕は意識を手放して夢の中へと発進ししてしまった。
「次は 一川神社前」
「んぅ......」
バキバキの体を起こし、耳を傾けると目的の駅を通り過ぎていることに気づいた。
「やばっ、降りなきゃ。」
止まります、のボタンを押して次の一川神社で下車した。
「やめて......!離して!」
女性の声が神社の中から聞こえて思わず竹刀だけを持ち、荷物を置いて声の方向へ走り出した。
「離して......!」
「なぁ、ちょっと遊んでくれって言ってるだけだろ?」
男が2人に対して、女性が1人。
「え......!」
女性側はなんとあの男嫌いの巫女さんで、大きい声を出してしまったので男たちに目をつけられる。
「なんだなんだ?そんな物騒なもん持ってよ」
「その巫女さん、嫌がってますよ。離してあげてくださいよ。」
「あなた......あの時の......」
「ちょっと遊んでくれって言ってるだけなんだよ、ほら部外者は帰んな。」
男たちは鼻で笑っている。
そして1人がこちらに殴りかかってきた。
「帰れよ!」
「ってぇ......」
はじめて人に顔を殴られるというのは痛い。
口の中からは血の味がするし、頬も切れただろう。
「これで正当防衛ですからね......!」
危ない使い方はしないという約束で顧問から竹刀持ち出しの許可を得たが、この際そんなことはどうでもいい。
巫女さんを助けられればなんだって良かった。
「ふっ!」
竹刀は男の胴にクリーンヒットし、かなり痛がっている。
たまたまいいとこに当たってとても痛そうな男を心配して、もう1人の男は巫女さんの手を離した。
「おい、大丈夫か?!」
「くっ......」
「お、覚えてやがれ!」
明らかに弱い言葉を言い残し、男たちは逃げていった。
「じゃあ、僕もこの辺で。ごめんなさいね。」
あまり視界に入られるのも嫌だろうから、とっとと帰るのがマナーだろう。
「待って......!」
意外にも巫女さんから呼び止められた。
「なんです?」
「なんで助けてくれたの......?」
「うーん......運命を感じたから......ですかね?」
「その......ごめんなさい......」
何もしてないのに振られた気持ちになる。
「い、いや......突然こんなこと言われたらそうなりますよね......」
「違くて......突然あんなこと言ってしまって申し訳ないと思っていたの」
男嫌いならあんなこと言ってしまっても仕方ないと思う。
意外と繊細なところもあるんだな。
「気にしてませんし、むしろ話したくないかと思ってましたよ。」
「最初はほんとに気持ち悪かった。けど、時間をずらしてもずらしてもあなたがいるから......」
「あなたも私に気を使って時間をずらしてくれてたんでしょ?」
「まぁ......」
意外にもバレてたみたいでちょっと恥ずかしい。
「さっきも助けてくれたし......怪我の手当てくらいさせて。」
巫女さんはそう言って僕を奥の方へと連れていった。
移動中、恐る恐る巫女さんに話しかけてみる。
「巫女さん、名前なんて言うんですか?」
「一ノ瀬美空、あなたは?」
「ぼ、僕ですか?」
「ふふっ、あなた以外に誰がいるのよ。」
初めて見せてくれた笑顔、心がキュッと締め付けられる。
「ちょっと、聞いてるの?」
「は、はい!石原○○です!」
「じゃあ、○○ね。」
そう言われた瞬間、顔が暑くなっていくのがわかる。
いきなりだと思ったが、男と関わりがなければこんなこと気にしないのも納得。
こっちも負けないように少し背伸びしてみる。
「僕も美空さんって呼びますね。」
「○○は何年生なの?」
「2年生です。」
「同い年だから敬語やめてね。」
「は......うん!」
本当に男嫌いなのか分からなくなって来た。
少しサバサバしているけど、僕に対して酷い対応もしてこない。
そんなことを考えているうちに、神社の奥の方にある美空の家に着いた。
「ちょっと待ってて、すぐ取ってくるから。」
美空は救急箱を取りに2階へ行ってしまう。
女子の家、ましてや好きな人の家など入ったことないので心臓の鼓動が鳴り止まない。
殴られてある意味ラッキーだった。
「顔こっち向けて、染みるよ。」
戻ってきた美空の指示通りそっちを向く。
向いたら可愛らしい顔が近くにあって、少し目をそらす為に顔を動かしてしまった。
「こら、男なんだから耐えなさい。」
可愛すぎるからだよ、そう言いかけて言葉を飲んだ。
「○○の肌、冷たいね」
「そう?美空があったかいんじゃない?」
「そうなのかな。」
消毒してもらった後、美空はまだ仕事があるみたいでそのまま業務に戻ろうとしていた。
「その......嫌いだったら構わないんだけど......」
「なに?」
「バスとかで話しかけてもいい......?」
ここでハッキリしてさせた方が美空のためにもなる。
「男は嫌いだけど、○○は違うって分かったから。」
「美空......」
「話しかけてもいいよ、それにお礼もしたい。」
少しだけ、なんとなくいつもと違う感じ。
男に対する怖さを感じているのかもしれない。
「無理してない?」
「無理なんか......」
目線を斜め下に逸らし、俯く美空。
恐らく、家の下駄箱に小さいサイズの靴しか無かった事からなんとなく男嫌いの理由が伺えた。
「美空、紙とペン借りるね。」
急いで自分のメッセージアプリのIDを書き残し、渡した。
「仲良くしてもいいと思うなら連絡してくれたら嬉しいな。」
「......分かった。」
そう言い、美空は巫女さんの業務へと戻って行った。
「やばっ!荷物置きっぱなしじゃん!」
バス停付近に置き忘れた荷物を急いで拾い、竹刀と一緒に家へと帰る。
後は美空の問題。
連絡が来ることを願って帰路へと歩みを進めた。
その晩、風呂上がりにスマホを確認すると1つの通知が来ていた。
みくがあなたを友達追加しました。
この文字を見るだけでとても嬉しくなる。
余韻に浸っているとすぐに連絡が来た。
「○○ははじめて仲良くしたいと思った男の子なんだけど」
「面と向かうのはまだ苦しいかも、強がっちゃってごめんね。」
やっぱり強がってた。
美空のためにも頑張らないと、そう意気込んで返信を返した。
横になっていると今日の濃かった思い出が頭に浮かぶ。
改めてあの巫女さんとこんな事になるとは。
運が良いというほかない気がする。
意識を手放そうかという寸前で、もう一度スマホが震えた。
「今日のことが頭から離れないの、少し電話してもいい?」
既読を付けるとすぐに電話がかかって来た。
「もしもし。」
「もしもし、電話なら大丈夫なの?」
「うん、顔見なければ......」
心配も杞憂に終わったみたいでよかった。
少し暗い雰囲気をどうにかしようとして、ちょっとだけいじわるしてみる。
「怖かったから電話してくるって意外と乙女なんだね。」
「ち、ちがうから......!」
そこからは雰囲気も打ち解けて、自分の話、美空の話。
お互い、家族の話はしなかった。
なんとなく踏み込めなかったし、向こうもそうだろう。
「今日のこと、お礼がしたい。」
少しの静寂の後、美空が口を開いた。
口調からも優しさが伝わる。
「別に、当然のことだよ。」
「でも怪我もしてるし......」
少しだけ思い切って、断られる覚悟で。
頑張るために聞いてみた。
「じゃあ再来週の剣道の大会、見に来てくれないかな?」
「いいよ、他の男なんかに負けないでね?」
「分かったよ、頑張るから見ててね。」
そんなやり取りをしている間に、日付を跨ぐくらいの時間に差し掛かる。
「そろそろ寝よっか、美空大丈夫?」
「うん、今日はありがとう。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
そこから1週間とちょっと。
バスの中では会釈、夜は電話でお話。
少しでも美空に安心を与えたくて、自分の持てる最大限で部活も頑張った。
そして、大会前日の帰り道。
祈願をしに一川神社へと僕は足を運ばせていた。
手水舎で体と心を清めた後、お賽銭を投げて祈願をする。
二礼、二拍手、一礼。
美空の不安が消えますように。
剣道は自分のこれまでやってきたものを信じるだけだ。
そうは言っても心配なのでお守りを買いに行くとそこには美空がいた。
「今朝ぶりだね。」
後ろに置いてあるアンスリウムの花に気を取られていると、美空が口を開く。
「ま、○○......なんか買いに来たの?」
「お守り買おうかなって、一応ね。」
何だか美空がよそよそしい気がする。
確かに面と向かって話すのは久しぶりだけど、いくらなんでも目が合わない。
「美空。なんかあった?」
いつも電話で話しているけど、まだ男に慣れていないのか。
「実は......」
そう言って1度裏へと戻って行った。
頭にはてなをうかべていると美空がすぐに戻ってきた。
「こ、これあげるから.......絶対勝ってよね......」
赤い生地に必勝祈願と綺麗に縫われたお守りを美空が手渡してくる。
「これ......いいの?」
「明日の試合前に渡そうと思ってたんだけど......」
そういう美空の顔はほんのり赤くて、とても可愛らしい。
指には絆創膏も貼ってある。
「美空、ありがとう。」
感謝の気持ちを伝えた後、僕の覚悟も決まった。
「美空、明日の試合が終わるまでこれ持っててくれない?」
「これは......指輪?」
「うん、両親が最後にくれた宝物なんだ。」
僕が美空に預けたのは大翡翠が埋め込まれている指輪。
両親が交通事故で無くなる直前に、僕に向けて買ってきてくれた唯一の宝物。
剣道ではアクセサリーは付けられないから、いつもならカバンに閉まっておいたりするけど。
なんとなく美空に持っていて欲しかった。
「最後ってことは......」
「うん、そういうこと。」
「そんな大切なもの......いいの......?」
「美空に持ってて欲しい。」
「わかった......。」
僕の決意は美空に伝わったみたいで、美空も覚悟を決めた顔をしていた。
「明日、頑張ってね。負けたらもう口聞かないんだから!」
「分かったよ、じゃあね。」
そう言い、神社を後にして家へと帰った。
いつもならあの指輪が無いと落ち着かないが、今だけは安心すら覚える。
そして迎えた全国高等剣道選抜大会当日。
僕達は団体戦で決勝まで残っていた。
試合前に美空から貰ったお守りを見て、心を落ち着かせてることが出来た。
僕は中堅で今のところは先鋒、次鋒、中堅で三勝して勝利を手にしている。
ちらっと美空のいる席の方を見ると友達と一緒に見に来ていたみたいで友達達は1人を覗いて顔の良い長髪の部員達にうっとりしていた。
美空とは何度か目が合うけど、その度にカッと睨まれて喝をいれられる。
決勝戦が始まると、全ての目線がこの場所に集まった。
計り知れないプレッシャーの中、先鋒が相手の面に竹刀を当てて1本先取する。
続けてもう1回面に当てて先鋒対決を制した。
次鋒も続けて対決を制し、僕の勝利が団体戦の勝利となる。
とてもプレッシャーがかかる。
面越しに美空の方を見ると、ぎゅっと手を前で握り心配そうにこちらを見つめていた。
美空を不安にさせては行けない。
そんな思いで各所に礼をし試合をはじめる。
積極的に責め、相手から銅を突き1本を先取した。
相手も負けじと責めてくるがそれを何とかいなし、攻撃への活路を面に見い出す。
相手が気づいても避けれない瞬間に竹刀が面に入り、旗が上がった。
声を出していたせいか、夢中になっていたせいか。
試合が終わって礼などを済ませたあと、緊張の糸が切れて少しよろけてしまった。
「大丈夫か?」
「うん、それより優勝出来て良かった。」
表彰式では美空の方を見ると視線を逸らされてしまった。
最初の頃とは違い、明らかに周りの友達には何かからかわれているし悪い気もしない。
終わってからミーティングなどを経て、打ち上げは後日となり解散になった。
「なぁ○○、打ち上げ俺らだけでもしようぜ。」
それに返事をしようとしたところで1階に降りてきていた美空がこっちを見ていた。
「今日はやめとくわ、ごめん。」
そう言った後、すぐに美空の元へ駆け出した。
「美空、今日は来てくれてありがと。お守りのおかげで頑張れたよ。」
「男が多かった......声もかけられたし大変だったんだから。」
「周りにいたのはお友達?」
「うん、もうみんな帰ったけどね。」
優勝してとても嬉しいはずなのに、実感が湧かないせいか美空に抱いている気持ちがふと頭を支配する。
「美空、不安にさせてごめんね。」
「みんないたし......指輪のおかげかな、不思議と安心できたの。」
安心させる事が出来ていたみたいで本当に良かった。
「じゃあこれ、ありがとね。」
美空は自分の右手の中指につけていた指輪を僕の左手の薬指に付けた。
「とりあえず......送っていくよ。」
歩き始めようとした所で美空に裾を掴まれた。
「美空?」
「き、今日はお休みだからご飯作りに行ってあげてもいいんだけど......」
そんな可愛らしい顔で言われて断れるわけない。
「ほんと?!じゃあ買い物して帰らないと!」
「もう......はしゃぎすぎなんだから」
僕と美空の笑顔が空に舞う。
満月はこちらを覗いていて心なしか笑っているようだった......。
fin......
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