自業自得

友達の地元で飲んだ。地元には何回か行っているので、彼女の友達とはもう何人か顔見知りだったりするが、お互いによく話題に出てくるので存在は知っているのに、なかなかタイミングが合わず会うことができずにいたAちゃんとついに会えた。Aちゃんは旦那さんと8歳になる我が子を連れてきて、まず子供の大きさに驚いた。自分が結婚適齢期(この言葉ももう死語になりつつある気がするが)にきちんと結婚し、子供を産んでいたら、このくらいの子がいても全然おかしくないんだなあ、と思うと、自分の普段の生活と、目の前にいる同年代のAちゃんの生活を想像し、その差に軽く眩暈を覚える。ハタチの頃と体力は違うものの、その頃には社会人としてもう働いていたし、結婚や出産というライフイベントを未だ経験していない私は、あの頃とさして変わらない毎日を送っている。自分が普段遊ぶ子はほとんど独身ばかりだし、こうしてきちんと、家庭を築いている同年代の人を目の前にすると普段ぼやけている自分の現実に気づかされて、愕然としてしまう。私の友人の中にも結婚して出産している友達はいるが、子供がまだ赤ちゃんだったり、大きくても3つか4つなので、会ってもちゃんとした会話はできないし、だからこそ、Aちゃんの子供はとても大きいように感じた。Aちゃん家族はAちゃんの実家に3世代同居しているという、現代では珍しく仲の良い家族である。毎日、親子3人で一緒にお風呂に入るらしく、Aちゃん自身も子供のころ、お父さんとお母さんと弟と、家族全員でお風呂に入っていたから、それが当たり前の感覚なのだという。Aちゃんの子供であるKちゃんはフラダンスを習っていて、将来はフラダンサーになりたいんだそう。Aちゃんの夢は大きくなってプロのフラダンサーになったKちゃんと親子でフラダンスを踊ること。まるで絵に描いたような幸せ家族に「こんな家族ってドラマの中だけじゃなく、現実の世界に実在するんだ」と顔には出さなかったが内心、驚嘆していた。近い将来、自分が母となってこんな素敵な家族を築くことができるのかと思うと、全くもって自信がない。Kちゃんは、家族からの愛情を一身に受けてすくすくと育っており、当たり前だが肌も髪も目も、眩しいくらいに美しい。「〇〇って知ってる?」と私に質問し、「知らなーい」と答えるとKちゃんはAちゃんのスマホを持って、私にその〇〇という面白い動画を見せてくれようと、対面に座っていた席から移動して、私の隣に来た。近くで見ても、毛穴ひとつない水分たっぷりの肌。髪の毛も見るからに柔らかそうで、何よりも瞳が澄んでいる。まるで汚いものなど一度も見たことがないかのようだ。こんなに美しい彼女の目に、私はどんな風に映っているんだろうと一瞬顔を覆って隠してしまいたい衝動に駆られた。そんな私の気持ちには全く気付かずに、一生懸命、動画の説明をしてくれるKちゃん。動画が終わると同じシリーズの違う回を探して見せようとしてくれる。初対面の私を楽しませようとこの小さな女の子が気を遣ってくれているんだと思うと抱きしめたくなってしまうが、あまりにキレイ過ぎる存在に触れることはやはり出来なかった。動画も終わり、Kちゃんが元の席に戻ると、話題は私と友達に「いい人はいないのか」というものに変わった。友達は半年以上前に唐突に音信普通になった男をいまだ引きずっており、私は現在何もない。「34歳はまだ若い」とAちゃんは慰めてくれるけれど、あまりリアルには響かない。Aちゃんのように35歳で8歳の子供のママなら、「若い」と言えるだろう。しかし独身の34歳は決して「若く」はないはずだ。明日、フラダンスの発表会があるからと言って、Aちゃん家族がその場を去った後、アルコールが回って少し眠そうな友達としばしそんな話をした。ママにはママの、独身女にはわからない悩みがきっとある。だけど私たちはそこに辿り着いていないし、辿り着けるのかさえも不明で、最早そこに行きたいのかどこに行きたいのかもわからず、今日も誰もいない家に一人で帰って一人で眠る。その生活は気楽で自由でもあるが、不安で孤独でもある。帰りの最終電車に揺られながら、ぼんやりと、Aちゃんの言葉を思い出していた。「ママ友との間で嫌なこととかあっても、私にはこの人がいるって思えるから心強い。いっぱい細かい部分でイライラしたりどうして何回も同じこと言わせるの、とかあるけど、何があってもこの人は私の味方でいてくれるんだって信頼があるから、結婚してよかったと思う」。心を、射抜かれた。私の一番欲しいものを、Aちゃんは数年前から持っている。心底、羨ましいと思った。私は今まで、付き合った人をそこまで信じられたことがあっただろうかと過去の恋愛を振り返る。疑うことはあっても、そんな風に相手を心から信頼したことはなかったのではないかと思って電車の窓から見える真っ暗闇に自分の現在を重ね、余計に落ち込む。電車の窓に映る自分の顔は、重力に逆らえなくて弛んだフェースラインとほうれい線が目立って「お前はもう若くない」と自覚している残酷な現実を容赦なく叩きつけてくる。今までの恋愛で、愛されないことがつらいと思ってきたけれど、本当は自分が誰のことも愛することができない人間なのかもしれないと思うと、アルコールで重たくなった足元が、泥水に嵌ったみたいに、ぬかるみへずぶずぶ引きずりこまれていくような錯覚を起こし、思わず目を強く瞑った。
ー完ー

2019.08.16

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