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ミツバチとガンジス

山の上にツツジみたいな花を満たした、僕の背丈より少し高いくらいの樹があって、いろんな虫が集まっていた。

ずんぐりとしたマルハナバチや、ハチドリのようにやかましいツリアブ。

名前も知らないような小さな羽虫。

想い想いに花に潜り込んだり、葉の影で同族のパートナーの背中に張り付いたり。
それそぞれの初夏の逢瀬を楽しんでいる。

花に集まる彼らを本日のご馳走と踏んでクモやアシナガバチもパトロール。

生も性も死も、同じ空間に当たり前に混在し、時間は義務を忘れたようにゆっくりと流れている。

なにもガンジス川まで行かなくても、ここに全部あるじゃあないか。。

一つ一つの花を覗き込んでいるうちに、六本の足でしっかりと雌しべにしがみついて、じっと動かないミツバチに出会う。

ずいぶんポリネシアンスタイルなやつだなあ。。
しばらく眺めていたけれどムズムズしてきてつい突いてしまう。

触った感触に彼女がすでに役割を終えた器だということに気付く。

そういえばミツバチは壮年を過ぎたくらいから蜜を集める仕事に廻るって聞いたっけ。

最後は客死を迎えるのが普通で、ホームで看取られるような終わり方はまずないって。

ハチの世界で次世代を産み落とすことができるの雌は女王だけ。

働きバチは植物を受粉させ、女王の仔の面倒を見る。
自らは生殖能力を持てず、身内の食事と草花のセックスの仲立ちだけをしながら一生を終える。

でも最後の瞬間には異種族のパートナーであった花がやさしく抱き留めてくれるんだ。



そのミツバチは夢を見るように生涯を閉じたのだと想像したい。
穏やかに迎える死という優しさは、この世界には存在するのだと。

明るい紫色の柩も、よく見ればずいぶんと色褪せている。
たぶん数日のうちに、彼女を抱えたままポトリと地面に落ちて、あっという間に土に還るのだろう。

萎れかけたその花びらに、僕はさっきから長い時間、唇で触れ続けている。

ふたりの姿を永く留めて置きたいのだという衝動にかられたのだ。
僕の中だけにでも。。

人間というものは本当に諦めが悪い。


すぐ隣の花に元気なミツバチがやってくる。
こちらのほうに一瞥だにせずに夢中に花粉を集め、すぐに飛び去っていく。

ツリアブは相変わらずピーキーな羽音をたてている。

朝から山を歩いていたんだった。
そろそろ帰らなきゃ。

どこに帰るのだろう?
とても不明瞭な気がし始めたけど。。とにかく車まで向かおう。
































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