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ソ連の飴紙コレクション CANDY WRAPPERS of the USSR

お菓子の包み紙:ソ連時代の飴紙を集めてみて

くるくるっとむいて口に放りこむ、ひとつひとつ紙でくるまれているキャンディ。包み紙は捨てられることなく、しわを伸ばしてとっておかれました。

ロシアを中心としたソビエト連邦共和国ーソ連とよばれた国は今はもうありません。バルト海沿岸からユーラシア大陸に広がる大きな国でした。およそ70年ほど続いて1991年暮れになくなってしまった。

ソ連ってなんだったのかな。
そこでの暮らしでありふれたものをたくさん見てみようと、マッチラベルを集めていた頃のことです。旧ソ連圏であったエストニアを訪ねる機会がありました。首都タリンでのぞいてみた古本屋、そこで紙袋いっぱいのお菓子の包み紙を渡されたのです。最初はとまどいました。それらの多くは、しわしわで見すぼらしい、ちょっとお菓子の汚れまで付いていたり。

くたびれたお菓子の紙はまるで絵本か布地の模様のような印象でした。

なぜでしょうか、しばらく見ていて気がつきました。
お菓子の包装は商品名とメーカー名が最もめだつところにありますよね。
ところがそうではないのです、ソ連のお菓子の包み紙は。

ソ連の飴紙

キャンディとは飴の類に限らず、ドロップやキャラメル、チョコレートなどをまとめた呼び方です。それらの包み紙は英語ではCandy Wrapper、漢字表記で飴紙と呼んでいます。
ソ連の飴紙には、花や鳥、リスやクマ、民話や人気キャラ、包み紙にはいろんなものが描かれています。

楽しい、かわいい、きれいがテーマ。マッチラベル※1とは違う意図が感じられます。

チョコレートなどの包み紙にはかわいい絵とそのお菓子のなまえがあります。たとえば、「アリョンカ」というプラトーク(スカーフ)を巻いた幼い女の子のデザイン、これはいまでもロシアのチョコ菓子の定番です。60年代に政府が力を入れて売り出したものだそうで、ふくふくとした幼子は平和で豊かな社会を表しているところがポイントだとか。
しかし、必ずしも最もめだつところに商品名がある、とはいえません。チョコレートの包み紙のオモテ面には文字が一つもないものもありますし、ドロップやキャラメルなどは包み紙の端に製造地域や工場名、中ほどに菓子の種類とその製品につけられたなまえが印字されている。そっけないくらい。


ソ連は社会主義体制国家でした。製産は計画経済といってあらかじめ年度の製産目標数を決めて工場は稼働します。それぞれのメーカーが市場の自由な競争でつくっているのではないのです。

つまり、計画経済ではブランド名やメーカーといった市場経済の制約からまぬがれてたのです。正確には「党」という厄介な制約がありましたけど。

各メーカーに競争が無い、というより、政府が望ましいと判断したものが残る、ということだったのでしょうね。

ブランド名やメーカーのなまえを目立たせることより大事なことがある、たくさん見ていくうちにこのように思えてきました。こうしたパッケージが可能であったソ連社会の彩りの側面、市場経済に勝ち残るための商品では考えられないデザインだと思います。

より多く売るために作っている、に対して、計画で決めたから作るのだ、この大きな違いはそれぞれに悲喜こもごもを生んだことでしょう。

需要を喚起させ続ける市場主義経済では、会社名やブランド名を売り込むことがなにより大事なことでしょう。だから目につくところにその商品名を入れます。

ソ連の包み紙のデザインはそうではない。事務的に端のほうに製造した工場名があります。レニングラードだとかクラースヌィ・オクチャブリだとか国営メーカーの出荷の表記があります。
現実にはさまざまな制約があったことでしょうが、キャラメルだから、ドロップだから、チョコレートだからこうしたいよね、という作るときの人の発想、意思がデザインを大きく決定する(このような幸運もあったりなかったりでしょうけど、この辺のことは※9章末尾「誰がデザインを決めるの?」で補足)…何が大切にされているのか、それが伝わるソ連の包み紙のデザイン。何かを表そうとするよろこびが伝わってくる、愉快になってどんどん集めました。


どういう企画で、何をどれくらいつくるのか、どんなデザインにするのか?今みることのできるマッチラベルや飴紙とは、ソ連計画経済のほんとに小さな断片だといえます。集めたマッチラベルは1万枚を軽く越え、飴紙は数千枚でしょうか、きっかけは、ヨーロッパ旅行のお土産としてもらった数枚のマッチラベルでした。マッチ箱の上に貼る粗末な紙片にCCCPとあり、あの「ソ連」を指すのだということがわかるくらいでしたが、そのグラフィックのセンスに強く引きつけられました。そのラベルに描かれている船の絵や工場で働く人の姿、日常のこまごまなど、絵の題材は実に多くのジャンルにわたっているようで、印字されたキリル文字が読めるようになり思いついたことですが、ソ連とは、どんなところだったのかな、これを集めることでなにかみえてくるのではないかな、と。

冷戦時代、日本を含む西側諸国にとって、ソ連は謎、大きな大きな謎、なにかと秘密の国でした。敵対する西側諸国の政府がどのように宣伝していたか、ソ連は悪い、ソ連は怖い、遅れている、物資に乏しい。そう言ったことばかりを聞かされていたけれども、あにはからんやお菓子の包み紙などを見ると、かわいい、きれい、ああなるほどなあと思いました。隠蔽体質のソ連をめぐる西側の声もまたソ連を隠すカーテンとなっていたのだな、たくさん集めてみることで気がついたことです。


パッケージ文化の伝統

日本でも昭和以前のキャンディや、ガム、チョコレートの包み紙、そういったものを懐かしがって集めている人はいても、それだけを集中して集めるという文化は狭い範囲にとどまっている。商業的に作られたものはコストの面からもパターンがだいたい決まっていて、不二家ならペコちゃんの顔がにっこりとなっていて、レトロなセンス好きで集める人はいても、お菓子の紙として系統たてて集めるということは多くはないと思われます。系統と言っても洋菓子と和菓子というお菓子の流れがあるという事情はさておき。

ヨーロッパの菓子文化はどうでしょうか。 キャンディやチョコレートなどそもそもお菓子は贅沢なものあって、包み紙というものも実に凝ったもの、お菓子ための素敵ないわゆるドレス、着飾るものとして用意されました。帝政期ロシアではそのために有名な画家が採用されたようです。そういう出発点があったらしい。たとえば、ロシアのチョコ菓子『森の熊』の包み紙は高名な画家シスキンが描いたものを原画とするなど、製菓会社は自社製品の宣伝に工夫を凝らすために包み紙やお箱のデザインには特に力を入れていた、こうした伝統があるようです。19世紀に入りお菓子が大衆の手に届くものになっていく過程でドレスは大量に必要になっていった。


ソ連ではかわいいやステキな日用のものが乏しかったという事情と、お菓子に対する考えや伝統というものがあって、たくさんの飴紙コレクターがいたようです。
海外のインターネットオークションサイトではロシアやウクライナ、バルト3国、カザフスタン、などから旧ソ連圏の包み紙が数多くの出品されていることに気がつきました。

ドロップやキャラメル、チョコレート、ロシア帝政期からソ連時代にかけて作られた飴菓子のなんと豊かな装いに 包まれていたことでしょう。
さびしいようなあたたかさ、それぞれがまるで一枚の絵本のようです。


社会主義リアリズム

見る人によって解釈が違ってくることは「正しくない」、こっち見て欲しい、あっち見て欲しくない、という政府の思惑があるので、絵画においては見たままに描くとする「社会主義リアリズム」と言われる表現方法がソ連では強制されていましたが、キャンディの包み紙にはその精神は及び難く、飴の包み紙にまで社会主義リアリズムというわけにはいかなかった、ということなのかなあ、と、しみじみ見入ったのは下の2枚。
具象と抽象の対比、つまり具体的な描き方とデザイン化したものとの比較は、ソ連の飴紙を楽しむ大きなポイントだと思います。

デザインとは、創意工夫、意匠、と辞書にあります。意匠、意味を匠(たくみ)に表現するとは、素晴らしい漢字かなと思われます。

ソ連では前衛絵画は公式的には認められなかった。雪解けといわれた60年代でも、前衛芸術を探求する抽象的な絵画展に対して、時のトップのフルシチョフは展覧会場で何が描かれているのだかわからんと罵り、ブルドーザー、放水車を使って会場を徹底的に破壊したり。
党や体制を賛美することこそ人民の正しい行いである、芸術作品もまた体制の賛美であるべきだ、それこそが人民に奉仕する善きものだとされたのです。何が描いてあるのかわからないものは困るのよ、です。いわゆる社会主義リアリズムとよばれる、具象的な描かれ方こそが望ましいのだと。かくして、革命の喜びに踊るようにしあがっていった大胆なグラフィックや戯画化の20年代のポスターなどは評価されなくなってしまいました。


上のラベルには「КАРУСЕЛЬ(カルーセル : 回転木馬)」とあります。下のラベルの絵は回転木馬。(製造年は不明、おそらく1950年代から70年代の間)
つまりこれらはモチーフである回転木馬が具象的に描かれたものと抽象的に表現されたものです。

Кондитерскиа Фабрика г. Свердловск
スヴェルドロフスク(現在のエカテリンブルク)にある菓子工場

Конд. Ф-ка 1 МАЯ г. Горький
ゴーリキー(現在のニジニ・ノヴゴロド)にある菓子工場
製造元 МИНПИЩЕПРОМ РСФСРロシア・ソビエト連邦社会主義共和国食品産業省 

前衛的なものを嫌うソ連の体制において、しかし飴紙には抽象デザインがそれこそ夢のように舞っています。1960年代にファッションやインテリア・デザインなどに「世界的な」ブームを巻き起こしたオプ・アート(抽象芸術)の影響もあるのでしょう。


商品のネーミング

日本では工場製の菓子類のネーミングは実によく考えられたものが沢山ありますよね。霧の浮舟、など詩的なものや、おっとっと、など口調がいいもの、それにつけてもやめられない、と耳に残るメロディーとキャラクターで店の棚から魅力を振りまく。
いかに売るか、コストをにらみパッケージに厳しい工夫を重ねたデザインが、滞りない流通システムで津々浦々行き渡る。
しかしソ連の計画経済のお菓子にはそのような試練はなかったと思われます。いえ、なかったかのように感じらる、という方がいいかな。
それぞれのお菓子のなまえも描かれたものの説明そのまんまです。
「夜明け」「つむじ風」「なぞなぞ」、商品名というよりデザインの表題といったおもむきです。人気の映像作品が描かれているなど、世相も垣間見られます。


思い出の記憶装置

系統立てて集めることでいろんなことが分かるものなんですね。で、それをただ自分でおもしろがるだけでなく多くの人にみてもらう機会がありました。ソ連の飴紙展※と題して雑貨ミッテの小さなアトリエを飾ったのです。アメリカ仕込みの自由競争が作る世界とは違うかわいいを集めるミッテでのソ連の飴紙展示会は、回を重ねるごとに大盛況。お菓子を口にするしあわせのひとときや、どれを買うか迷ったり、いただいた時の気持ちがよみがえったり、包み紙とはそのしあわせを呼び起こさせるものだからなのでしょうね。


しあわせな気持ちに包まれていることは大変結構なことですが、そううかうかもしていられないのが世の常でしょうか。
政治や経済の体制を包み紙とたとえるならば、およそ社会で暮らす人は誰も体制の枠になかにあるわけで、無理な体制はいつか破綻をきたすものであり、ソ連もまたそのひとつの事象でありました。

くるりとむいて放り込む、その甘いひとときも、ソ連社会ではいつも苦い矛盾とともにありました。革命の理想と独裁権力、平和国家の喧伝と軍拡競争、そして民族のきしみ。体制を人の暮らす社会を包むものとたとえるなば、こうした矛盾を包みきれなくなってしまったときがソ連の崩壊であったのでしょう。


Web ソ連マガジン飴紙図像アップのおしらせ

1960−70年代を中心に20−40年代を含む約1000点の飴紙の図像を、32章ほどに分けてソ連マガジンに掲載の予定です。1章30〜40点ほどの飴紙の画像を有料でご覧いただけます。
ソ連の飴紙展と題して雑貨ミッテの小さなアトリエを飾ったソ連時代のお菓子のドレスも含まれます。章の最後にコラムのある場合もあります。

おことわり:飴紙は未使用のものもありますが(工場のデットストックでしょうか)、多くは折ジワなどの傷みが目立つ古いものであることをお断りしておきます。また、インターネットでのコピペによる不正使用防止のため、それぞれのラベルの隅にキリル文字で「КОНФЕТЫ(お菓子)」といれてあることをご了承ください。

投稿された記事 各100円 
1 森の人気もの1 ・・・・・菓子メーカーのこと ラベルの見方
2 森の人気もの2 ・・・・・ラベルの見方
3 家のどうぶつ1 ・・・・・しましま猫
4 家のどうぶつ2 ・・・・・ザリガニの首
5 めずらしいどうぶつ サーカス 他 ・・・キンザザ
6 氷のせかい ・・・・・・・ソ連って言っていいかな
7 民話1 クルィロフ寓話 他 ・・・・包み紙の材料
8 民話2 プーシキン童話 ・・・・・・・・ペンの力
9 いろいろな模様1 ・・デザインを決めるのは誰? 飴紙のミッション
10 いろいろな模様2 
11 いろいろな模様3・・・町のなまえは変わるのね
12 舞台 オペラ・バレエ・ミュージカル  ・・・・西側東側
13 芸能 ヴィリーナ ・・・・銀の時代
14 アリョンカとアッネッケ;ソ連領に舞い降りた天使
15 キャラクター①・・・日露のおつきあい
16 キャラクター②・・・パクリ文化
17 キャラクター③・・・昔話の地層 

2019年2月以降の予定
バルト特集
花や木の実
空・宇宙
こどもたち
町や風景 など


※1政府の広報の役目を負ったマッチラベルの内容は今からみるとソ連を知るにはとてもいい資料です。テーマは革命や戦勝、自然やくらしなど実に広範囲、ソ連社会の写し鏡となっています。
『Webソ連マガジン』ではソ連のマッチラベルのラインアップをお楽しみいただけます。

図像(上から順に) 
ВАСИЛЕК 矢車菊 バーバエバ モスクワ/カレフ入る?/ГАЛАКТИКА 銀河 レニングラード/ОДУВАНЧИК たんぽぽ 製造所不明/Клубника со Сливками いちごクリーム ボロシーロフグラード ウクライナ/Мишка косолапый 森のくま ロット・フロント モスクワ/ВИХРЬ つむじ風 クラースヌィ・オクチャブリ モスクワ/PÄÄSUKE おとずれ カレフ タリン エストニア

ありよしきなこ商会 ありよしきなこ イラストレーター


noteの投稿を始めたばかりでウロウロしています。スマホ持ってないので返信遅くなりましたらごめんなさい。