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青春、全部あげる!




1年生の時の文化祭準備の時間に、廊下で初めて見た時から可愛いと思った。







綺麗だった。





名前も知らない隣のクラスのあの子。




「○○?はやくダンボールこっち持ってきてくれよ。」


「わ、わり......」




しかし、この思いにはすぐさま蓋をすることになる。





「なぁ、あの子知ってる?」


友達の拓真に聞くと、悪そうな顔で答えてきた。



「あぁ、川﨑さん?実はな......」



「優と付き合ってるらしいよ」



優は俺と同じサッカー部のイケメンで俺の嫌いな人。


サッカーが上手いわけじゃないのに、練習を一生懸命やらずスカしてるところがあんまり好きじゃない。



そんな人と付き合っていると聞いて、かなりダメージを受けた。


「そうなんだ、まぁ美男美女だもんな」


「それな、まぁお前の幼なじみも可愛いじゃん?」


「いや、長く一緒にいすぎてあんまわかんない」



幼なじみというのは川﨑さんと同じく隣のクラスの咲月。


小さい頃から仲は良かったし、今もたまに喋るくらい。



色んな事があって、今は落ち着いた仲って感じ。




「ま、文化祭いいものにしような。」



「そうだな、頑張ろ」
















                             ・・・



そこから半年程が経ち、クラス替えが行われた。


「優、6組。○○、2組。」


順番に担任からクラスを伝えられる。



俺は2組、拓真も2組だった。


そして優とは離れた。



他の人のクラスをぼんやり聞いていると、ポケットの中のスマホが震える。


「何組だった?」


咲月からの久しぶりのメッセージに少し驚いた。


「2組、そっちは?」


「私も2組!よろしくね」


久しぶりのメッセージを終えたところで、みんながいっせいに新しいクラスへと移動を開始した。



「拓真、咲月も2組だってよ。」


「マジ?!可愛い子いるとテンション上がるな~」


「バカ、はやくいくぞ」




2年2組の扉を開けると咲月がこっちに手を振ってきた。



「○○~」


「喋るの久しぶりだな」


「あと1人友達来るから、仲良くしてあげてね」


「こっちの拓真もよろしく頼むよ」


拓真は少し緊張している様子で挨拶をする。



「よ、よろしく」


「よろしくね~」



黒板に貼ってある座席表を自分の所を見て座ると、後ろに咲月が居て、斜め後ろに拓真がいる。




久しぶりの再会で話に花を咲かせていると、ふわっと金木犀の香りが鼻を抜けた。



「桜、また香水変えた?」


「前のやつあんまりだったから」



そう言って俺の隣の席に座ったのは半年ほど前に見たあの綺麗な人。


「君、咲月の幼なじみなんだよね?」


そして......あいつの彼女。



「うん......」


「ごめんね、多分桜が可愛いから緊張してんのよ○○は。」


「咲月うるさい」


「私は○○のためを思って言ってんの」


「あはは......」



明らかに川﨑さんを困らせてしまっている。


だって、彼氏がいるんだから。



「はい、前向いてー。連絡事項だけ伝えるから。」


今年から担任になる、池田先生の一声でなんとも言い難い空気感を切り抜ける。






連絡事項などを確認し終えたところで少しだけ時間が余ってしまった。


「じゃあ、隣の人と喋ろっか。チャイム鳴ったら帰っていいから。」


そう言って丸投げされると少し困ってしまう。


周りは少しずつザワザワしだして、咲月と拓真も話し始めている。


「○○君、初めまして」


「こちらこそ、よろしく川﨑さん。」


とりあえず確認しておきたかった。


自分を律する為に。


「優と付き合ってるんだよね」


「うん、そうだよ」


少し照れくさそうに言うその表情が俺の心の中で何度もこだまする。


「だよね、有名だから。」


少しおどけて答えると川﨑さんもはにかんだ。


「○○君こそ、昔咲月のこと助けたって聞いたよ?」


昔の事。


咲月をいじめから救ったのは本当だし、その事については鮮明に覚えている。



だからこそ、あまり思い出でもない。



「あんまり言わないでね、咲月も思い出しちゃうかもだから。」


「うん、優しいんだね。」




そこが俺と川﨑さんの出会いだった。

















そこから更に約半年が経った頃、既に咲月、川﨑さん、拓真、そして俺は授業や行事を経てある程度仲良くなっていた。




そして、ある日の放課後に川﨑さんから声をかけられた。




「○○君に相談があるんだけど......」

一緒に居るところを優に見られたくなかったので、苦渋を飲んで連絡先だけ交換しその場を去る。











何となく感じる違和感に気付かないふりをして。













その夜、川﨑さんからメッセージが届いていた。



「放課後に言ってたことなんだけど、相談してもいい?」



「いいよ」



夢にまで見た彼女とのやり取りに少しの嬉しさと危うさを感じる。


「じゃあ、電話かけるね」



いきなりメッセージに来た言葉に理解出来ないでいると、スマホが震えだし着信が来る。



これを押してしまったら、戻れなくなる。



そんなことは分かっていたはずなのに、恋は盲目とは本当のようらしく気づいた時には通話がはじまっていた。




「もしもし、ごめんね?」



「うん、大丈夫だよ。」


きっと電話は彼女にとっての普通なんだろうけど、俺にとっては普通じゃない。



そのせいで上手く言葉が出しにくい。




「......それで、なんかあったの?」



「優の事なんだけどさ......」






「別れようかなって思ってるの......」





それを聞いた瞬間、びっくりして足元のおもちゃ箱に入ったシューズをひっくり返してしまった。



「......どうしてそう思ったの?」



「最近は喧嘩も多いし、優の人間性が無理になってきたの」



川﨑さんの思いに対して、俺はただただ共感してあげて相槌を打つ。



その作業の繰り返し。







気がつけば時刻は日付を跨ぐ辺りに差し掛かって、川﨑さんも段々と眠たそうになってきた。



「川﨑さん、寝る?」



「うん......そうしようかな、今日はありがとね」



「うん、おやすみ」



「おやすみ」






通話を終えてベッドに横たわる。




目を閉じれば脳裏には最悪な思い出が蘇った。






殴られたり、熱湯をかけられたり。




「はぁ......はぁ......」





思い出す度に腕の痣が疼く。




結局、その夜は一睡もすることが出来なかった。













次の日、教室に入ると挨拶が飛んできた。



「おはよー.......ってクマ凄いよ?大丈夫?」


咲月が心配しながら顔を覗き込んでくる。



「大丈夫、ちょっと寝れなかっただけ。」


「あんま無理しすぎないでね......?」


「......うん。」





その後、拓真にも川﨑さんにも心配されたが同じような返答をして上手くかわした。





バレないように授業中に少し睡眠をして、迎えた放課後。




部室に向かうとこんな会話が聞こえてくる。



「優、お前別れんの?」



「俺は別れたくないけど、桜がもうよくわかんない」




川﨑さんから優のことについて聞いていたので、一言で被害者になる言葉を使う優に思わず吐き気がした。






寝不足気味ということもあいまってか。






唐突な気持ちの悪さに意識を手放してしまった。



















次に起きた時は保健室のベッドの上。



どうやら忘れ物を取りに行って後から来た拓真に運ばれたらしい。




見渡すと池田先生がベッドの横に腰掛けていた。



「起きた、大丈夫?」



「先生、心配かけました。」



「ほんとだよ、君の中学生の時の件もあるんだから。」



池田先生は中学生の時も担任だったし人事異動で高校にも同じタイミングで来た。



俺の過去の事を知る数少ない人。




「とにかく、大丈夫ですから。」




先生を振り切り、荷物を持って帰り道へと歩みを進めた。





「君はいいとこもわるいとこも変わんないんだから......」



池田先生の言葉が空に飲み込まれていった。

















その日の夜、川﨑さんからメッセージが届いた。



「優と別れた、あんな人の顔もう見たくない」



「そっか、大変だったね」



「今時間大丈夫?」




「うん」




既読が着いた瞬間にスマホが震える。



イヤホンを付けて通話に出ると川﨑さんは怒っているような悲しんでいるようなそんな感じ。



「もしもし」


「○○君、その......」


「ゆっくりでいいよ、それに話したくないなら話さなくてもいいから」



川﨑さんは少し黙り込んだ後、別れた理由についてはなしはじめた。




どうやら、向こうの制止を振り切って別れたらしい。




「なんか、あの人の話してたらイライラしてきた。」


「じゃあ、楽しい話しよ?」


そう言って話は俺の話になっていく。



「○○君は好きな人とかいないの?」


「えぇ......俺?」


「ふふっ、そうだよ」


川﨑さんだよ、そう言ってしまえたら楽なんだろうか。




「○○君......?」


「ご、ごめん......まぁいるけどないしょ。」


「え~桜には教えてよ!」


「まぁまぁ。」


少し笑いながらうまく躱す。



「じゃあ、その子とどこ行きたいとかあるの?」


「水族館とかかな」


「え?!桜も行きたい水族館あるの!」


確証は無いけど、優と行こうとしてた場所のような気がした。


それでも川﨑さんと行けるならどこでも良いと思ってしまう自分もいる。



すると川﨑さんが悪魔のような、天使のような提案をしてきた。


「○○君、一緒に行かない?」



「いいよ」


考えるより先に、言葉を発してしまった。


それがどんな事なのか分かっているのに。


川﨑さんの囁きは脳を支配していた。



「じゃあ、来週の土曜日に行こ?」



「いいよ、部活も無いから。」








その次の日から、少しフワフワしたテンションで学校生活を過ごした。



心なしか川﨑さんも前より笑顔が増えた気がする。



「○○、なんかいい事あった?」


咲月にもバレるくらい嬉しさが滲み出ていたみたい。

「なんもないよ」


「そう?久しぶりに上機嫌な○○だと思ったのに」


咲月と話していると、川﨑さんが目線を奪ってきた。


「○○君、見てこれ!」


「猫?可愛いじゃん」


「黒猫も白猫も可愛い~」



「ふふっ、そうだね」









そんな日々を過ごし、順調に迎えた土曜日。



俺は川﨑さんの最寄り駅まで迎えに行っていた。




「おまたせ!はやかったね、もしかして......楽しみにしてた?」


普段の制服とは違い、大人っぽい服に身を包んでいる川﨑さん。


少しいじわるな言い方で聞いてくる。


「うん、楽しみだったよ」


「桜も!はやく行こ!」




俺たちは電車を乗り継いで、水族館の最寄り駅へと向かった。




駅を降りてから、水族館へとまっすぐ進んでいる途中に先程伝えれなかったことを伝える。




「服、似合ってるね。」


「ありがと、○○君もかっこいいよ?」


かっこいい。


川﨑さんから放たれた言葉に顔があつくなる。


少し顔を背けると、どうやら逃がしてはくれないみたい。


「こういうの慣れてないんだ、可愛い~」


「......可愛いのはどっちだよ」


「え、桜のこと可愛いと思ってるの?!」


前のめりな川﨑さんに思わず出てしまった可愛いという言葉が恥ずかしい。


金木犀の香り纏った君が近づくだけで心臓が跳ねた。



「か、可愛いよ......」


「......ありがと」


あれだけ言われるのを待っていたような態度だったのに目を見て言うと川﨑さんも照れるみたい。



少しだけ気まずい空気感が流れたせいで、あっという間に水族館にたどり着いた。



「チケット買ってくるね。」


「あ、ちょっと......!」



少しは格好をつけようと予約していたチケットを受け取りに行く。


「高校生2人です。」



「はい、5000円です。」



お金を出して2人分のチケットを持ち、川﨑さんの所へ戻ると少し頬をふくらませていて怒っているようだった。


「○○君、桜は怒ってるよ?」


全く悪い子ことをした覚えが無く少し焦った。


「桜が行きたいって行ったんだからお金払わせて。」


「別にいいのに」


「桜が良くないの......!」


桜はチケット代渡してくると、その後すぐに笑顔になった。


「じゃあ楽しもうね!」


そう言って差し出された手。



握ってもいいものなのか、考えてる間に桜に手を取られてそのまま水族館を進んで行った。



女子と手を繋ぐなんて経験ははじめてで、変な汗が止まらない。




「○○君と手繋いでみたかったんだ~」


それでも川﨑さんの笑顔から、つられて笑顔を作れていた。







綺麗な光と海月のゾーンで写真を撮ったり、ぶどうジュースを飲んだり、イルカショーを見たり。



見る景色の全てに花が咲いたように明るさが感じられて、よりいっそう川﨑さんを思う気持ちが強くなっていった。


























「楽しかったね......!」



水族館を出てから駅までの道。



今帰ってしまったらもったいない気がして、勇気をだして誘ってみた。



「川﨑さん、行きたいところあるから着いてきてくれる?」



「実はね、桜もまだ一緒にいたかったの」


少しはにかんで言う川﨑さん。


電車に乗っている間も手は繋がれたままで心まで繋がっているようだった。





学校の最寄り駅に着いて、ゆっくりと坂をのぼる。



「ねぇ、どこに向かってるの?」


「まぁ着いてきてよ」



ちょっときつい位の階段を登って、高いところにある公園に着いた。



「ねぇここ?」


「少し奥まで行こっか」



少し歩いていくと日は沈み、タワーマンションなどの夜景が綺麗な景色が一望出来た。



「綺麗......」


「でしょ?川﨑さんにも俺のお気に入りの場所を知ってほしくて。」


「○○君......」


気がつけば夜景にどちらからともなく夢中になって手を離していた。




横を見れば川﨑さん綺麗な顔。


思わず後ろから小さい川﨑さんを抱きしめた。


「○○君......嬉しい......」


前に回した手を握りしめてくれて、とても愛おしくなる。


「ねぇ、川﨑さん。」


少し雰囲気を感じたのか、川﨑さんは先に口を開いた。



「はやいけど......言われたら嬉しいな......」


そんなことを言われて止まっていられるわけが無い。



「好きです......付き合ってください......」


緊張して声も少し震えている。



決して格好よくは無いけど、それでも思いを伝えた。



「私も......私も好きだよ......」


誰もいない夜景の見える公園で、はじめての彼女が出来た。




その後は帰るまでずっとくっついてて、しっかりと川﨑さんを家まで送り届けた。







家に帰っても余韻が冷めない。



風呂に入っても、ご飯を食べても、目を閉じても。



頭の中には川﨑さんがいて、手を繋いだ時の事やハグしたことを鮮明に思い出す。






週が明けて学校に行く時、たまたま川﨑さんと会った。


「おはよ!○○君!」


「おはよ、川﨑さん。」


学校への道を一緒に歩く際に少し決め事をした。




付き合っていること親しい人を除いては内緒にすること。



学校では仲良くしすぎないこと。



川﨑さんは別れてから1週間程で、すぐに付き合ったとなると悪い印象を持たれてしまうかもしれないから。





教室に着くと、咲月が元気に話しかけてくる。



「おはよー!2人で登校ー?」


少しニヤニヤしながら聞いてくる。


「○○君、咲月になら言ってもいいんじゃない?」


「そうだね、咲月。」


「なに?」


「俺たち、付き合ったんだ」


咲月はとても驚いたような顔を少し見せた後、すぐに笑顔になって喜んでいた。



「ほんと?!おめでと!!」


その場でぴょんぴょん跳ねて感情を露わにする咲月に川﨑さんも笑みがこぼれた。





「ありがと!これ内緒だからね?」


「うん!分かった!」




後から来た拓真にも同じ報告をし、いつも通りの授業を受ける。






授業中、後ろから肩を叩かれて少し振り返ると咲月から小さい手紙が回ってきた。


「おめでとう!はじめての彼女だからって理想を押し付けないように注意しなよ?笑」


内容を確認して後ろを振り返るとニヤニヤしていて少し腹が立つ。









その後は授業を受け終え、部活をしてから家に帰った。



夜には川﨑さんと電話をして、休日にはデートに行って。




そんな生活をしながら2週間程がたったある日。



俺はいつものように川﨑さんと夜電話をしていた。




「○○君、バイト疲れた......」



明らかにバイトの疲れ方とは違う、何かを抱えているような気がする。


「おつかれさま、会ってなんかしてあげたいよ」


「......してくれると嬉しいな~」



少し様子見で言ってみたことも反応は少し遅い。


そこからは静寂を作らないように話しかけ続けた。



......何かが起こってしまわないために。



「○○君、今日はよく喋るね?」


「そんな事ないよ」




話し続けるのにも限界がある。


朝食べたものの話や先程食べた桃の話まで。


おかしいくらいに会話を途切れさせないようにした。



でも、それも時間稼ぎに過ぎなかった。



「○○君......」


「......なに?」



止めたかった気持ちも聞きたくなかった気持ちも全部跳ね除けて、川﨑さんは言葉を発する。



「桜ね......○○君のこと好きじゃなくなっちゃったかも......」



当たってしまった妙な違和感に、言葉が詰まる。



少し鼻をすする音も聞こえる。


なんで川﨑さんが泣くのかは俺には分からない。



泣きたいのはこっちなのに。




「蛙化しちゃったの......だから別れよう......?」


「......わかった」



その一言を発した後、あんなに作らないようにしてた静寂が場を数分支配した。










いつまで経っても埒が明かないので、俺は意を決して切り出した。



「川﨑さん、そろそろ切ろっか」


「......うん」


「改めて......ありがとうね......」


「うん......桜も楽しかったよ......」


「じゃあ......おやすみ」


「おやすみ......」




電話か切れた後、少しずつ涙が溢れてきた。


なんで急に好きじゃなくなったのか、色々他にも思うところはあるけど。


もしかしたら良かった時の優に俺を重ねてたのかななんて悲観的になる。




雨が強くなる前に明かりを消して、俺はベッドに潜り込んだ。















                             ・・・


翌日、学校に行くと席に桜と拓真君の姿は無かった。

「拓真君は?」


「風邪だって」


「桜も体調あんまり良くないらしいから○○後で行ってあげなよ?」


私が言葉をかけても、○○はバツが悪そうにしていた。


「実は......別れたんだよね......」


「は?!なんで!」


「蛙化だって、まぁ仕方ないよ」


そう言う○○の目の奥はひどく悲しそうだった。


「こうしちゃいられない......桜のとこ行ってくる!」


「咲月?!」


朝の通学路を逆走して、私は桜の家まで走った。











桜の家のインターホンを押すと桜が出てきた。


「咲月......学校は?」


「桜こそ、大丈夫なの?」


見た感じは大丈夫そうじゃない。


「うん、とりあえず咲月が聞きたいこと話すから入ってよ」



そこにいつもの明るさは無く、目も少し腫れていた。


「おじゃまします......」


玄関の靴の少なさから桜しかいないのだと分かり、ほんの少し気が軽くなる。



誘導されて桜の部屋に入り、ベッドに腰かけさせてもらった。


「......なんで別れちゃったの?蛙化なんて嘘っぽいし......」



「私もこの判断が正しかったかなんて分からない......でもこのまま付き合ってたらお互いが幸せになれないんじゃないかなって......」


この時、桜が何を言っているのか私には分からなかった。


「どういうこと?」


「○○君のことは確かに好きだった......でも......この関係がバレてしまったら優は○○君に何かすると思って......」


「桜......」


「そしたら私は......」


「桜」


私は泣いてる桜を抱きしめた。


ゆっくり、時間をかけて桜を落ち着かせる。



「桜、頑張ったね」



桜の面倒を見終わって、そのまま学校に行くのもあれかと思いその日は家に帰った。













翌日、今度は拓真君が来ていて○○の姿が無かった。


「拓真君、○○は?」


「それが......」


拓真君が見せてきたメッセージの画面には○○から今日は行きたくない。と来ていた。


「○○がそんなこと言うなんて珍しい......」


「だよね、何かあったのかと思って。」


拓真君はいつもより真剣な表情で頼もしく見える。


「別れたことは聞いた?」


「うん、昨日は来てたって聞いたよ」


そんな話をしていると、廊下からヒソヒソ声が聞こえてきた。


「聞いた?○○のやつ、優と川﨑さん別れさせて自分が付き合おうとしてたらしいよ」


「まじ?人として終わってんな、そんなやつだと思わなかった」



私達は目を合わせて驚いた。


「ねぇ......今の......」


「優がなんか言いふらしてるのかも、情報集めてくるから菅原さんはここで待ってて。」



拓真君はそう言って知り合いの所へとそそくさ歩いていった。









少し経ってから戻ってくると、拓真君深刻そうな顔をしていた。




「......ちょっとやばいかも」



拓真君が言うには、優と桜を○○が別れさせて桜と付き合おうとした。○○は他にも女子を誑かしていて最低なやつだって。と広まっているらしい



「川﨑さんとのデートの写真も誰かに撮られてたっぽいよ」



「○○の所に行かなきゃ!」



「俺は学校に残って色々詳しく情報集めてみるから、○○のこと頼んだよ」

拓真君はひまわりのような笑顔で私を勇気づけてくれた。



「うん......!」



廊下を走っていると、池田先生とすれ違った。




「ちょっと菅原さん、どこに行くの?」




「○○のところです!」



「......ちょっと来て」




そう言って朝の始業前、空き教室に連れてこられた。




「なんですか、後にしてください!」



「大丈夫、○○のことだから」




池田先生は心配そうにこちらを見ていた。




「○○君の中学生の時のこと......咲月ちゃんはどこまで知ってる?」




私の記憶では、彼は元気で比較的明るかった。




「どこまでって......私が学校に行かなくなる前はよく知ってますけど......」


私が言うと池田先生はこちらをまっすぐ捉えて真剣な顔をした。



「咲月ちゃん、今から言うことはあなたにとってとても大切なこと。聞いてしまったらあなたは後悔するかもしれないけどどうする?」


話の流れ的に、○○のこと。




それからは目を背けられない。





「聞きます。」



「○○君はね、咲月ちゃんを助けたあとに......代わりにいじめにあっていたの」



「え......」


私はそれを聞いてひどく絶望した。



ヒーローだと思っていた○○には頼れる所がなかったんだと思うと自分の無力さに目頭が熱くなる。





「私もそれに昔は気づけなかったけど......今は違う、でも今○○君を助けてあげられるのは咲月ちゃんだけだと思うの」




「......はい」




私がそう言うと池田先生は私の頭をそっと撫でて、立ち上がった。





「よし、じゃあ任せたからね。私も放課後に家まで行くけどあなたが頼りだから。」





池田先生は教室へと歩いて行った。



















昨日と同じように学校を抜け出し、私は○○の家に向かった。







インターホンを鳴らすと、妹の奈央ちゃんが出てきた。


「あれ、奈央ちゃん学校は?」


「お兄ちゃんがこんななので......咲月ちゃん、お願いしますね」

「うん」


「あ、待って......!」


急な制止に思わず驚く。


「どうしたの?」



「お兄ちゃんがこういう感じなの、中学生以来だから......お兄ちゃんを助けてあげてください。」


「うん、行ってくる」



奈央ちゃんの後押しもあり、○○の部屋の前まで来た。


「○○、入るよ。」


「......うん」




○○は意外にもベッドに座って動画を見ていた。



「咲月、座りなよ」


「うん......昨日は大丈夫だった?」


分かっているのにこんなことを聞いてしまう自分が嫌いになる。


「まぁ......簡単に言えばいじめられたみたいな感じかな」


いじめ。


その言葉を受けて私は少し昔のことを思い出した。













                             ・・・


中学生の頃、私は今よりもっと活発で色んな人にところ構わず絡んでいた明るい子だった。



○○が言うにはクラスの男子はみんな咲月のこと好きとか言ってたけど、同じクラスの○○から言われたからその時は気にしていたっけ。




私のその性格が、後にいじめに繋がるなんてこの時は思ってもいなかった。





ある日、いつものように昼休みにお弁当を食べようとしていると女子の集団に呼び出された。



「なに?こんな人気のないところで」


「あんたさ、色んな人誑かしてビッチなの?」


「そうよ、私だって颯馬君のこと好きなのに!」



「ちょっと......!やめてよ!」


水をかけられたり、叩かれたり。




何日も誰にもみられないところでいじめられ、他の人に言うなと脅された。






そして私は学校に行かなくなった。





不登校になって1週間が経った頃、○○は私の家に来た。



「咲月、学校行こうよ」


「やだ......」


「おばさんも心配してるよ、あんなに元気だったのにって」



「○○に何が分かるの!出て行って!」



○○を部屋から追い出して、更に1週間が経つと○○はまた部屋にやってきた。



「咲月、学校怖い?」


「うん......」



「咲月のこと俺が守るから、行ってみない?」


「守ってくれる......?」



「絶対に守るよ!」



「ほんと?!よし行こ!」



そう言って私の手を引いてくれた彼はいじめてきた女子たちにガツンと言ってくれてその後いじめは無くなった。




今思えばそのあたりから○○のこと好きだったな。





あんなことになってただなんて思ってなかったけど......














「今度は私が○○のこと守るから......」


「それはだめ」



私の決意も○○にはすぐに却下されてしまった。



「でも......」


「咲月はいじめられたの怖かったでしょ?」



「うん」



「じゃあこれ以上俺に関わっちゃだめ」



○○のその一言で池田先生の言葉が思い出される。



「その......○○......中学生の時......」



私が言い淀んでいると○○はバツが悪そうな表情になった。


「......墓まで持っていこうと思ってたのに」


「......なんで言ってくれなかったの?」


私は少し怒っていた。



「咲月には言えないよ、咲月の代わりにいじめられてるなんて。」



もし逆の立場だったらと思うと、私も同じ選択をするかもしれない。



その気持ちが言葉を発せなくしていた。



「だからね、咲月には俺と同じになって欲しくないの。」


「でも......○○のことは誰が助けるの?」



「さぁ......でももう疲れちゃったな......楽になりたい」


「それはだめ!」


○○がいなくなるなんてそんなこと絶対にだめだ。


「でも、学校に居場所は無いよ」


「私が作る......!とは言えないけど......」


「私はずっと○○のそばに居るから」


私は○○の方を見たが、○○はこちらを見ているわけではなかった。


「私も学校行かない、○○といる。」



「は......?バカなの?」



「○○を助けられれば青春なんていらない」



「でも......」



私はまだこっちを向いてくれない○○の顔を掴み、こっちを向かせた。



「私の中でもう○○は......ただの幼なじみじゃないの」



「咲月......でも川﨑さんが......」



こんな時でさえ他人の心配。



○○は優しすぎる。



嫌いになったっておかしくないのに。



「桜には私以外にも友達いるけど、○○には私しかいないでしょ?」


「そんなこと......」



「そんなことあるの。てか、桜のこと嫌いになってないんだ」



「最初は嫌いになろうとしたよ......でも、確かに好きだった気持ちは本物だったから......」




「ふーん.....そっか。」




こんな状況でさえ桜に嫉妬してしまう自分が情けない。



私は○○から好きという感情を貰ったことがないから。




「やっぱり、咲月は学校に行って恋とか青春した方がいいよ。俺の事はいいからさ。」



こういうことを言われると、私の気持ちが伝わっていないことに少し腹が立つ。



「むぅ......」



心が壊れかけても、私にはこんなに優しく対応してくれる○○の事が心配でたまらない。



私はベッドに座っている○○の正面に立ち、彼を抱きしめた。



「苦しい時は気使わなくていいから.....私には弱いとこ見せてよ......」


「......」


○○は数秒黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。




「咲月......怖かった......ついこの間まで話してた人がみんな敵になったみたいで......」



「私はずっと味方だから、大丈夫だよ」



背中をトントンと優しく叩いて、○○の心の殻を少しずつ壊していく。



少しずつ○○の目からも涙が溢れてきて、私のワイシャツを濡らした。













長いこと○○をあやしていると○○のお腹がなった。


「落ち着いた?」


安心してくれてたのを少し実感して嬉しくなった。


「少しは......ごめんね、シャツ濡らしちゃって.....」


「そんなこと気にしないの、それよりお腹空いたでしょ、お昼作ってあげるね」



そう言って部屋を出ようとすると○○に手を掴まれる。



「○○?」



「今はひとりにして欲しくないなーなんて......」



○○がようやく私を頼ってくれた気がして、途端に私の心が跳ね上がる。



「もう......じゃあ一緒に行こ?」



手を繋いで○○の部屋を出てキッチンへ向かうと、奈央ちゃんが寄って来た。



「お兄ちゃん......って......咲月ちゃんと付き合ったの?」


奈央ちゃんは驚いたような、嬉しそうな表情をしている。


「付き合ってないよ、でも咲月がそばに居てくれるっていうから離れないようにしてるだけ。」



「ふーん」


ニヤニヤする奈央ちゃんに、こちらまで恥ずかしくなる。


○○もしっかり顔を赤くしていて嬉しかった。



キッチンに行くと、○○は後ろから抱きつく形になる。



「咲月ちゃん、私も手伝おうか?」


「ありがと、○○がくっついてるから手伝ってくれると助かるよ」


少し笑いながら言うと○○の抱きつく力が少し弱まった。



「いいよ、さっきのままで」


「......邪魔じゃない?」



「邪魔なわけないでしょ、○○のこと好きなんだから」



「え......」




不意に出てしまった好きという言葉。


色々なことがあったせいで伝えた気になってしまったからか、急に顔が熱くなる。



「わ、忘れて......」



「う、うん......」




少し自分を落ち着かせてハクサイを切り、豚バラと炒めて味付けをする。



奈央ちゃんにはサラダを手伝って貰い、昼ごはんを完成させた。



「あんまり自身はないけど......どうぞ」


「いただきます......ん、美味しい。」


その言葉に一安心し、私もも箸を進めた。










食事後にひと段落し、私たちは○○の部屋へと戻ってきていた。



「咲月......ほんとにそばに居てくれるの......?」

長袖に隠れた痣を撫でながら言う○○。


「信じられないなら......ん......」



私は○○の頬に軽く口付けをした。



「これでも信じられない?」



「し、信じます......」




顔を真っ赤にする○○とそれを見て笑う私。







辺りは夏の陽気に包まれているけれど、2人の周りには春のようなあたたかさが流れている。





散ってしまった道路の桜も、心做しか見守っているように優しく揺れていた......。











fin......



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