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油と水、香料。

かつて、食品会社で開発業務にあたっていた。今から25年ぐらい前の話である。

農学部で食品微生物を専攻していた大学4年の時、OBが業務PRで研究室を訪ねてきた。彼らが勤務していたのは、いわゆる乳化剤や安定剤、香料といった加工品を作る上では欠かせない添加物を製造販売している、一般の人には知られていないが食品メーカー界隈では有名な会社だった。

「香料がなければ、何を食べているのかわからなくなります。美味しいと思って食べてるゼリーだって、香料がはいらなければなに食べてるかわからなくなりますよ。試しに鼻つまんで食べてみてください」という話を聞いた。実際に家に帰って試したように記憶している。鼻をつまんで食べてみたら、ゼリーが甘いということはわかるが、口の中でやわらかくブニブニしたものにすぎなかった。においとかかおりとか、嗅覚という感覚に興味が湧いた。

卒業後に私が入社したのは乳製品メーカーであったが、そこで作られているものは水と油を乳化剤でくっつけた人工の乳製品だった。油と水と乳化剤だけだと、プラスチックって食べたらこんななんだろうなという味がした。しかし、そこに香料が加わると食べられる物に変わる。食品を開発しているという感覚はあまりなかったように思う。どうしたら食べられるものに変わるかという実験だった。

とにかく、においがもたらすことの影響に大いに興味が湧いた。今思うと、もっと香料で遊んでおけばよかったと思う。業務用だと1キロ単位で仕入れる香料瓶は、そのまま嗅ぐととても強い。特に乳製品に加える香料だと実に有機的。乳臭いという言葉は体臭を表現するのに使われることもあるが、乳製品に使う香料は確かにそう言える。直接嗅ぐと強烈だが、ほんのわずか入れるだけでくさい油と水をあわせたものが乳の匂いになる。

勤めて3年が過ぎた頃だったと思う。コーヒーに香りをつけたフレーバーコーヒーというものが少しばかり脚光を浴びた。そのフレーバーコーヒー用のシロップを開発するように依頼を受けた。ちょうどアロマテラピーが日本でもちらほらと紹介され始めた頃だったと思う。アロマテラピーについて書かれた資料もいろいろ探して読んだ。香りと記憶の関わりが特に印象に残った。

コーヒーに加えるフレーバーといえばオーソドックスなところで、ナッツ系やスパイス系。オレンジなども試したような記憶がある。フレーバー三種が商品化されたが、そもそも誰が買うんだというマーケティングも十分に練られないまま商品化が進み、営業の人たちとは最初から最後まで話がまるでかみ合わず、実に萎えるパッケージを提示され、絶対売れないと思ったら案の定だった。当時の商品開発は時流にさえ乗っていればそれでよかった。世間ではこれがはやっているから、そこに乗っかろうという感じ。自分でつくりたいものなどなにもなかった。その後、神戸で震災があり、私自身もメンタルを崩した。6年半勤めて、辞めた。

それでも、製造の裏側が見られたことは今思い返してもおもしろい経験だ。作るという工程には変わりがない。私は製造ラインを見ているのが好きだった。

製造工程ででる廃液や製品にならなかった乳様液はそのままでは社外に排出できないので、分解が必要だった。工場の裏にその浄化槽が並び、その一帯には腐臭が立ち込めていた。会社勤めをしていた時のことを思い出すと、その匂いも思いだす。

大学を出て、何も教わらないまま傍若無人な態度で社会人ぶっていたもんだと今振り返ると思う。社会人ごっこをしていた。あんな仕事ぶりで毎月それなりにお給料が出ていたことに今更ながら驚く。とはいえ、会社員には戻りたくないものだけれど。

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