キンマク!(仮)第1話「入部テスト」

・ジュニアMCバトル山口県大会会場
優勝が決まる決勝戦。最後の2小節をラップする松田右京。

右京「松田右京 主役の登場 ぜってぇ勝ち取る初優勝」

湧き上がる会場のお客さん。3人の審査員の札が上がる。2対1で松田右京の勝利が決まる。

ホストMC「ジュニアMCバトル山口県大会!優勝は松田右京くん!」

大きくガッツポーズをする松田右京

・松田家・右京の部屋(朝)
ベッドで眠ったままガッツポーズをする松田右京。目覚まし時計が鳴り響いている。

右京「(寝ぼけながら)ついになったぜ…県代表 さらに超えてく…限界を」
松田の母・モノローグ「(若干引き気味で)この子、寝ながらラップしてる」
松田の母「(布団を引き剥がしながら)ちょっとあんた何時だと思ってんの!入学して早々遅刻なんてみっともないわよ!」
右京「(目覚まし時計を見て)うわやば!」

急いで身支度をする松田右京。部屋の中にはジュニアMCバトル山口県大会で優勝した時の写真とトロフィーが置いてある。他にも有名ラッパー・Mr.パパダダのサイン入りアナログ盤や机の上に簡易のマイクスタンドも置いてある。

・電車内(朝)
松田右京は電車通学。途中の駅に電車が停車し、友人の矢野信吾が乗り込んで来る。

信吾「おっはー」
右京「(有線イヤホンを外しながら)おはよう」
信吾「右京ちゃん、気合い入ってるね。今日だっけ?入部テスト」
右京「ああ、今ゾーンに入ってるところ。集中だよ集中」
信吾「さすがジュニアMCバトル優勝した人は言うこと違うね。でも、その後の西日本ブロック大会、1回戦負けだったね」
右京「(悔しそうな表情で)それを言うな。負けたの、お前のせいでもあるんだからな」
信吾「なんで俺のせいなんだよ!?」
右京「お前がバトルの練習付きあってくれないのも原因だからな」
信吾「はぁ?だから言ったでしょ。俺はラップ卒業なの。ジュニアん時、お前優勝だけど俺は予選落ちよ。感じたね〜俺には才能ねえって」
右京「だからそれも練習すれば上手くなるって。マジで今からでも遅くない。信吾も競技ラップ部に入れよ。一緒に全国目指そうぜ!」
信吾「いやいや無理無理〜」

次の駅に停車し、ドアが開く。同じクラスの新村星子が同じ車両の一つ離れたドアから入ってくる。新村星子は無線ヘッドホンをしている。カバンには金マイクのキーホルダーを付けている。

信吾「俺はさ競技ラップ部みたいな男くさ〜い部活には行かないの。高校デビューして(新村星子の方を見ながら)かわいい女子といっぱい遊んで青春しまくるの!それが俺の計画!」
右京「知らねーよ」
信吾「右京ちゃん、ラッパーはモテないぞ」
右京「うっせーな、モテる為にやってないよ」
信吾「じゃ何の為にラップするんだよ」

・回想シーン
右京、少し考え込む。一瞬、回想シーンが入る。
右京が小学生の頃、テレビのラップバトルを見て感銘を受けている様子。小学校のクラスで男子とサイファーの真似事をする様子。中学生の右京がMr.パパダダにサインをお願いする様子。

・電車内(朝)
右京「(ポツリと)それは…」

気が付くと、新村星子と(見た目がすごいギャルの)夏木愛華が談笑している。

信吾「佐藤ヶ丘高校七不思議の一つ」
右京「ん?」
信吾「なぜあの清楚な新村さんと夏木愛華が友達なんだ!?地元が一緒とか?でも乗る駅は違うよな。もしかして新村さんも意外と中身はギャルなのか?実は結構遊んでるとか!?うわー!」
右京「信吾…落ち着け」
車内アナウンスのAI音声「まもなく佐藤ヶ丘高校前、佐藤ヶ丘高校前。1番線に到着致します。お出口は右側です」
右京「駅着いたぞ」

ドアが開き、降車しようとする右京と信吾。すると、愛華の怒鳴り声が聞こえる。

愛華「おい、おっさん!スマホ出せよ!」

ざわめく車内。

愛華「お前、人のパンツ盗み見てんじゃねーぞ!ほらさっさとスマホ出せよ!ちょっとこの人痴漢ですよ」
おっさん「何言ってんだ!お前。冤罪だぞ!冤罪!」

思わず駆け寄ろうとする信吾。その信吾の腕を引っ張り、降車する右京。

右京「やめとけ。俺らが行ったところで何の役にも立た…」

降車する瞬間。真っ直ぐこちらを見つめる新村星子と目が合う右京。ハッとした表情する右京。
次のシーンでは、既に降車している右京と信吾。車内に星子、愛華、おっさんを乗せたまま出発する電車。

信吾「(怒りながら)何してんだよ!行っちゃったじゃねぇか」
右京「(少し動揺しながら)いやだから、俺らが行ったところで…見たって証拠もないし、冤罪の可能性もあるし」
信吾「右京ちゃんは冷たいねぇ。そんなに入部テストが大事かね」
右京「は?何で?」
信吾「おい、親友なめんなよ。分かるんだよ。右京ちゃんってさ、大事なバトルの前はいつもこう(両手を真っ直ぐ立て前に伸ばすジェスチャー)バトル以外のことは全部シャットダウンして、バトルだけに全集中。今もそう」
右京「(言い当てられ不機嫌な表情)」
信吾「あ、図星だ」
右京「…信吾、お前、俺のことちゃん付で呼ぶ時、ちょっとバカにしてんだろ。それやめろ」
信吾「…え、バレてた」
右京「おい、親友なめんなよ。分かるんだよ」

信吾と右京、少し笑って、二人だけのハンドシェイクをする。

信吾「でもさ、入部テストって言っても、どうせ全員合格なんでしょ。聞いたぜ、うちの競技ラップ部って去年新設されたばっかりなのに、もう部員不足なんだってよ」
右京「(驚いた表情で)え」

・佐藤ヶ丘高校 職員室(朝)
教頭先生「だからこそ部員を増やすことが必要なのです。せっかく補助金目当てで新設した競技ラップ部をこのまま学校のお荷物にするか、金のなる木にするかは栗栖先生、あなたにかかってるのです」
栗栖はじめ「はい、教頭先生。善処いたします」
教頭「(ため息)はぁ〜栗栖先生、あなたにはバイブスが感じられない。あなた本当にラッパーなんですか?」
栗栖「あ、元です。元ラッパー」
教頭「どっちでもいいですよ。Mr.パパダダからの推薦もあって、あなたを採用したんです。ちゃんと結果を出してください。(去年の県大会準優勝、銀マイクのトロフィーを指差し)金じゃないと意味がないんです。競技ラップ部を最強にするのがあなたの仕事です。頼みますよ」
栗栖「東京から地元に戻ってくすぶっていた私を採用してくれた事には感謝申し上げます。ですが教頭、僭越ながら申し上げると“最強”という言葉はいささか強引かと。ラップバトルの世界においては、スタイルウォーズという言葉があるようにラッパー同士の相性、ビートとの相性、審査員との相性、当日の会場の空気などが複雑に絡み合い試合結果を左右するのです。特にラッパー同士の相性については一強など存在せず、いわゆるジャンケン・グーチョキパーのような三すくみの図式が成り立つケースがしばしば見受けられます。競技記録のような絶対評価ではなく、相対評価こそが競技ラップの肝であり、面白いところなんです。ですので私はいわゆる強いラップを目指すよりも、生徒個人の特色を打ち出したラップの方が部全体の多様性にもつながり、結果としての勝利に至るのではないかと考えております。つきましては…」
教頭「栗栖先生!私に講釈を垂れるおつもりですか!」
栗栖「…すみません」

・佐藤ヶ丘高校 1年B組教室
歴史の先生「1973年8月11日、ニューヨーク、ウエストブロンクスにて…」

歴史の授業中に遅れてきた星子と愛華が入室してくる。

歴史の先生「おう二人のことは聞いてる。早く席に着きなさい」

その後に堂々と遅れて入室する八井須加太。ざわめく教室。

歴史の先生「おい!ちょっと待て。八井、お前なに堂々と遅刻してきてんだ。訳を言いなさい」
須加太「船乗り遅れちゃって。すみません」
歴史の先生「お前なぁ、島通いが大変なのは分かるが、電車と違って船は本数少ないんだぞ。一本乗り遅れるだけで、遅刻決定なんだから気をつけろよ」
須加太「便です」
歴史の先生「ん?なに?」
須加太「だから便です。船は本数じゃなくて便数」

クスクス笑う教室の生徒たち

歴史の先生「細かいことはいいんだよ!それが遅刻してきたやつのセリフか。じゃあ八井、この問題、お前解いてみろ」

デジタル黒板に問題が表示される。
Q. 次の文章の(  )内に当てはまる人物名を答えなさい。
1973年8月11日、ニューヨーク、ウエストブロンクスにて開催された歴史上初のヒップホップパーティー。その時のDJを務めたのが(  )である。

須加太「え?俺マジでわかんねぇ。うーんと…エミネム!」

教室中が爆笑に包まれる。歴史の先生がそれを制するように答える。

歴史の先生「お前ら、人の解答を笑うな。まぁ先生もまさかエミネムが出るとは思わなかったがな。八井、何でエミネムなんだ?」
須加太「なんか聞いたことあるのがエミネムだけだったから」
歴史の先生「そうか。勇気を出して答えた事は素晴らしい。そして間違えから人は学ぶ。みんなも間違えることを恥ずかしがるな」

さっと挙手する松田右京。

歴史の先生「お、松田分かるのか。答えてみろ」
右京「クール・ハークです」
歴史の先生「正解!さすがMCバトルの優勝者は分かってるねぇ」

椅子に座ったまま振り返り右京を凝視する須加太。
その視線に気づき、ギョッとする右京。
右京の後ろの席に座る信吾もそれに気づき、右京の肩をトントンする。

信吾「右京、ガン見されてない?」
右京「されてるよ。俺が正解言ったから因縁つけられてんのかな」
信吾「ヤバいね〜。気をつけたほうがいいよ。八井須加太、島育ちの野蛮人。喧嘩じゃ負けなし。入学初日に他校の不良生徒に絡まれ、返り討ちにしたらしいよ」
右京「げ、マジかよ」

・佐藤ヶ丘高校 運動場
トラックを走る1年B組の男子たち

右京「うげぇダメだ。俺、運動マジで苦手」
信吾「中学ん時は俺ら帰宅部だったんもんな」
右京「帰ってサイファーばっかやってた」
信吾「そりゃ体力つかないわ。(右京の方を見て何かに気づき)悪い、右京。俺先行くねー」

急にダッシュする信吾

右京「え?信吾、ちょ待てよ」
体育の先生「おい!そこ周回遅れになっちまうぞ。全力を出せ!」
右京モノローグ「え?周回遅れって、まだ2周目…」

右京が振り返ると、目を見開き、真顔で猛追する須加太がいる
涙目で叫びながら全力疾走する右京

体育の先生「お、いいぞ!その調子。全力でいけー」

・佐藤ヶ丘高校 柔道場
真っ白に燃え尽きている右京

信吾「おい大丈夫か、右京」
右京「大丈夫じゃねぇよ。死ぬ気で走ったわ」
信吾「八井といい勝負だったじゃん」
右京「何がいい勝負だよ!結局、最後追い抜かれたよ。体力バケモンか、あいつ。ていうか、体育の後に何で柔道の授業があるんだよ」
信吾「俺に聞くなよ。ほら始まるぞ」

柔道着に着替えて感覚を空けて並ぶ1年B組男子。

柔道の先生「よし今日は2人1組になって組手の練習」
右京「信吾、頼む」
信吾「あいよ」
柔道の先生「2人1組のペアはくじ引きで決める」
右京・信吾「え」
右京モノローグ「嫌な予感がする」

殺気をまとった須加太が右京の前に立ちはだかる。

右京モノローグ「やっぱりな。俺殺されるわ」

バチーン!バチーン!バチーン!
須加太に何度も一本を決められる右京。

右京「ギブ、ギブ、先生もう無理です」
柔道の先生「何だ、もうギブアップか。だらしないな。岡村代わってやれ」

柔道部のエースと称される岡村が前に出る

・佐藤ヶ丘高校 廊下
愛華「体育、マジめんどい。私ネイルやってるから球技NGなんだよね〜」
星子「いや生徒にNGの権利ないから。愛華は本当面白いよね」
愛華「何よ〜。それよりお昼行こ」
星子「うん」

星子と愛華の横を複数の生徒たちが走り抜ける。

生徒A「な、柔道場で今すごい試合やってんだって」
生徒B「マジか。ちょっと見てみようぜ」

顔を見合わせる星子と愛華

愛華「柔道場に今いるのって…」
星子「確かうちのクラスだよね」

・佐藤ヶ丘高校 柔道場
鬼気迫る表情で組み合っている須加太と岡村。
そこに星子と愛華も様子を見にくる。

生徒C「な、岡村って人、柔道強いんだろ」
生徒D「強いなんてもんじゃねぇよ。中学ん時は県大会3連覇。鳴り物入りで入学してきて、柔道部の次期エースと言われている」
生徒C「そんな強い奴が何で押されてるんだよ」

激しい攻防の末、須加太が一本取る。盛り上がる会場。
屈辱を受けた顔をする岡村。

・佐藤ヶ丘高校 1年B組教室 お昼休み
談笑している星子と愛華。それを遠目に見ている信吾。

信吾「なあ右京。俺声かけに行こうかな」
右京「は?なんで」
信吾「だから俺の高校デビュー計画その1【女子と話す】だよ」
右京「何が計画だよ。俺はもう疲れた。入部テストの為に体力温存(机に突っ伏して寝る)」
信吾「何だよ連れないな。(星子がこっちを見ている事に気づいて)うわ!わ!見た。今、新村さんがこっちの方見た。やばい。俺に気があるのかも。どうしよ?右京、俺行くわ。行っちゃうわ」

机に突っ伏したまま、手であっち行けをする右京
星子と愛華に近づく信吾

信吾「おっつー」

一瞬、警戒心を出す星子と愛華

信吾「あーさっきの柔道の授業ん時、こっちスゴい事が起きてさ」
愛華「あ、あれだよね。岡村くんと八井くんの試合でしょ。実はうちらも見ててさ。ね、星子」
星子「うん、八井くんが岡村くん倒すなんてビックリだよね」
愛華「いや、あれマジでヤバかった」
信吾「うんうん、だよね。俺も目の前で見てて、本当にこの人たちは同じ高校1年生ですかって思っちゃった」
愛華「あはは、ウケる」
信吾「でさ、はじめに八井と組手やってたのが右京でさ。あいつボコボコにやられて、今ああなってんの(右京の方を指さす)」
愛華「うわーありゃ死んでるね」
星子「…松田くん、大丈夫かな」
信吾「え?あいつは大丈夫だよ。もう全然気にしないで。ていうかさ、うちら朝いっつも同じ電車だよね」
愛華「え?そうなの。ごめん、全く気づかなった。星子、知ってた?」
星子「うん、私は一応…いるのは知ってた」
愛華「マジかー。ゴメン、これからは挨拶するね」
信吾「お、おぅ。てかさ、同じクラスメイトだし、同じ朝の電車だし、一緒に登校しませんか」
愛華「えぇ?!一緒に?マジかー。星子どうする?」
星子「私はいいよ。矢野くんと松田くんと一緒に登校」
信吾「うわ、マジで!?やった。うん、そうしよ。一緒に登校ね」
愛華「うーん、まぁ星子が言うならいっか」
信吾「ね、その方がいいよ。だってさ今朝みたいな事があった時、男が近くにいた方が安心でしょ」
愛華「ん?今お前なんつった?」
信吾「あ、え?」
愛華「今お前、今朝みたいなことって言ったよなー(信吾に詰め寄る)」
信吾「はい」
愛華「うちらが痴漢のおっさんとバチバチやってた事、先生以外には言ってねーんだわ。それを何であんたが知ってんのかなー。な!お前、同じ車両にいたんだろ。な!」
信吾「あ、はい。えと、ごめんなさい。あの…同じ車両にいました」
愛華「へーじゃあウチらが声あげてたのに、それを無視して電車降りてのうのうと登校してた訳ですか。よくもまぁ一緒に登校しようだなんて言えたもんだね」
信吾「あの、ごめんなさい。あの、僕は助けようとしたんです。でもアイツが…」
愛華「はぁ?なに人のせいにしようとしてんの!最低だなっ」
星子「愛華!もういいよ。一番悪いのは痴漢のオヤジ。この人怒ってもしょうがないよ」
愛華「でも、見て見ぬふりするなんて最低じゃん」
星子「そうだよ。最低だよ。助けを求めて声を上げている人を目の前で無視するなんて、本当に最低」
信吾「あの、本当にすみませんでしたっ!(逃げるようにその場を立ち去る)」

机に突っ伏したままの右京を見つめる星子。
右京の表情のアップ、机に突っ伏したまま、目は見開き汗だくで焦っている表情。

・佐藤ヶ丘高校 体育館 競技ラップ部・入部テスト会場
栗栖「どうだ?準備は順調か?」
間宮治「あ、先生。会場の準備はバッチリです。バトルビート用のCDも届いてます。ちゃんと8小節ごとにスクラッチの入ったやつ」
栗栖「よし。これで試合は何とかなるか。悪いな、競技ラップ部創設から早1年、未だDJなしとは情けない」
治「まぁ今後の課題ですね。課題といえばもう一つ、今日も洲崎と瀧上の2人は来ません」
栗栖「そうか。夏の県大会までには復帰してもらわないとな。連絡は取れてるんだろ」
治「百ちゃーん、2人から連絡はー?」
百田虎次郎「(マイクの設営をしながら)既読スルー」

あちゃーな表情をする栗栖先生と治。

治「人数はギリギリですね。エントリー受付を玄ちゃん。CDの再生を百ちゃん。ホストMCは自分で、判定はオーディエンスってところですかね。アシスタントでもう1人いれば、かなり助かるんですが」
栗栖「雑用でも何でも俺やるぞ」
治「ダメですよ。先生はちゃんと試合を見ててください。これからの佐藤ヶ丘高校・競技ラップ部を背負って立つ未来のエースを見つけないと」
栗栖「さすが部長は言葉の重みが違うね」
治「俺の代では無理でもいつかは行って欲しいです、全国」
栗栖「なに弱気になってんの。まずは目の前の事に集中!集中!」
治「はい、すみません」
栗栖「エントリーどれだけ来るかな」
治「どうでしょう。学校中にチラシ配りましたからね。オーディエンスは多いと思うんですけど、エントリーの方は…期待して待つしかないですね」
栗栖と治、2人でチラシを見る。

チラシに書かれた内容
競技ラップ部
新入部員大募集!マネージャーも募集中♪
君もラッパーになろう!ラップで青春駆け抜けてみない?
4/10 17:00 体育館にて 競技ラップ部入部テストやります!
観覧大歓迎!あなたの声援が勝敗を決めます
※初心者歓迎!丁寧に教えます。
※経験者優遇!すぐにレギュラー
※部費最安!初期費用無料

・佐藤ヶ丘高校 体育館入り口 入部テスト受付
チラシを見ている武藤玄太郎。LINEが鳴るに気づき、チラシを置く。

治LINE「受付準備OK?人来てる?」
玄太郎LINE「準備オッケーです。人はまだ来ないっすね」
治LINE「悪いな、受付やってもらって」
玄太郎LINE「大丈夫です。そっちは問題なしですか?」
治LINE「いま百ちゃんが設営やってくれてる。開場までには間に合うかな」
玄太郎LINE「人足りてないっすね」
治LINE「しゃーないわ。マネージャーでもいてくれたら助かるんだけど」
玄太郎LINE「ですね。今すぐにでも欲しいです」

受付の玄太郎に声をかける星子と愛華。

星子「すみませーん(チラシを見せながら)これ見て来たんですけど」
玄太郎「…あ、開場まで時間あるんで、観覧の人はどこかで待っててもらっていいですか」
星子「いや、観覧じゃなくて。(チラシを指差しながら)この募集見て来たんです」
玄太郎「(一瞬考え、驚いた表情で)えーマジか。本当に来た。えっとちょっと待って(愛香の方をちらっと見る)」
愛香「あー私は違いますからね。ただの付き添い。やるのはこっち(星子を指さす)」
星子「1年B組 新村星子です。よろしくお願いします!」
玄太郎「あ、武藤玄太郎です。よろしく。ちょっと待ってね」

玄太郎LINE「キター!」
玄太郎LINE「マネージャー希望の子、受付にキター!」
治LINE「え、マジで!?」
玄太郎LINE「とりあえずどうしたらいいっすか?」
治LINE「時間もないし、とりあえず受付お願いしよう。玄太郎は中の準備手伝って」
玄太郎LINE「さすが部長。的確な指示あざっす」

玄太郎「じゃあ早速で悪いんだけど、ここの受付をお願いできますか。エントリー希望者はこの紙にクラスと名前書いてもらって、観覧の人と同じで時間まで外で待機。新村さんは時間になったら中にこの紙持ってきて。そしたら開場しちゃうから。今日は人足りてなくてさ、いてくれるとすっげー助かる。ありがとう!」
星子「え?私が今から受付ですか?」
玄太郎「あれ?もしかして予定あった?」
星子「いやいや、これに向けて来てるんで予定はないですけど」
玄太郎「じゃ頼むよー。人いなくてマジで回ってなくてさ。何かあったら俺中にいるから」

開場に向け続々と生徒が集まってくる。

エントリー希望の生徒「うっす。エントリー受付ここでいいっすか?」
玄太郎「うん、ここだよ。クラスと名前と記入して、開場時間までお待ちください」
星子に受付のやり方を見せる玄太郎
玄太郎「(星子に向かって)…てな感じで、簡単でしょ。(周りを見渡し)めっちゃ人集まって来てる。開場まで時間ない。後はよろしく(その場を立ち去る)」
星子「えーいや、ちょっと…」
愛香「(続々と集まる生徒たちを前に)星子やるよ」
星子「(気合を入れた表情で)うす」

・佐藤ヶ丘高校 廊下
信吾「いよいよ入部テストだね。(インタビュアーの振りをして)松田選手、仕上がりはいかがでしょう?」
右京「そうですね。バイブス満タンで行くぜガンガンて感じです。完全勝利で優勝してみますよ」
信吾「…はい、ちょっとスベったー。しょうもない韻踏んでますね」
右京「うっせー!お前が急に振るからだろ」
信吾「(向こうにいる八井たちを見つけ)あれ?なんかヤバくね」
右京「ん?(振り向く)」

向こうで須加太が怖い顔した柔道部の先輩たちに連れて行かれる

信吾「あれか?岡村がやられたから、その仕返しとか」
右京「そんな事して何のメリットがあるんだよ。さっさと行くぞ」
信吾「相変わらず冷たいねぇ。ま、俺もアイツには関わりたくねーわ」

・佐藤ヶ丘高校 体育館入り口 入部テスト受付
信吾「げっ!受付してんの新村さんと鬼ギャルじゃねーかよ。悪い、俺隠れるわ。お前1人で行ってきて」
右京「(引きつった表情で)おう」
星子「次の方どうぞ。こちらのリストにクラスと名前を記入してください」
右京「うす」
右京モノローグ「(リストに書きながら)何か言われるかと思ったけど、さすがにこんな所では何も言わないよな。」
右京「はい書き終わったよ」

顔を上げると星子が真っ直ぐな瞳で見つめてくる。ビビる右京。

星子「ありがとうございます。では開場時間までお待ちください」
右京「…うす」
星子「松田くん!私、あなたがどんなラップするのか楽しみです」
右京「…あ、ありがとう。頑張るよ」
右京モノローグ「ヒエェ、なんか分かんねーけど怖え」

・佐藤ヶ丘高校 体育館 競技ラップ部・入部テスト会場
星子「あの、これがエントリーの人たちのリストです」
玄太郎「ありがとうね。ちょっと待って、今紹介するから。部長ー!百ちゃーん!」

治と虎次郎が駆け寄る。玄太郎が治にリストを渡す。

治「部長の間宮治です。よろしく」
星子「1年B組 新村星子です。よろしくお願いします」
治「今日は急にごめんね。でもすごい助かった。ありがとう。でさ試合中も色々とお手伝いお願いできるかな?」
星子「…あぁはい、いいですよ」
治「ありがとう!じゃあ詳しいことは百ちゃん(虎次郎の両肩を持ちながら)彼に聞いて」
虎次郎「2年の百田虎次郎です。よろしく。(星子と一緒に歩きながら)とりあえず新村さんには入部テスト用のCDの再生・停止ボタン押すのやってもらおうかな。試合は8小節の2ターン、ビートには事前に8小節ごとにスクラッチ入れてもらってる。で、僕が合図出すから、それに合わせて再生・停止ボタン押してくれる?8小節とか言われても分かんないでしょ」
星子「いや分かります。8小節の2ターンですね」
虎次郎「おーさすが!ラップ部のマネージャーやるってだけあるね。期待してるよ」
星子「(あちゃーていう表情をした後で)…あの、先輩。一応言っておきたいんですけど」
虎次郎「ん?なに?」
星子「あの、私…」

遠くから治が大声を張り上げる。

治「はーいそれじゃ開場しまーす。佐藤ヶ丘高校、レディー!」
治・玄太郎・虎次郎「(両腕を大きく掲げ)ゴー!!」
星子「(キョドりながら・後追いで小さく手を挙げ・小声で)ゴー」
虎次郎「じゃ新村さん、スタンバイして」
星子「(納得いってない表情)はい」

・佐藤ヶ丘高校 柔道場
柔道部先輩A「おうおう八井、うちの岡村を可愛がってくれたみたいだな」
須加太「なんすか?俺行くとこあるんすけど」
柔道部先輩B「おい、先輩に向かってその態度はないだろう」
柔道部先輩C「なぁ八井…」
柔道部先輩A・B・C「(両手を合わせて低姿勢で)うちの柔道部に入ってください」
柔道部先輩A「お前が来てれくれた県大会優勝、いや全国大会優勝も夢じゃない。一緒に全校目指そうぜ」
須加太「すみません、俺もう部活は決めてるんで。失礼します」
柔道部先輩B「お前なめてんのか!」
柔道着先輩C「道着を着ろ!俺たちがだまって帰す訳ないだろ」
須加太「えー時間ないのに」

・佐藤ヶ丘高校 体育館 入部テスト会場
体育館のアリーナでオーディエンスが円形に陣取り、そのサークルの中心でMCバトルをする。
ホストMCである治を挟んで両者が立ちバトルをする。
ステージは使用しない。ステージサイドにある音響設備でバトル用のCDを流す。

治「さあそれでは張り切っていきましょう!佐藤ヶ丘高校 競技ラップ部入部テスト!試合はトーナメント形式、8小節2ターンの1ラウンドマッチ、オーディエンス判定によって勝敗が決まります。またこの入部テストはあくまで皆さんの実力を図るものです。1回戦敗退でも入部のチャンスはあります」
信吾「(小声で)ほらな誰でも入れるんだよ」
右京「関係ねーよ。俺が優勝するんだから」
治「それでは1回戦第1試合を行います。1年A組 鳩山茂!1年B組 松田右京!前へ」
信吾「いってらしゃーい」

ステージサイドで真剣な眼差しで見ている星子

治「先攻・後攻のジャンケンをしてください」

鳩山茂と松田右京がジャンケンをして先攻は鳩山茂に決まる。

治「先攻は鳩山。ではバトルビートを聞かせてください」

合図を出す虎次郎。CDを再生する星子。ビートが流れる。

治「ナイスビート!1回戦はずっとこのビートでいきます。では1回戦第1試合、先攻鳩山!後攻松田!レディー」
会場全員「ゴー!!!」

ラップパート
鳩山「Hey yo ど頭撃ち抜く弾丸(拳銃のジェスチャーしながら) バイブスだって上げてくガンガン 相手はチャンピオン上等だぜ 一発で仕留める余裕でワンパン Hey みんな調子どう こっから俺の独壇場 姓は鳩山 名は茂だ お前の顔面 回し蹴りだ」
右京「まず弾丸で撃ち抜くのか ワンパンで仕留めるのか はっきりしろ 見失ってる判断 その上出してきた回し蹴り 本当惨めで悲しげに見えるよ これがチャンピオン王者の貫禄 本気出したらそれこそ反則 Hey みんな調子どう 俺がラップすりゃみんなが満足」
鳩山「みんなが満足?俺は単独でもお前にぶつかっていく 魂かけるマイカフォン 絶対勝ちは譲らない場所 俺がナンバーワン 俺がオンリーワン ただひたすらやるのみだ お前が王者で俺が貧民 こっから始める下克上」
右京「せいぜい頑張れ下克上 俺は余裕で寝とくぞ haha お前は貧民 ライムが貧しい この場に出てきちゃいけないMC 俺の勝ちだな一目瞭然 いつでも受けてやるお前らの挑戦 俺の人気が急上昇 このままゲトるぜ優勝を」

湧き上がる会場

栗栖モノローグ「松田右京さすがだな。ジュニアMCバトルで優勝しただけのことはある。相手のラップの矛盾点を突き、的確なライムで応酬する。相手が空回っている分、松田の余裕ぶりが余計に際立つ」

治「それではどちらか一方にだけ声をあげてください。先攻鳩山が良かったと思う人」
会場「(シーン)」
治「後攻松田が良かったと思う人」
会場「うおぉぉぉ!!!」
治「勝者松田!」

・佐藤ヶ丘高校 柔道場
柔道部の先輩を全員倒した須加太
須加太「やべっ間に合うかな」

・佐藤ヶ丘高校 体育館 入部テスト会場
決勝戦まで進んでいるトーナメント表

治「それでは最後の判定を聞きます。これで本日の優勝が決まります。先攻小泉がよかったという人」
会場「(まばらな声援)」
治「後攻松田がよかったという人」
会場「(大歓声)」
治「佐藤ヶ丘高校 競技ラップ部 入部テスト優勝者は松田右京!!!」
右京「Yeah みんなありがとー」
治「松田くん、ウイニングラップをお願いします」

バーンと音がし会場の扉が開く。会場にいる全員がそっちの方を見る。そこには柔道着のままの須加太がいる。ダッシュしサークルのど真ん中に飛び込む須加太。置いてるマイクを奪い雄叫びを上げる須加太。

須加太「(獣のような雄叫び)」
ビートに合わせラップを始める須加太
須加太「これこれドコドコ ビートにゾッコン あらよっとどんぶらこっこ ビートにライドン ぐるっと一周360度バーン マイクが骨董 意識が卒倒 生まれて初めてラップしたよ 紋切り型のライムを量産 お嬢さん食べなよ餃子の王将 交渉次第で天津飯…」

フリースタイルラップを続ける須加太の横で鬼の形相の右京

右京モノローグ「一体こいつは何をやってるんだ。意味が全くわからん。これはラップなのか」
栗栖モノローグ「これは紛れもなくラップだ。言葉の意味なんか無視して、フロウとライムが渾然一体となし、ビートにラップを叩きつけている。こんなラップ聞いたことないが、不思議と聴き心地がいい」

思わず治に駆け寄る虎次郎。

虎次郎「部長大丈夫ですか?こいつ荒らしに来たんですかね」
治「分からん。でもマイナスのバイブスが感じない。純粋にラップを楽しんでる感じだ」

徐々に会場にいる生徒たちも須加太のラップに体を揺らし始めている。その様子を見て苛立つ右京。

右京モノローグ「なんなんだ?!優勝したのは俺だぞ。くそっふざけるな」

須加太のラップに乱入していく右京。

右京「Yo Yo Yo おいちょっと黙れよ乱入者 俺が今からブランニューなシットかますからよく聞け」

黙る須加太、右京の方を見る。

右京「今正に俺が優勝 お前イタいやつ脳が重症 ていうかなんでお前柔道 場違いなんだよ ご愁傷様 このビートは俺のもん 横取りすんなよこのよそもん 今更来たって後の祭りだ このままお前を血祭りだ」
須加太「血祭り 夏に盆踊り 近くにありますコンコルド コルド大王来てびっくり 100年履いてるトランクス 柔道 縦横無尽にライミング 月の真裏で首相を解任 人口1万未満の島で生まれた俺が主人公」
栗栖モノローグ「脚韻も頭韻もおり混ぜた正に縦横無尽なライム。語感・音感・フロウ重視と見せかけ、わずかにメッセージ性も感じさせる。計算か?天才か?」
右京「おい、お前いい加減しろよ」

右京が須加太の道着をつかむ

須加太「おい触るよな。人が気持ち良くラップしてんのに」
右京「は?もう入部テストは俺の優勝で終わってんだよ。空気読めよ」
須加太「だからその手を離せよ。ムカつくなぁ」
右京「お前が勝手に乱入してきたんだろ」
須加太「ていうか、君弱いでしょ」
右京「はぁ?マジでカチンときた。今の言葉訂正しろ」

取っ組み合いになる須加太と右京。
虎次郎がバッテンをして、星子にビートを止めるよう合図を出す。

虎次郎「ちょっとマネージャー、ビート止めて!」

ビートはそのままに、マイクを握りステージ中央に出てくる星子

星子「Yo Yo Yo Yo まず言っとく私マネージャーじゃなくてラッパー チェックしときなお見知り置きを ほんと失礼お仕置きよ ラップで表現 女子の気持ちを」

信吾「え?新村さん…」

星子「ほんと今日は朝からナーバス 痴漢のオヤジとバトってバーサス スマホ使って(スカートの中指差しながら)中身を盗撮 当てにならない日本の警察」

ゴンフィンガーする愛華

星子「結局男性優位社会 虫唾が走るほどシンプルだわ シングルマザーの娘に生まれて 嫌でも痛感したんだわ てか女の見た目でマネージャーなんて 前時代的な偏見じゃん 
私はヒロインじゃなくてヒーロー 押し入れで泣いてた8歳の女の子の為に鳴らし続けろよビート!ビート!」

驚いた表情の治・玄太郎・虎次郎。
取っ組み合ったまま口をあんぐりさせ星子を見てる須加太と右京。
沈黙の後、湧き上がる会場。特に女子の歓声がすごい。

星子「1年B組 新村星子 ラップやってます」

<つづく>

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