初恋キラーの岡本さん。
「井上さんだ......今日も綺麗......」
「美しい......」
昨年勝手に行われたミスコン。
学年にとびきり可愛い子が11人いたため色んな派閥が争っていたが、井上さんが見事1位に輝き天下統一を果たした。
今も学年のマドンナとしてあらゆる男子生徒の気を引き、「ワンチャン付き合えたら......」なんていう初恋を奪い去っている。
かくいう俺もそこまで重症では無いし他の人に投票したが、廊下を歩く井上さんを教室から見ていた。
「○○君も和に見惚れるとかあるんだ、意外。」
隣から菅原さんに声をかけられる。
俺は何食わぬ顔でそのまま答えた。
「美人は見るだけタダだからね」
彼女もかなりの美形だが、井上さんのように他の男子がまともに話してくれないため自然に俺と話すようになった。
「ふーん。ま、○○君らしいね」
少し拗ねたような表情を見せたので、機嫌を取る。
「菅原さんも綺麗だからね」
「ふーん......」
今度はにやにやしながらこちらを見つめてきた。
「なんだよ」
「いやー、○○君のお姉さんに会いたいなーって。」
ひとつ上の学年にいる姉。
幼少期から美形の姉がいた事でこうして普通に話せてることに感謝しなければ。
「沙耶香から仲良くしてるって聞いたけど」
「そうなの!姫奈も仲良くさせてもらってるよ」
その瞬間、教室の扉が開いた。
「はぁ.....せーふ!」
息を切らしてローズの香りと共に入ってきたのは岡本さん。
鐘がなるギリギリのため急いできたみたい。
「ちょっと姫奈、連絡したじゃん」
「え、スマホ鳴らなかったけど」
「いや......それ......リモコンじゃん......!」
菅原さんもあまりのおかしさに笑いをこらえきれず、お腹を抱えて大爆笑。
横にいる俺まで笑ってしまう。
「えー!?気が付かなかったんだけど!!!」
岡本さんも笑いだし、場は混沌。
笑っている間に鐘が鳴り響き、全員が席に着いた。
「一限は席替えするからな、あと最近遅刻目立つから気をつけろよ。」
先生が必要事項を述べている間に、岡本さんの方を見ると隣の席の男子から下敷きを借りて扇いでいた。
いつもはハンディファンを持っているイメージだったのでそういう光景は意外。
隣の男子もドキドキして、少し汗をかいている艶っぽい岡本さんに釘付けだった。
彼の視線からするに、きっと好きになってしまっているだろう。
そう、最近菅原さんと話すようになりその友達である岡本さんを観察していて分かったことがある。
彼女は初恋キラーなのだと。
井上さんや菅原さん、一ノ瀬さんといった学年でも有名で可愛い人達に心を一度は持っていかれた人が岡本さんの虜になるなんて言う光景を最近よく見る。
そんなことを考えているうちに先生の話は終わり、みんながまたガヤガヤと話し始めた。
「よし、じゃあ日直が一周するまでこの席で行くからな」
先生の言葉と共に席替えが終わり、周りを見渡すと前に菅原さん。
そして隣には初恋キラーの岡本さん。
「沙耶香さんの弟だよね!よろしく!」
眩しいくらいの笑顔を向けられ、頭の中を岡本さんに染められる。
「うん.....よろしく。」
「○○君は綺麗系の顔の子が好きって沙耶香さんが言ってたから、姫奈のこと好きかもよ」
前の席から菅原さんが振り返り、にやりとこちらを見た。
「えーじゃあ連絡先交換する?」
これが初恋キラーと呼ばれる所以なのか、と思うくらいに感じる"彼女感"
しかし頭の方は弱いみたいで、少し笑ってしまった。
「いや、今日持ってるのリモコンじゃん」
「あー!そうだった!!」
またしても笑う菅原さんと俺。
それに痺れを切らしたのか、岡本さんも反撃してくる。
「もう...笑いすぎ!」
腕をぺちっと叩かれた。
「ふふっ.....」
まだ笑いが収まらないが、鐘が鳴り響く。
叩かれた部分からはローズの匂いがほのかに香って、少しドキッとした。
むくれた顔でこちらを睨む岡本さんに少しやられてしまって、慌てて前方に視線を戻す。
その日から少しずつ岡本さんと菅原さんの3人で話すようになった。
・・・
数日が経ったある日、誰もいない通学路を歩いていると前から歌声が聞こえてきた。
「だいちをふーみしめーて~」
短いスカートを風になびかせて、機嫌が良さそうに歌を歌っている岡本さん。
彼女の反応はいつも面白いので、ゆっくり近づいて脅かしてみることにした。
「......わ!」
「わー!?○○くん?!」
驚きと同時に腰を抜かしそうになって、岡本さんはバランスを崩した。
「危ない....!」
咄嗟に手を伸ばして岡本さんをこちらに引き寄せる。
「......」
身長差からか、すっぽり腕の中に収まってローズの香りが鼻を抜ける。
「○○くん.....ありがと.....」
急にしおらしくなり、いつもとは違ったお淑やかな表情。
いつにも増して魅力を肌で感じた。
「い、いや......てか離れてくれると助かるんだけど......」
「じゃあ......姫奈のお願い1つ聞いて?」
「いいよ、俺に出来ることなら」
「じゃあ離れてあげる~、てか○○君息止めてた?全然気が付かなかったんだけど!」
再びいつものテンション感に戻った岡本さんに、俺は先程までの感情を隠すようにでこぴんした。
「アニメ見すぎだろ」
「いて、ぼーりょくはんたい!」
道端の鳩もまるで俺たちを祝福しているかのようで、ゆっくりと学校への道を歩いていった。
放課後、俺は座席で人が居なくなるのを待っていた。
昼休みに岡本さんから「放課後、残って!」というメッセージが来ていて、菅原さんですらこのことは知らないみたいだ。
「○○君帰んないの?」
案の定菅原さんに不思議がられた。
「友達待ってるから、じゃあね」
「......うん、またあした~」
菅原さんが教室を出ると、ぞろぞろとクラスメイト達が部活やら何やらでいなくなる。
最後の一人と入れ違いで岡本さんが教室に戻ってきた。
「おまたせ、ごめんね。」
「ううん、それよりどうしたの?」
岡本さんは少し険しい表情を作りながら俯き、再度こちらを見上げた。
「ミスコンの時......どうして私に投票してくれたの?」
それを言われた瞬間、首筋に一筋汗をかいた。
「姫奈の友達とか、喋ったことある人は投票してくれたけど......喋ったことないのは○○君だけだったから......」
ミスコンの結果は分かってる。
岡本さんは11位だったのを知ってる。
きっとショックを受けただろうし、その事は言わないようにしてた。
それでも、彼女なりに葛藤や苦しさがあったんだろう。
「俺が岡本さんに入れたのは......1番笑顔が素敵だったからだよ......」
俺もそれなりに恥ずかしいし、こんなことを言うつもりじゃなかったのに焦って言葉が出てしまった。
「......」
「岡本さん......?」
彼女の瞳からは涙が垂れていて、とても綺麗に世界を反射していた。
「あ......えっと......これはちがくて......」
俺はどうしたらいいか分からず、椅子にかけてあったジャージを岡本さんの頭から羽織らせた。
「......これで誰からも見られないから」
「ばか......ぎゅってしてよ......」
「い、いいの......?」
「......はやくして」
恐る恐る岡本さんを抱きしめ、胸の中で落ち着くのを待つ。
少しだけ、物音が気がした......。
「ありがと、ちょっと落ち着いた」
「いつもこのくらい落ち着いてたらいいのに」
「いつも落ち着いてないみたいじゃん!」
「そうでしょ」
言い合いになり岡本さんに追いかけ回されて、捕まった時にはお互いぐったりしていた。
「はぁ......あ、そだ。○○君は姫奈に聞きたいことないの?姫奈は聞きたいこと聞いたけど」
「えー......うーん......香水使ってる?」
かなり絞り出した結果、いつも香ってくるいい匂いについて聞いてみる。
「うん、この匂いすきなの?」
「まぁ、いい匂いだなーとは思うよ」
「ふーん、嗅ぐ?いっつも太ももの裏とか耳の後ろとかにつけてるよ?」
さぞ当たり前かのように提案してくるから、びっくりしてしまう。
「いや......」
「ほらほら、遠慮すんなって~」
「スカートめくんな!ばか!」
「見られてもいいやつだし、焦りすぎ~」
いつもペースを乱されて、岡本さんのペースに持っていかれるから疲れてしまう。
でもそれ以上に楽しいが残る。
それがどういう気持ちなのか、今はまだはっきりしない。
「もう......姫奈がせっかく言ってるのに......」
「馬鹿なこと言ってないで帰ろ。」
「はーいっ」
帰り道、俺たちの距離感は少しだけいつもより近くて手が触れてしまいそうだった。
「2人で帰るのなんてはじめてじゃない?」
「そうだね」
その時突然雷が落ち、遅れて音がやってきた。
「わー!」
岡本さんも少しびっくりしてこちら側に体を寄せる。
「危ないし、家まで送ってくよ」
「あ、ありがと......」
距離感を保ったまま岡本さんの家までの道を歩く。
雨は降っていないけど、曇り空で今にも危ない天気。
雷の音がなる度に制服の袖をちょこんと掴む岡本さんが可愛くて気が気では無かった。
「この辺でいいよ、そこだから。」
「そっか、じゃあまた明日ね」
手を振り背を向けて歩き出すと、岡本さんの声に制服を掴まれた。
「○○君......その......かっこよかった.....ありがと......」
「う、うん」
「ば、ばいばい!」
走ってそのまま家へと帰っていく岡本さんを、ただじっと見つめていた。
ぼーっとしていると、肩に冷たい感触。
ふと手を広げると雨が降り出していて、折りたたみ傘ももっていない俺は雨に打たれながら家までの道を駆けた。
翌日、目が覚めると体が重たい。
「雨のせいか......」
俺が行く時間には家に親はおらず、欠席の連絡も出来ないため学校の準備をした。
今でも瞼の裏にこびりついている、岡本さんから言われた「かっこよかった」という言葉。
「はぁ...」
ふらつくことは無いが、頭は痛い。
早めに出てゆっくりと学校への道を歩いた。
「おはよー!○○君!」
「おはよ.....」
昨日のことがあってか、何故か顔を見れない。
近くにいるだけで意識してしまう。
「昨日雨大丈夫だった?」
「うん、トイレ行ってくる」
それからことある事に話しかけられてものらりくらりと躱していた。
昼休み、菅原さんが俺に話しかけてくる。
「ねぇ、姫奈のこと避けてる?」
「いや.....じつは......」
俺は昨日のこと、そして気持ちを話した。
「......そっか......でも姫奈悲しんでたよ......?」
「うん......」
「ていうか、顔色悪いけど大丈夫?」
「昨日雨に降られちゃって......」
菅原さんの手が俺の額に触れる。
「あっつ......!保健室行かないと!」
「そんなにじゃないから......」
「だめ!ほらはやくいくよ!」
菅原さんに連れてこられ、保健室へと入る。
すぐさま先生にも横になるように言われ、そのままベッドで意識を手放した。
「ん......」
目が覚めると、先生の姿は無くてやけにベッドが狭い。
同じ布団の中にまるで誰かいるかのような感触。
「あ、起きた。」
横を見ると岡本さんが同じベッドに横たわっていた。
「は......は?!」
「姫奈、怒ってるよ。」
頬を膨らませこちらを睨んでくる岡本さんに、たまらず目を逸らしてしまう。
「こら、こっち見て」
頬を捕まれ顔を岡本さんの方に向かされる。
「姫奈のこと避けてることも、体調悪かったのに言わなかったのも怒ってる。」
「それは......」
言えない。
両方が岡本さんにとって迷惑なものだから。
いや、いっそ伝えてしまった方が迷惑じゃないだろうか。
視線だけを逸らし、伝える。
「昨日かっこよかったって言われてから...凄い意識しちゃって......顔を見れないというか......」
恐る恐る視線を戻すと、岡本さんは笑っていた。
「ははっ、姫奈のことだいすきじゃん」
「そうだよ」
数秒の沈黙、その後岡本さんが口を開いた。
「姫奈も○○君のこと......すき」
顔を赤くして今度は岡本さんが視線を逸らした。
いつの間にか俺の頬を掴むこともやめていたので、お返しにこちらを向かせる。
「ちょっ......今顔ブスだから......」
「可愛いから、大丈夫だよ」
そのまま頭を撫でていると、大人しくなった。
「ていうか、風邪うつるよ?」
「姫奈に離れてほしいんだ」
布団の中で岡本さんはいじわるそうに微笑む。
「そういう訳じゃないけど......」
「ていうか、まだ姫奈のこと避けてたの許してないんだからね」
もう忘れてくれたと思ってたのに、痛いとこを突かれた。
「......おばかなんだからそんなこと気にしなくていいんだよ。ばーか。」
そう言って笑いながらでこぴんをしてやった。
「......いてっ......もーゆるさない!ぺいんぱっかー!!」
「わ!ばか!暴れんな!」
「ばかって言う方がばかなんだから!」
結局、俺の初恋もある意味取られちゃったわけで。
やっぱり岡本さんは初恋キラーなんだな。
保健室のすぐ近くには、朝顔が昨日の雨で涙を流している。
ベッドの中のローズは美しく咲き誇っていた......
fin.........
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