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スキマのこと

すきまが好きだなー、とおもう。

別に韻を踏みたいわけでもなんでもない。

最近のわたしはもっぱら電子マネーを使う。PayPayである。
ペイペイはいい。細かい小銭がでない。財布も小さくて済む。
コロナ禍的な目線でいうと、店員さんとの直接のお金の受け渡しがなくて、感染予防にもちょっとよさそうに感じる。

けれども、そこには隙間がない。なさすぎる。
小銭とは隙間やったのか?とすら思う。

他にもたくさん便利になっていくうえで、われわれが失ったものが確実にあるように感じてしまう。

ICカードしか使わないので、両思い切符で喜んだりすることもなくなった。
雨に濡れるのが面倒な日はウーバーイーツを呼べばいい。
重い家電はネットショップで購入して、おうちまで運んでもらう。

わたしは便利が好きなので、そのようなものは片っ端から利用するタイプである。
時間はお金で買いたい。積極的に。(余裕があるときの話)
しかし同じくらい隙間も好きなのだ。困ったものだ。

「もおおおぉ、さっきからアンタの言う隙間ってなんなん!?」
という声が聞こえそうだ。
わたしにだってよくわからない。文字を打てば打つほどわけがわからなくなっている。

散々便利に慣らされたわたし達が、いつからか見失った心のゆとりとでも言えばいいのだろうか。

ただ、わたしにもまだ譲れない隙間はある。

本屋さんで本を買う事である。
よほどの理由が無い限りネットでは本を買わない。

楽しみにしていた本の発売日に、本屋さんに行く。
インクのにおいか、紙のにおいかわからんにおい(何となくトイレに行きたくなるやつ)を嗅ぎながら、お目当ての本を探す。
探してる間に他の気になる本を見つけちゃう。買っちゃう。
読んでない本また増えちゃう。部屋せま~ってなる。

この流れが好きすぎる。これが隙間だなーと思う。

別に誰に理解されなくても構わないのだ。
心の中に隙間があるくらいのほうが、よーく心が動いていいよなあ、なんて思いながら、
今日も読んでない本を脇目にフールーでドラマを観る予定である。


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