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ドキドキさせてくる幼なじみとひと冬のきせき。(前)

久しぶりに国立競技場を訪れた。




全国高校サッカー選手権大会決勝が行われた1月8日以来私は足を運ぶ。





晴天と言っていいほどに雲ひとつない青空。





木のぬくもりに包まれたスタジアムはあの日の感動がまだ残っているようで私の心を震わせる。





当時の私はスタジアムの外見など考える余裕もなかったのでよく観察していると八割が木のようで思わず木じゃん。とつぶやいてしまった。


すると隣にいる和から声をかけられる。



「アルノの感性ってほんと独特だよね」



「和も大概でしょ?」



意味もないような話をしている間にとうとう入口に着いてしまった。



「緊張してる?」と和がニヤけた顔で聞いてくるのでそれに対し私は



「まさか、壁という壁を乗り越えた私はもはやロッククライマーだから!」



と自信満々に言い返し、光の中へと歩いていく。



そう、壁という壁を乗り越えたのだから。





























高校3年生の冬。


かなり冷たい風を浴びながら俺は学校へと歩みを進めていた。


すると横から「やぁやぁ、元気かい?」と陽気な声が聞こえてくる。



幼なじみからのいつもの挨拶。


「完璧っぽいだけなんだから、完璧ぶらない方がいいよ。」


と俺は言った。



長年の付き合いというのは一定の所まで距離を詰める事が出来るが一定のラインの超えることが出来ない。



サッカーをしている俺からしてみればオフサイドみたいなものだと思う。



俺の気持ちは相手のディフェンスラインギリギリで動き回っている、そんな感じ。



考えごとをしていると幼なじみから多少の暴言を吐かれる。



「うるさいよ、フィールドの貴公子のくせに。」


ムカつく。


こいつは俺がこの呼び方をされるのをすこぶる嫌っているのを知ってて言うんだから余計に。


今すぐにでもちっこい頭をグリグリっとしてやろうと思ったがチョップで勘弁してやると変な鳴き声をあげていた。


「女の子にチョップなんてしないでしょ普通!」


と言ってやり返して来そうだったがやり返して来ない。



たぶん、俺の心臓病を知っているから。



俺は幼少期から心臓病を患っており入院、退院を繰り返していた。



医者からは20歳を迎える頃に君の心臓は血液を送るポンプとしての役割を全う出来なくなると言われたのが3歳の時。




当時は3歳だったので事の重大さを分かっていなかったのか喪失感というものはあまり感じなかった。





その時の希望は隣の家に住んでいた唯一の友達のアルノとサッカーの試合を見ること。




少しでも練習したいと思い病室でサッカーボールを蹴ってよく怒られていた事を今でも覚えている。




しかし小学校入学を迎えた頃からどうして神様はこんなに理不尽なんだ。


なんで俺だけ。


と考え自暴自棄になったことも何度もあるがその都度アルノが助けてくれた。



そんな絶望の幼少期を支えてくれたアルノには感謝しかない。というか、好きになるなという方が難しい。



綺麗な髪の毛、くりっとした目、ひよこのような唇、同世代の男子達からはいつも人気だった。



アルノは俺といつも一緒にいてくれるので同世代の他の男子に取られることは無かったがもちろん焦りもある。



なんせ先の短い人生なのだから俺が死んだ後、アルノが他の男とくっつくことを考えるとちょっぴりナーバスな気持ちになってしまうこともしばしば。




でもアルノを縛ることは出来ないので何も言えずに18歳を迎えてしまっているのだからヘタレと言われてしまっても仕方がないんだろう。




そんなことを考えながら歩いているとアルノが自慢の困り顔で俺の顔を覗き込んで来た。


「大丈夫?」



考えをさとられないように



「いつ見てもアルノの困り顔は可愛いよね。」

と自分の照れ隠しのために言うと



「もう....○○はほんとにずるい。」

と顔を冬のせいなのか太陽のせいなのかは分からないが赤くして返してくるのだからとても可愛い。


そんなくだらない話をしながら学校にたどり着いた。







3年1組と書かれた教室に後ろの扉を開け入るとおはようと言った挨拶の声が聞こえてくる。



おはようと挨拶を返して席に座ろうとすると隣の席の和が声を掛けてきた。



「相変わらず人気者だね。」



「美人マネージャーに言われても。」



「ちょっと!からかってるでしょ!」



和はサッカー部のマネージャーをしてくれている。



いつも練習にフルで参加出来ない俺を3年間サポートしてくれる大切な存在。



もちろん、心臓病のこともサポートしてもらっている。


和にはじめて心臓病のことを話した時はあまりプレーするのにいい気持ちを持ってくれていなかった。


あの時はアルノと俺と和で結構な言い合いをしたっけ。


結果的に3人とも仲良くなれたしそれはそれで良かったのかも。




そんなことを思い出しながら一限の準備を開始する。








チャイムが鳴り響き一限がはじまる。


現代文の授業だ。


先生が物語を読み始め、それを目で追う。








いつも途中で雑談を挟んでくれるのでとてもありがたい。



「オオクニヌシの伝説ってのがあるんだよ、知ってるか?」


「オオクニヌシは再生神話ってのがあってだな.......」













先生の話はあまり入って来なかった。





あることを考えてしまったからだ。










ふとした時人間という生き物は余計な事を考える生き物で







「俺、あと2年しか生きられないのか」









と思った。









頭では分かっていても。





理解はしていても。




突如となく襲ってくる喪失感。





あぁ、俺死ぬんだなって。













また、冷たい風が吹いた気がした。














「.........○.........○○!」



つい授業中にぼーっとしてしまった。



「明日試合なんだろ、大丈夫か?」



と笑いながら先生が言う。



「大丈夫ですよ、見ててください。」

俺は笑って返した。



そう、明日は準決勝。





夢にまで見た国立の舞台。






神奈川県ということもあって他県の代表より場所のアドバンテージはある。







学校がはじまるのがはやいのに文句を言いたいけれど受験生のことを考えたら仕方ないのかもしれない。







アルノは受験、俺は選手権、俺達には俺たちの戦う場所がある。




アルノは一足先に軽音部を引退しているので心置きなく勉強に集中出来る。



いや、強いて言うなら少しは俺のことも気にしておいて欲しいなと思う。



そんな思いでアルノの方を向くとバチッと視線がぶつかる。



授業中、ましてや心臓の拍動する回数は限りがあるのにドキドキしてしまっている。



むしろ嬉しいことだ。



アルノとサッカーのことならいくら心臓が動いたっていいとすら思っている。



時間にして数秒しか目が合っていなかったはずなのに俺にはそれがとても長く感じた。






















気がつくと多くの授業は終わっていて、まぶたの裏には先程のアルノの顔が焼き付いたままだった。


















今何限が終わった?と和に聞くと


「6限だけど...頭大丈夫?」


と失礼な事を言ってきたので頭のてっぺんより少し前をぐりっと押す。


「痛いんだけど!?」


「ひゃくえだよ、リラックスしないと。」


ちょっと煽るような顔で言うと少し頬を膨らませてきた。



こういう所が同世代に人気の秘訣なんだろうな。





「てか、部活!早く行かないと!」



「たしかに、アルノー!帰りどうする?」



「学校で勉強しとくから終わるくらいに行くね。」



「わかった、ほら行こ?」



「はいはい。」













晴れていた空は少し曇っていた。



















部活は県予選を勝ち抜き、選手権の本戦でもここまで順調に勝ち上がっている。



最近は心臓の方も悪い状態ではなく、試合にも制限時間付きで出ることが出来ていた。



一部からは「ガラスの天才」だとか「フィールドの貴公子」とか呼ばれているが全く好きじゃ無い。





「○○、今日はどれくらい参加出来んの?」



真剣なまなざしを向けてくるチームメイト。



「全部参加するし試合も全部出る、明日は通過点だから。」


それに応えるように気持ちを返した。




「やっぱ貴公子は言うことが違うね~」



「お前絶対今日のボール回しで殺す。」



「ちょっ?!ごめんって!」




チームメイトとも三年目、こんなふざけあいができるのも後三日しかない。





今を精一杯噛み締めよう。















ボール回しが終わり、連携確認のためにもゲームに入る。



その前に喉を潤そうとして飲み物を飲もうとマネージャーの所へ行くと和が他の部員にもドリンクを配っていた。



「はい、あ!○○はこれね!」



「ありがと。」











俺はエイリア石にも神のアクアにも頼らないけど、痛み止めには頼る。









効果が切れると痛いんだこれが。



でも、痛みは見せられない。



心配をかけたら試合に出れなくなるかもしれないし。



いつもこれが最後の気持ちで試合をやっているけど、どうか今回は決勝が終わるその時までもってほしい。




その一心だけだった。












ゲーム前に顧問によって集められる。



「今日は明日のことも考えてプレーしろ。」



「立ち上がり10分で相手を潰せ。」



 この言葉を聞くと心がアガる。



 なんていうか、スイッチのような。



「はい!!」




監督は結構怖いことを言うけどサッカー感は結構好きなんだよな。









甲高い音が鳴り響く。


紅白戦のホイッスルが吹かれた。


俺のポジションはアンカー、ボランチと言った方がわかりやすいのかな。



アンカーって呼ばれる理由は船が錨を降ろして安定することから来てるみたい。



うちのチームはワンボランチなので言わばチームの心臓と言うべきポジションだろう。




自分的には最高に皮肉が聞いてると思う。



チームの心臓である選手が心臓病だなんて笑えてくる。



運動量も多いし、俺にはキツくて身長も172とデカくはないけど一番俺の能力が発揮出来る実感もある。



視界に入った情報を処理しているとボールが回ってきた。








ボディフェイントで相手を一枚躱し、逆サイドのウイングの選手の裏のスペースにボールを蹴る。




ボールは綺麗なスピンでウイングの選手のトップスピードを維持したまま足元に収まり、そのままディフェンスを置き去りにする。



うん、いい感じ。



調子も悪くない。








その後も特に問題なく調整を終えることが出来た。








また甲高い音が鳴り響く。


試合終了のホイッスル。





「今日はもう上がれ、明日に疲れを残さないように。」



「明日はスカウティング通りに行く、勝つぞ!」





「はい!!」





やっぱり監督の挨拶は締まる。





流石に帰るべきとはいえ、後悔したくない。





チームメイトを見送った後、ひっそりと部室から移動する。




相手チームのビデオをもう一回見返しそうと思い、空き教室へと向う。




「○○、まだスカウティングするの?」


後ろから声をかけられた。




やっぱり和にはバレてたみたい。



お目付け役だし。



「別に運動する訳じゃないんだ、良いでしょ?」



「うん、アルノにも伝えといてね。終わったら行くから。」



「うん。」
















相手チームの弱点を1人で確認しているといきなり視界を何者かによって塞がれる。





「だーれだっ。」









こんなに可愛い声は一人しか知らない。


というか、間違えるわけが無い。




「やめてよ、アルノ。」



「ちぇっ、ばれたか。」


悔しそうな顔をしながら君は言う。




放課後、教室に2人きり。




絶好の告白のシチュエーション。



いっその事今ここで気持ちを伝えてしまおうか。









「アルノ.........」



「なに、そんな改まって。」




「俺....アルノのこと...」




「うん....?」







バカか俺は.........それを言ってしまったらアルノを縛ってしまうだろ。







言い淀んでいるとアルノが頭にはてなを浮かべながら聞いてくる。




「ねぇ、私がなに?」





焦った俺は咄嗟に思ったことを口に出した。




「か、可愛いと思って!」





「ふぇぇ?!」




あれ?




確かに思っていたことだが、焦りが止まらない。




咄嗟に出てしまった普段言わない言葉にアルノも俺も黙り込んだ。







やばい、なんか起きろ。





この空気を破壊する何か。







すると、教室の扉が空いた。








教室のドアが開いたその時、冷たい風が吹き込んで夕日が差し込んでくる。








「アルノ、○○帰ろ~」








「う、うん。すぐ行く。」




和に助けられた。



後で餌付けしとかないと。














「ずるいよ...そうやって私の気持ちも知らないで....。」








ちょっとは期待したんだけどな。






○○の近くにずっといるのは幼なじみだからって理由が半分、もう半分は違うのに...。





いや、この気持ちは日に日に大きくなってきている。



































○○とは家が隣だったけど、すぐに仲良くなった訳じゃない。










○○は幼少期から体が弱かった。



入院退院を繰り返して3回目、ちょうど○○が退院した日に私たちは出会った。








「どうしておばあちゃんはギャンブルするの?」




「賭け事って楽しいものよ、アルノが大きくなったら一緒にやろうね。」





幼少期の私は好奇心旺盛だったため、なんでも聞いて知見を広げようとしていた。





「あ、トカゲ!」




「ちょっとアルノ!」





「なに?」






「おばあちゃんそこのコンビニにお花摘みに行ってくるからそこでトカゲさんと仲良くしててね?」





「お花摘み...?」





「トイレよ。」





「あるの、了解しました!」








幼少期からトカゲとか爬虫類が好きだった私はトカゲに夢中で近づいてくる大人に気が付かなかった。






「お嬢ちゃん、お菓子あげるから一緒に来ない?」





「知らない大人にはついて行っちゃだめってままが言ってた!」






「ちっ.....いいから来い!」







腕を捕まれ、小学校入学前の女子が大人に勝てるわけが無い。






私...連れていかれちゃう....






怖くて叫べなかった私はしくしくと泣いていました。








するとそこへ通りすがりの○○がやってきたのです。




「おい、その子を離せ!」











小さいながらに映画が好きだった私はこの時○○を白馬の王子様だと思いました。





「おい、お前みたいなガキ一人でどうにかなると思ってるのか?」



「くらえっ!」



○○が蹴ったボールは相手めがけて一直線。



小さい子どもの脚力で放たれたボールは大した威力は出ないでしょう。



しかし、弱点に当たれば話は別。




「ぐぅ.........お前....反則だろ.....」



「逃げるよ!」





「うん!」








その時繋いでくれた手の温かさは忘れられない。




他の何よりも優しい。





恐怖をゆっくり溶かしてくれるようなそんな温かさ。





一緒に走っている時に感じた風すらも心地よい。








これが俗に言う一目惚れなんだなって後で思った。






別にそれだけが○○を好きになった理由では無いけど、この出来事が私たちを繋いでくれたんだと今では思う。

































俺とアルノと和でいつもの帰り道を歩く。



ふとアルノが口を開いた。



「明日、頑張ってね。」



「うん、アルノは見に来る?」


「もちろん、○○の晴れ舞台だし!」





「アルノ、なんかテンション高いね?」



たしかにそれは俺も思っていた。



「ちょっと昔のこと思い出してたの。」



「.........?」



「まぁアルノって変なやつだし、行こ。」




「だね。」





「ちょっと?!」








この3人の関係がずっと続けばいいな、なんて。





まず俺がリタイアするのに。





ふと、悲しくなってくる。













数分談笑しながら歩いて、分かれ道に着いた。


いつもこの分かれ道からは家庭菜園であろう黄色いチューリップ。



これもあと何回見れるのかな。








「じゃあ、明日頑張ろうね!○○!」



「うん、頑張るよ。」




「ばいばーい。」






和だけがあっちの道、俺とアルノはこっちの道。






歩き慣れたこの道もあと何度通れるのかな。



街灯、街路樹、でっかい家。

全部が俺の、




いや、俺たちの宝物。




俺たち2人はどちらからとかは一切なく、何となく。




何となくだけど2人で手を繋いで帰った。






















次の日の目覚めはとても良かった。






「おはよ」


「おはよ、朝ごはん出来てるから食べなさいね。」


父はもう仕事に行っているみたい。


主食と果物中心の食事も親に感謝しなくてはならない。


ここまでサポートしてくれるのだからなおさら勝たなければ。



「学校までは行くんでしょ?」



「うん、そこからバス。」



「準決勝とはいえ、油断しないように。」


「あと、無理だけはしないようにね。」


「うん、そろそろ行ってくるよ。」



「頑張ってね!」




昨日のうちに準備したものをバッグに詰めて、ジャージに着替えベンチコートを着る。




「行ってきます。」










冷たい風を受けながら学校までの道を歩く。



学校まであと数分と言ったところで声をかけられた。



「おはよー。」



和だ。




まだ目は起きてなさそうだけどメイクと髪の毛はしっかりしている。




「おはよ」



「体調は大丈夫?」


「うん、安定してるよ。」


「そっか、何かあったら言うんだよ?」


「なんか和はお母さんみたいだね。」


俺は少し笑いながら言った。


「お母さんか...」



「なんか言った?」



「ううん、それより早く行こ?」



「そうだね。」




この時の和のほんの少し悲しそうな、儚い表情には気づいていないフリをした。












「あ、○○来た。」


「井上さんと来てるし」


「井上さんと?!」


チームメイトからは様々な声が聞こえる。


「あはは....」


和も呆れてしまっているようだ。








数分するとバスがやってきて


「もう出発するぞ。」



監督が険しい顔で言った。



やはり監督は喋るだけで締まる。









バスに揺られている間も隣で和が俺のメディカルチェックをしてくれている。




「どう?異常ない?」




「うん、大丈夫そう。」




「そっか、ありがと。」







「ねぇ...」






真剣な顔で和が話しかけてきたので少し身構える。



「なに?」



「ううん...なんでもない。」



和が何を言いかけたのかは少し気になったけど、そんなことを気にしてる余裕も俺には無い。




今日勝たないと明日はないのだから。












バスが国立に到着し、次々とチームメイトがバスを降りる。



テンションがあがるやつもいれば、緊張するやつもいる。





特段、俺は気にすることなく監督の指示を待っていた。





緊張していては心臓に負担がかかるだけだ。





「1時間後にアップ開始するから、それまでに準備しとけよ。」



監督が言った。




「時間までどうする?私は準備で行っちゃうけど。」



和はマネージャーだから準備がある。



「俺は一人になってくる。」


正直、今は一人になりたい。



「そっか、頑張ろうね。」



「うん。」



そう言うと和は他のマネージャーと一緒にどこかへと歩いていった。





和の優しさに触れたところで、俺はスタジアム内へと入る。



まだ誰もいないロッカールーム。



みんなどこかへ行っているんだろう。








負けてここで泣く、なんてことは考えたくもないな。







そんなことを考えているとスマホの通知がなる。



アルノからだ。





「試合、頑張ってね!」


という文言と共に可愛い猫のスタンプ送られてくる。




昔、アルノに猫っぽいと言われたこともあったっけ。





「ありがと、見ててね。」と送り返すとそっとスマホを閉じた。





早めに着替えて、今日のことを頭の中でシュミレーションしておこうか。


























気がつくとアップに行く時間になっていて、チームメイトから声をかけられる。






「そろそろ行こうぜ。」





「うん、今行く。」







頭の中でシュミレーション、なんて言っていたけど俺のまぶたの裏には昨日のアルノがまだこびりついていた。











ピッチに入ると心地よい風と日差しを感じる。



夢にまで見た、国立のフィールド。




入ってみると思っていたよりいつもと変わらない。





いつもの107m×71mの長方形のピッチ。





いつも通り。





いつも通りのはずなのに。







俺の心は燃え上がっていた。







全員でストレッチをしてパス、ボール回し、シュートの順番でメニューをこなしていく。







特に心臓に痛みも感じない。




コンディションもかなり良い。




万全の状態でやれる、そんな他の人にとっては当たり前の事でも俺にとっては嬉しかった。









「集合。」



監督の一言で試合前のミーティングがはじまる。








「再確認するが、相手のストロングポイントはコンパクトな守備陣形と少ない枚数で完結する縦に早いカウンターだ。」





スカウティングでもこれは研究済み。




「○○、今日はスタートからだがキツくなったらすぐに言え。」





「はい。」




なんだかんだ言って優しいところがある。



いや、人殺しになりたくないだけか。




「前半は横に振って走らせて守備を広げる。いいな。」




「はい!!」












メンバーチェックお願いします。


副審の方の一声でスタートのメンバーはチェックをはじめる。




「番号を言うので名前を言ってください。」




これには慣れない。





スタメンで出るなんてなかなか無いし、正直ウッキウキではある。





「14番。」





「はい、朽木○○です。」



この返事をするともうすぐに試合がはじまる。





アップの時は気が付かなかったが人も結構入ってきている。



アルノはどこにいるんだろう。



応援席の方かな、試合前に聞けばよかった。







音楽に乗せてピッチに横並びで入っていく。



主審の笛で礼します。という言葉と共に笛が吹かれ礼を二回。


前と後ろにする。




俺はちらっと応援席の方を見た。




いた。










ショートカットでマフラーに埋もれている幼なじみ。








試合前だと言うのに顔が緩んでしまいそうになった。






息を深く吸って。







吐く。











主審が笛を口にくわえ、息を吐いた。




甲高い音とともに試合が始まる。











試合開始のホイッスルだ。





歓声とともにキックオフのボールが俺に回ってくる。






より一層歓声があがった気がした。



なんでなんだろうか、病気の事か。



メディアやインタビューはキャプテンに任せて何もしていないと言うのに。






そんなことを考えていても仕方無いし、相手のフォワードはプレスに来ているのでボールをサイドバックへと散らす。







サイドバックは前線へと蹴るフェイントをかけ、また俺へとボールを戻す。





それを逆サイドでも繰り返す。




味方の動き出しももちろん見えてはいる。




しかし、体はそうさせてくれない。




戦術的にも問題は無い。







それに。








このフィールドを支配する感覚。









自分がオーケストラの指揮者になったかのようなそんな感覚。











試合が動いたのはすぐだった。







相手を押し込んでいる展開が続いている中



前半3分、俺はペナルティアーク付近の高い位置で相手ボールを奪った。





「ヘイ!」




ボールを呼び込むフォワードを囮に使い、ワンステップでふわっとしたループシュートを放つ。












バックスピンをかけたシュートはキーパーがギリギリ指先で触るもののそのままゴールに吸い込まれた。




「しゃあ。」




スタジアム内がどっと湧く。







「ナイシュー!」



「美味しいとこ持っていきやがって!」




チームメイトからの手荒いけども事情を理解したような少し優しい祝福を受けた。











自陣のピッチに戻る前に自分たちの高校の応援席を見る。




試合開始前に見つけたアルノの方を見るとバチッと視線がぶつかった。










遠いので表情までは分からないけど喜んでくるているといいな。






そんなことを思っていたら気がつくと俺はアルノに向けて右手を突き上げていた。






ちょっとカッコつけすぎたかな、なんて恥ずかしくなりすぐ自陣に戻る。












ピーー!!というホイッスルで相手ボールで試合がリスタートする。



早い時間帯で先制点を奪うことに成功した俺たちは余裕を持ってプレーすることが出来た。









相手のカウンターも前線のプレスとセンターバックのおかげで機能していない。



コンパクトな陣形もウイングのスピードを恐れてか間延びしてしまっていて俺ものびのびプレーできている。











審判のホイッスルが吹かれた。








なんの問題もなく前半が終了した。






なんの問題も無い。










ハーフタイムのミーティングをするためにロッカールームへと戻る。






「はい、これ。」


いつも通り和からドリンクを貰う



「ありがと。」



「かっこよかったね。」


まだ前半なのになんで過去形なの?と聞き返そうとすると



「交代だ、○○。」



監督から声をかけられる。



「俺ですか?」




「あぁ、明日に向けて休んでくれ。」


「分かりました。」




俺の出番は終わりみたい。




たしかに俺が居なくてもどうにかなりそうだし、任せるとしよう。










後半のミーティングを抜け出して、和とメディカルチェックを行う。



心拍数チェックなどのために上裸になる時、最初は和は顔を真っ赤にしていたのに今はスンとしている。




そんな懐かしい思い出を振り返りながらチェックを受けていく。






「どう?」




「大丈夫、問題ないよ。」





和のその一声がいつも俺に安心をもたらしている。










ふぅ....と少し息を吐いて制汗シートで体を吹きながら和に疑問をぶつけてみた。





「試合の方に行かなくていいの?」





と聞くと、





「私の主戦場は○○のいるところだから。」


と言った。



その瞳の奥からは固い決意を感じた。




ここまで自分を助けてくれる人がいるのだからなおさら明後日は負ける訳には行かない。





もちろんチームメイトを信じているから今日は負けないという自信がある。




ロッカールームに備えられたプロジェクターで試合を見ていると味方が追加点を決めた。



「やったね!」


「うん、みんなならやってくれるよ。」


同級生達が頑張ってくれていると同時に自分の情けなさも少し感じる。






どうして俺の心臓はこうなのか、と考えてしまう。









気持ちが少し沈んでいると和が抱きついてきた。




愛を伝え合うようなハグではなく、相手を安心させるような包み込むハグ。




「なぎ...?」


おそるおそる和を呼んでみると



「大丈夫、大丈夫だから。」



と背中をトントンと優しく叩いてきた。




そんなに顔に出ていたのかと反省していると


「ていっ!」


と和に百会のツボを押される。


「やり返し~」



和にはメンタル面でも助けてくれて感謝しかないな。






和とリラックスしてロッカールームで待っていると試合が終了した。




2-0でうちの勝ちだ。





ロッカールームの入口でみんなを待ち構える。


「あ、○○!大丈夫か!」


「見たかおれのシュート!」


などの声が聞こえる中一人一人を丁寧にねぎらった。


「ナイスプレー。」


歩いてくる一人一人とハイタッチ。



心からこのチームで戦えてよかったと思うし、だからこそこのチームで優勝したい。










そう思える。































ミーティングはまとめて明日やるとのことなのでバスに乗って学校まで帰った。




ロッカールームを出てからバスまでの道で冷たい風が吹く。



「さっむ.......。」


日が当たる所では太陽の温かさも感じることが出来る。



「和、決勝の日の天気わかる?」


突然疑問を投げかけてしまうのは申し訳ない思ったが和は即座に返答してきた。



「晴れだよ。」






「○○が天気を気にするなんて、雨でも降りそうだね。」


いたずらっ子のような顔で和が言う。













そんなたわいもない話をしながらバスに乗り込む。













































安心からか疲れからかすぐに眠ってしまい、気がついた時にはもう学校についてしまっていた。



「ん.........」


「起きて、○○。」


「寝てた.....。」



「うん、おはよう。」


バスを降りなければ、そう思って立ち上がろうとすると


「おっと......。」


立ちくらみからよろけてしまう。



横にいる和が支えてくれなければ倒れていたかもしれない。



「大丈夫?」


和はそう聞かれる。


「寝ぼけているだけだよ。」


ふらつきが収まった後、帰路へと2人で一緒に歩いていった。












「今日、国立でプレーしたわけだけど、どうだった?」


和にそう聞かれた。



「いつも通りだったよ、歓声以外は。」



俺の返答にむっとした顔で和が話す。



「夢の舞台だって言ってたのにドライだね?」




そう言われるとたしかにそうなのかも。




でも、こうして夢として掲げていた国立よりも3人で帰った通学路とかいわゆる思い出の場所の方が大事になってきている気がした。














あんなに夢見ていた舞台だったけどいざ立ってみると普通のピッチというかなんというか。







叶ってしまったらなんとも言い難い、そんな気持ちになった。





「別に、明日も試合するんだから。」




考えてたことをバレないように言葉を返すと、和はたたみかけてくる。


「それもそうだね、勝ってくれるんでしょ?」


いじわるな笑顔で。



さも当然かのように聞いてくるんだからタチが悪い。







「もちろん、目を離さないでね。」




俺がこう言うと和はなんとも言い難い表情で頷いた。



「うん。」











しかし、その後からはいつもの空気感に戻り談笑しながら帰路を歩いた。










分かれ道にたどり着いた。


いつもチューリップが見えるところ。








「明日、寝坊しないでよ?」



「しないよ、和こそ寝坊しないでね?」




「しないから!じゃあね!」



「うん、じゃあね。」









いつもの帰り道だけど、アルノはいない。





あの日からまぶたの裏にこびりついて離れない。






疑問を抱えつつも帰宅した。








「ただいま」



「おかえり、ご飯出来てるからね。」



手を洗ってコートを脱いでから、2階の自室に戻って着替える。









部屋着はアルノから貰ったやつ。




ニシアフリカトカゲモドキのイラストが書かれているやつ。





これをなんでチョイスしたのかは分からない。


他にも部屋着はあったのに。




「ご飯、今食べない?」



下から催促する声が聞こえる。


「今行く...!」


ゆっくりと階段を降りた。




いい匂いがすると思って腹の虫を抑えながら下に行くと俺を待ち受けていたのはカレーだった。


「パパもママももう食べたからね、明日は定期検診の日だから忘れないように!」



「うん、分かってる。」






「いただきます。」


そう言いながらサラダを先に食べる。



カレーが横にあるからか、サラダは一瞬で食べ終わりカレーを頬張る。



「うまっ...!」



はじめは綺麗に食べていたが少しするとご飯とカレールーを混ぜて食べた。

















カレーを食べ終わり、風呂にも入った。


歯も磨いた。


あとは寝るだけ、となったタイミングでコンコンと隣の家から俺の部屋の窓にノックがあった。



「入ってもいい?」


「いいよ。」


アルノが窓から窓へ、移動してくる。

どんくさいアルノでも慣れればそこまでの怖さは無い。


「今日、かっこよかったね...!」


目をキラキラと輝かせて言うもんだから少し照れてしまう。


「あ、ありがと...。」


恥ずかしいので次の話題を提供しなければ。


「明後日は来れるの?」


「もちろん!決勝だもん...!」


プレーしてる本人よりテンション高くないかと思うくらい喜んでくれてるみたい。


アルノに喜んでもらえて嬉しいよ。


なんて口に出来たらな。




「あ、そうだ。」


「うん?」


「これを渡しに来たの...!」


アルノが取りだしたのはフェルトでつくられたトカゲ。


「これは...?」


「お守り、トカゲは幸運を呼ぶんだよ!」


「やっぱり、アルノは変わってる」


と笑いながら言うとアルノもちょっぴり圧をかけてくる。


「頑張ったんだから○○も頑張ってね?」


「もちろん、アルノこそ目離さないでね。」


「もちろん!」





この時間が、空間が心地いい。


幼なじみ特有のあたたかい空気感。





気づいたら夢の中へと誘われていて、そこから起きるまで記憶は無かった。




「おはよ。」


「んぅ...あるの...?」


「昨日はすぐ寝ちゃうんだから。」


未だに状況が理解出来ていない。

同じ部屋にいた事は覚えている。


ただ横を見るとアルノが同じ布団を被っていた。


アルノの方を見るとキラキラした笑顔でこちらを見てくる。


脳が一気に覚醒し心臓がドクンと跳ねる。


「一緒に寝るのなんていつぶりだろうね...。」


アルノも少し恥ずかしそうにするもんだからこっちはもっと恥ずかしい。




そんな空気感の中、アルノが口を開いた。



「明日も来ていい?」


俺の短い人生を使ってしまうことを考えてか、少し申し訳なさそうなそんな感じ。



アルノに使うことは惜しまないのに。


「もちろん、毎日来てもいいのに。」


「..........」


俺が何気なく言った言葉にアルノは何も言わずに固まってしまった。


なんか間違えたか...考えているとアルノが布団を急に被った。


「顔赤いから...その...出来れば見ないでくれると助かります...」


俺はアルノを少しいじりたくなって


「へぇ...顔赤いんだ?」


と言って布団を剥ぎ取る。


中からはほんとに顔の赤いアルノが飛び出してきた。


それに驚いたアルノは変な鳴き声を出しながらうずくまってしまった。





なんだかどの行動も可愛く見えて、これが恋なんだなって。




恋、してるなって。



改めて実感した所で下から



「ご飯出来てるよー。」


という声が聞こえた。



2人だけの世界に誰かが入ってくるとなんとも言い難い空気感になる。



「わ、私も朝ごはん食べてくる...!」



と言ってアルノも自分の部屋へ帰った。








階段を下り、朝ごはんを食べる。


朝からミーティングがあるので準備しなくては。




急いで朝ごはんを食べ、歯を磨き、髪を整える。





「行ってきます!」


「検診は?」


「終わったらそのまま行く!」



ドアを閉め、はや歩きで向かう。




いつもの分かれ道のところで和が既に待っていた。


「寝坊しないんじゃなかったの?」


笑顔なのがちょっとムカつく。

「うるさい、早く行くよ。」


「はーいっ。」



和は本当は朝苦手なくせに、人に隙を見せない。


だからこそ和に隙を見せてもらえるようになった時は凄い嬉しかったな。



「あ、○○寝癖ついてるよ。」


「どこ?」


「もう、こっち来て。」


そう言うと櫛を取り出してヘアミストをつけながら直す。


歩きながらなのに器用だなと思ったけど和なら別に驚かない。


「はい、直ったよ。」


「ありがと、なぎ。」


「これで私と同じ匂いだね~」






頭がパニックになっていると


「同じのつけてるんだから、仕方ないでしょ?」


と言われた。


たしかにそうだ、たしかにそうだけど。



そんな言い方されるもんだからちょっとむず痒いというかなんというか。



その事に気を取られていたら学校に着いてしまった。








ミーティングってどこでやるっけ?と聞くと「着いてきて。」と言われてしまった。


本当にいつも頼ってしまって申し訳ない。




扉を開けるともう既にみんなが待っていた。


「来た来た。」



もう和と一緒に来てることすらいじられなくなった。


事情を理解してくれているんだろう。


「よし、じゃあミーティングはじめるぞ。」


という監督の一言とともに一気に集中する。












それなりに集中していたせいなのか気がつくとミーティングは終わっていて、和に声をかけられるまで気がつくことが出来なかった。


「○○...?」


「ごめん、ぼーっとしてた。」


まるで時間が飛んだような、さっきまでのことは覚えているのに。



前の授業の時みたいに。




明日は決勝だし、そんなことを気にしている余裕も無かった。














「これから病院?」



「うん。」



「そっか、着いていくよ。」



「ありがと。」







 2人で病院までの道を歩く。


「あんな所に変な花あったっけ、しかも蕾だし。」


「さぁ?」



そんなことを言っている間に病院についた。




慣れた手つきで受付を済ませ、検査の方へ向かう。


「一旦戻ってくるから、待ってて。」


と和に言い残し、検査に入る。









採血やらエコーやらレントゲン、CTなどこれも慣れたものだ。









「ただいま。」



「これから診察だよね。」


「うん。」




さっきの花の蕾を見た時から...いや、実はもっと前から嫌な予感がしていた。








嫌な予感を抱えたまま診察室へ行く。



不安そうな雰囲気を和にも感じ取られないように


「行こ?」


と笑顔で言った。






扉を開けたらただならぬ空気感だと言うのが分かった。



「どうでした...?」


と聞くといきなり頭を殴られたような衝撃を受けることを耳にした。


「君の心臓が動いているのは奇跡だ。」






今いきなり心不全になるかもしれない状態で明日を迎えられるかどうかも分からないらしい。




身構えていた。


身構えていたはずなのに。



心に刃物を刺されたように。



希望が砕け散る音がした。




和の方を見ると顔がぐしゃぐしゃになっている。



俺もひどい顔をしているだろう。



「君はどうしたい、このまま病院にいるか、サッカープレーヤーとして最後を迎えるのか。」



「君は長くここにいるからね、私たちは君の意見を尊重しようと思う。」




「ありがとうございます...」




俺が選んだのは





後者だった。








親には病院側から連絡してくれているらしい。



帰ったらなんて言われるかな。



「○○...」



「まだ泣いてるの?」



「そういう○○だって...」



いつも死と隣り合わせだったのに、いざ死にますと言われるとここまで来るものなのか。



「なぎ。」



和はまだ泣いている。



俺は人目もはばからず抱きしめた。



「私は○○と優勝したかったし...これからも一緒にいたかった...」


「ごめんな。」


「○○...」


「くっついたまんまでもいいから、とりあえず歩こう。」


「うん...」




「明日、絶対に行くから。」



「明日までは...和と優勝するまでは死なないよ。」



そう言って和の頭を撫でてやった。



それでも泣き止んでくれない。



「なぎっ」


「なに...?」


「ひゃくえ!」


そう言ってひゃくえのツボをグリっと押してやった。


「もう...こんな時にリラックス出来るわけないでしょ?」


ふふっと少しだけど笑ってくれた。




気がつけば分かれ道で、日も沈みはじめていた。


「明日、絶対にここで会おう。」


「約束だよ...?」



「うん、指切りしよっか。」



「指切りげんまん嘘ついたら...○○の部屋、アルノと散策するからね。」


「わかったよ...。」


ちょっとだけ嫌なことを言われたけど、こういう優しさも和のいい所だと思う。



「あ、最後に。」


「なに?」


「アルノには言わないで欲しい。」


「......わかった。それが○○の判断なんだね。」


「うん。」



「じゃあ、また明日ね!」


「うん、また明日。」



和が見えなくなるまで手を振って、その後家に帰った。

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