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ウタタネめらんこりっく


「んぅ......。」


カーテンの隙間から朝日が差し込み、今日もまた太陽と無理やり目を合わせてしまう。


漠然と目は冴えていて体を倦怠感が巡る。


「はぁ......」


吐き出されたため息とともに7時15分を告げるアラームがけたたましく響く。


もう朝だというのはわかっているのに、今一度朝だということを再確認させられてしまう。


「もう朝じゃん......」


その不快な音を止める。




静寂___。




頭の中にはまだ不快な音が余韻を残す。



支配された頭が少しでも晴れるように、私は階段を降りて洗面所へと向かった。


顔を洗い鏡で自分の顔を見ると、いつものひどいクマ。


「うまく隠せるかな......」


オレンジ系のコンシーラーでクマを隠し、いつものメイク道具達でもう1人の私を作り上げる。


両親はもう家におらず、朝ご飯だけがキッチンに用意されている。


それを温めて食卓に着いた。



ご飯を食べ終わろうかという所で携帯が震える。



『おはよう、起きてる?』


○○からのメッセージ。


『起きてるよ!心配しなくても寝坊なんてしないって!』


文字にはそぐわない表情で連絡を返し、画面を伏せた。




出発前、もう一度鏡の前へと向かう。


両方の人差し指で口角を上げて、笑顔を作る。


だめだ、この目元は私らしくない。


目の周りの筋肉をほぐし、もう一度口角をあげる。



大丈夫、笑えてる。


私になれた所で家を出る。


鬱屈とした気持ちを取り繕うために笑顔を貼り付けて。


家を出ると○○が家の前で待っていた。


「おっはよー!」


私の声が地下道の中みたいにわんわんと私の中に響いた。

「おはよう。今日も元気だね」


「元気が私の取り柄だからね!」


並んで歩く通学路。


○○の隣は安心するのと同時に焦燥も感じる。



○○からの視線は、本当の私を見抜かれてしまっているような気がするから。




学校に着くと、不安はさらに大きくなっていく。


「おはよ、○○くん」


「おはよ、今日って部活どこだっけ?」


「弓道場だよ、遅刻しないでね?」


「しないよ。」


笑顔で受け答えする2人。


○○は弓道部で同じ部活には和ちゃん。


学年一かわいいと言われる高嶺の花。


クラスも同じで、○○とは仲が良い。




「○○君、中西先輩が探してたよ。」


「書類の件かな、ありがと。」




○○は生徒会にも入っていて生徒会の先輩には中西アルノさん。


よくは知らないけど、綺麗な人。


○○もテスト前になると先輩から勉強を教えてもらうこともあるって言っていた。



「昨日の彩ちゃんのストーリー見た?」


「ほんと可愛いよね......。」




クラスの女子たちからもこんな声が聞こえる。


後輩には小川彩ちゃん。


たまに見るけど、愛嬌があってかわいい子。


何事にも一生懸命で、努力家で。


○○も後輩の中だったら特別可愛がってる気がする。


みんな私なんかとは違って、○○の傍にいる資格がある。


私は何がある?



私は幼馴染っていうだけ。



元気なことが取り柄なだけの、ただの幼馴染。



たまたま家が近くで、たまたま年が近くで、たまたま○○と過ごす時間が多かっただけ。


それが無ければ、○○の傍になんて居られないんじゃないか。


いつか、そんな子たちのところに○○が行ってしまって、私の隣から居なくなってしまうんじゃないか。


そんな未来を想像して、また気分が落ち込む。








次の日の朝。


七時二十分のアラーム。


元々冴えていた目を無機質な音によって覚醒させられる。


何も変わらない日常。


○○が迎えに来る。







またその次の朝。


七時二十五分のアラーム。


冴えていた目を無機質な音に覚醒させられる。


何も変わらない日常。


○○は今日も迎えに来る。





またその次の朝。


七時半のアラーム。


ベッドに潜ってはいるが、じっと針が動くのを一晩中見つめている。


だけど、針の音がうるさくてずっと耳をふさいでいた。






翌日。


七時四十五分のアラーム。


今日は球技大会。


昔はこの手のイベントも心から楽しめていたのに。

いつからか、気だるさの方が上回ってしまっていた。



ベッドから起き上がれない。


布団をかぶって、もうこのまま朝が通り過ぎてしまえばいいのにと思う。


そんなタイミングで、○○からの連絡。


『おはよう、今日の球技大会頑張ろうな』


通知は見るけど、そのまま時間だけが過ぎていく。


しばらくして、遅刻ギリギリになって○○が私の部屋のドアをノックする。


「咲月、起きてる?」


「......起きてるよ。」


意を決してベッドから出る。


今日も笑顔を張りつけて、部屋を出る。


私を隠して私らしく。







球技大会一日目。


○○の出ているサッカーの試合の応援に私は来ていた。


やっぱり部活に入ってるだけあって○○は素人目から見ても上手。


ほら、今も味方を上手く動かしてボールをいい位置で貰った。


あ、蹴った。


○○が蹴ったボールはゴールに突き刺さり、真っ先に私を指さして眩しすぎる笑顔を向けてくる。


私なりの笑顔で応え、拳を○○に向かって突き出す。


「○○君と咲月ちゃんってほんとに仲いいよね。」


隣に座っていた和ちゃんが話しかけてきた。


「幼馴染だから......」


「やっぱりそうだよね。ずっと一緒なんだもんね。」


「うん......」


「......私は、咲月ちゃんが羨ましい。」


和は視線は私をかすめて、○○を向いている。


「さっきの、誰も何も言わなくたって咲月ちゃんに向けてだってわかるもん。それだけ、○○君が咲月ちゃんと過ごしてきた時間の濃さが透けてくるよ」



そうだよ。



私には、それしかないんだよ。


私には時間しかないっていうのが私の思い過ごしなんかじゃなくて、事実なんだと突きつけられた。






球技大会の一日目が終わり、帰りの時間。


「咲月、部活で片付けがあるから先帰ってて?」


「うん、頑張ってね!」


○○と別れ一人になり、笑顔が剥がれ落ちる。


頭の中には和に突きつけられた事実が乱反射している。



帰り道を歩いてる途中、前を歩く人を見てイヤホンを忘れたことに気づいた。



「......」


私は歩いてきた道を慌てて引き返す。


妙に胸騒ぎがした。


それはまるで、余計なことなんかしないで早く家に帰れって言わてるみたいで。


その胸騒ぎの正体。


教室に近づくと話し声が聞こえてきて、それが誰のものなのか私はすぐに分かってしまった。



恐る恐る中を覗くと、中には○○と和がいる。



「ねぇ、○○君。」


「なんだよ、急に改まって。」


「私、○○君の事が好き......。」



私はその一言を聞いた途端にイヤホンのことなんかどうでも良くなった。


やっぱり私には○○と過ごしたちょっぴり長い時間だけ。


私にとっての特別は彼にとっての特別じゃない。


内側から握りつぶされたような感覚が深く刻まれる。


涙すら流すことさえできない。


私は返事を聞くことなく帰路へと駆け出した。








球技大会二日目。


私はバスケの試合に出ていた。


寝不足のためか、頭が働かない。


「咲月ちゃん!」


味方からのパス。


うまく対応出来なかった咲月の頭にボールは直撃してしまった。



「咲月ちゃん!!!大丈夫!?」


心配するクラスメイトの声を遠くに聞きながら、私の意識はそっと暗闇に落ちた。








                             ・・・




放課後。


今日は月曜日だから○○は部活がない日。


いつもの場所で○○を待つため、下駄箱へと向かった。


靴を履き替えようとした所で話し声が聞こえる。



「○○君、今日帰りどこ行く?」


「うーん、喫茶店とかかな。」


下駄箱では○○と和が話していた。


「朝も学校一緒に行こうよ!」


「確かに、彼女と学校行く方が咲月と行くより楽しそう。」


心が崩れ落ちるようなそんな音がする。


私は逃げ出そうとしたけど、2人と鉢合わせてしまった。


「咲月じゃん、見たらわかるかもしれないけど邪魔しないでくれる?」


そう言って和ちゃんと並んで楽しそうに遠くへ歩いて行ってしまう○○。




待って。


待ってってば。


追いかける私の声は○○には届かない。


走っても走っても追いつけない。


なんでこんなことになるの?


なんで遠くに行っちゃうの?


いや、違う。



全部、私が悪いんだ。



「○○......」



勝手に愛した、私が悪いんだ。





                            ・・・


嫌な汗をかいている。


ここは保健室でさっきのことは夢だったみたい。


もうすでに夕方でベッドの傍らには窓の外を見ている○○が座っていた。


「あ、起きた。」


「○○......」


「バスケの試合で倒れたって聞いたけど、大丈夫?」


そう言いながら頭を冷やしている氷を変えてくれた。


「いや~ドジっちゃって」


「まぁ、ぐっすり眠れるいい機会になったじゃない?」


「え......?」


「最近、若干クマがあったように思えたからさ。」


「俺の思い違いかもだけど。」


○○がそれを言った途端。


何かが食道をせりあがってくるような感覚。


貼り付けていた笑顔が剥がれていってしまうような感覚。


嫌にべたべたとした汗が噴き出してくる。


「俺今日は部活休んで咲月と帰るから、とりあえず咲月の荷物持ってくるね。」


そう言って○○は教室へと向かった。



扉が閉まった瞬間、私の体が私のじゃないみたいに呼吸が荒くなる。




「はぁ......はぁ......はぁ......」


どうにかして深く息を吸って、吐く。


何回か深呼吸を繰り返し、指で口角を上げる。


「あれ...」


しかし、指が震えて言うことを聞かない。


それでも無理やり笑顔を作る。




すると扉が開いて○○が戻ってきた。


「咲月、帰れる?」


「うん」



帰り道、たわいも無い話をしながら歩く。


「バスケ、あの後負けちゃったんだってよ。」


「そうなんだ、私がいなくなったからかな?」


「そんなわけないでしょ」


私の家まで○○は着いてきてくれた。


「疲れもあると思うから、早く寝ろよ~」


○○の背中が小さくなるまで手を振って見送る。


あれ。


自分の顔を触った時の違和感。



私、今笑えてた?





「○○の前では笑ってなくちゃ。」




鏡に映った午前八時。


私は薄くなっていく星空を眺めていた。


綺麗な星空とは裏腹に、私の中は夜の闇と共に不安や悩みで満たされていく。



何をしたいわけでもなく、徐々に夜が明けていくのをベッドに座りながら見ていた。






朝が来て、七時五十分のアラームが鳴る。


アラームを聞いてすぐ、朝ご飯も食べずに最低限の身だしなみを整えて家を出た。


いつも待ち合わせしてる○○も、今日は何となく朝から会いたくない。


何となく、じゃないことは分かってるけど。








「咲月......!」


道中で○○が走って私に追いついてきた。


「なんで先行っちゃうんだよ」


「だって、井上さんに告白されたんでしょ?」


「え?!なんで知ってんだよ......?!」


「あ......と、友達が言ってて!」


「......断ったよ」




なんで断ったの、とは聞けなくてその後無言のまま学校へ向かった。





教室に入ると和と目が合う。


でも、和はすぐに目線を下に逸らしてしまった。




放課後、今日は部活がないらしく、昨日振りの○○との帰り道。


私の家の前に着くまでは不思議なくらいに中身の内容なそんな話。


家の前に着いて、西日に照らされる私たち。


いつもなら私を送ったらすぐ帰るはずの○○。


だけど今日は中々帰らない。


何かを言おうとして飲み込んでいる様子が伺えた。

「......どうしたの?」


聞くつもりは無かったのに出てしまった言葉。


「俺......咲月のこと好きなんだ。」


○○は私を好き。


そんな言葉が私を安心させ、私の内側を掴んでいた何かがいなくなる。


途端に全身の力が抜ける。


○○が自分を好きでいてくれた。


自分を好きでいてくれる○○なら、もうどこにも行かない。


そして徐々に喜びが込上げる。


しかしそれと同時に不安も感じる。


○○と付き合うということは、幼馴染という境界がぼやけて自分を守っていた壁が薄くなるという事。


本当の自分を知られてしまうかもしれない。


恐怖。



そしてそんなことを考えしまった自分の汚さ。



その2つから逃げるように返事もしないで私は自分の家へと逃げ込んでしまった。





布団に潜り込んで考える。


間違いなく幸せなはずで、間違いなく嬉しいこと。


だけど、○○が本当の自分を知ってしまったら?


その時は幼馴染どころか、友達ですらいられなくなってしまうかもしれない。




○○との大切な日々が壊れてなくなってしまうかもしれない。




うんと、一言頷けば幸せになれるかも。


うんと、一言頷いてしまったら、醜い自分がバレてしまうかも。


自分をさらけ出すのが怖い。



時計の針の音がうるさい。



無音がうるさい。



もう耳をふさいでしまいたい。


目を閉じてしまいたい。





何も考えたくない。








翌朝。


八時のアラーム。


私は布団の中に潜り込んだまま。


けたたましいアラームの音が部屋に響く。


止めるのも億劫。


心のひびが次第に広がっていく感覚。


ノイズが鳴り止まない頭の中。



刹那。


止めてもいない目覚まし時計が止まる。



「咲月、遅刻するぞ」


○○の声。


でも、私は何も言えない。


「顔見せてよ。」


言われるがままに私は布団から出て少し上体を起こす。



笑顔が貼り付いていないことはわかっている。


○○にとっての私らしさは微塵もない。


本当の私。


だけど、○○は優しい笑顔で私の目線を捉えた。


そんな○○の表情からか、咲月の頬には涙が顔を出す。




「これは......その......欠伸しすぎちゃって......」



そんな私を○○は優しく抱きしめてくれた。


○○の胸の中に私はすっぽり収まる。



「ごめん。俺のせいで咲月に無理させた」



「そんなことない。私は○○の気持ちが嬉しかった」


「だけど......ほんとの私を知られるのが怖い......」


「教えてよ、俺の知らない咲月のこと」


「○○が思ってるほどきれいじゃないよ」


「関係ないよ」


私は手で涙を隠すことを止め、○○に腕を回して赤子のように泣いた。






涙が枯れる頃にはもう九時半。



「ごめんね、遅刻になっちゃったね」


「学校なんていいよ。それよりさ、ちょっと散歩に行こうよ」


軽い私服に着替えて、外に出る。


朝とも昼とも言えない匂い。


普段は通勤、通学で騒がしい道もこの時間は穏やか。


「昨日の返事さ......」


「いいよ、無理して返事なんてしなくても」


「ううん、ちゃんと応えたい。けど、まだその自信が無いから......。」


「ゆっくり、見つけてもいいかな?」


「うん。ゆっくり一緒に見つけよっか。」





強い人でありたい。



それは私の中で変わっていないけど。



「弱くて苦しいのに、笑って誤魔化すことしか出来ないのは分かってる。」



「余計なおせっかいかもしれないけど、咲月が思ってるより咲月の事大切にしたい。」




ちゃんと○○が伝えてくれたんだ。




私も少しずつ伝えていかないとな。


空は太陽が1番高い位置。


2人を照らすあたたかい光は影を伸ばすことは無かった。

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