【188日目】パンツでノリノリ
August 9 2011, 10:01 PM by gowagowagorio
8月6日(土)
タクシーに乗りこんだ所で、リュックサックのファスナーがぱっくり開いている事に気がついた。
玄関からタクシーを捕まえた場所までの延べ100mを、この状態で背負って歩いていた訳だ。リュックサックにはボクシンググローブと着替え、タオル、水などが詰まっている。
何か落としただろうか?
財布や電話の貴重品はサイドポケットに入れてあるから問題ない。後方を歩いていたアキコ曰く、「なんにも落としてなかったよ」と言うことなので、大丈夫だろう。
−−
しかし、やっぱり落としていたのである。
練習後、更衣室で汗をたっぷり吸った練習着とパンツを脱ぎ捨て、爽やかに着替えようとリュックを見ると、確かに入れたはずの替えのパンツが見当たらない。
「あれ?おかしいな・・・」
ガサゴソとリュックに手を突っ込んでまさぐっている所へ、ナツモが更衣室に侵入して来た。
「おとうちゃん、なにしてんの?」
「ん?いや・・・なんか、パンツがなくてさ」
ナツモは「パンツ」という言葉を聞いて何故か目を輝かせた。
「わすれたんじゃない?おうちに」
「いや、確かに入れて来たんだけど・・・そうか、あの時・・・」
僕は今朝、此処へ来る時にリュックが開いていた事を思い出した。ナツモは鋭くその事を指摘して来た。
「さっき、あいてたから?タクシーのなかで?」
「そうそう、あの時どっかに落としたか・・・」
僕は仕方なく、今脱ぎ捨てたばかりのパンツに脚を通した。
「なんでまたそれはくの?」
「だってしょうがないでしょ。新しいパンツ落としちゃったんだから」
するとナツモは増々目を輝かせて、更衣室を飛び出して行った。何事かとは思ったが、特に気にせず着替えを続けていると、足音は男子更衣室の真隣にある女子更衣室へと向かい、中に入ったらしいナツモの声が僕の耳に届いて来た。
「マミー!おとうちゃんが、ぱんつおとしちゃって、たくしーにのって、りゅっくがあいてたから、それであたらしいぱんつおとしちゃったの」
「ええ?パンツ落としちゃったの?」
「ウン」
アキコの素っ頓狂な声も聞こえて来る。
「それで、どうしたの?おとうちゃん」
「それでね、もういっかいおなじぱんつはいたの」
「イヤだー、きたないねー」
「ひひひひ!」
壁越しに聞こえて来る屈辱的な会話が途切れて程なく、再び男子更衣室のトビラが開いた。
「あのねー、マミーにいってきたよー!」
「・・・うん、聞こえてたよ」
帰り際、道ばたにパンツが落ちているのではないかとくまなく見て回るが、何処にも落ちていない。コンドのガードのおじさんに聞いても「見ていない」と言う。
エレベーターの中にも、玄関先にも、部屋の中にも、ついに僕のパンツは何処にもなかった。
比較的新しかったから、誰かがラッキーと思いながら、拾って持って行ってしまったのだろうか。せっかくのお気に入りだったのに。
お気に入りだったのに、大して落胆しないで済む(それぐらいの金額)と言うのが、ユニクロの偉大さの一部である。
−−
さて、夕方から急遽STK家と共にロバートソンウォークの和食、「黒尊」へ夕食を食べに行く事になった。
僕は実に3週連続、STK家と週末を過ごしている。お世話になりっぱなしとはこの事だ。STK家なしではシンガポール生活はやや退屈なものになっていたかも知れない。
「黒尊」は、銀座にある店と言うことだが、新橋が職場であるにも拘らず、僕は一度も暖簾をくぐったことがない。まあ、銀座にある全ての飲み屋に行く事など不可能だから、行った事がなくてもそれほど不思議なことではないけれども。
それにしても、このような純粋な和食はこちらへ来て初めて食べた。旨いカツオ、ハラス、しめ鯖、それに合う旨い日本酒。そして、〆にバクダン(刺身の切れ端と納豆と生卵をミックスさせたスタミナ料理)。
久しぶりに本物の日本食を堪能し、満足である。
さて帰ろうか、という段になって、ナツモが眠さの限界を迎えた。座敷の座布団に突っ伏し、泣いている。僕は飲んだくれていたため原因は分からないが、大方、キコちゃんと些細な事で喧嘩でもしたのだろう。
泣いているナツモにアキコが、バクダンに付いて来た焼き海苔をそっと差し出す。
「ホラ、もっちゃん、海苔食べる?美味しいよ」
このぐらいの歳の子供によくあるように、アキコから優しい言葉をかけられたナツモは、何故か一層泣き声のボルテージを上げた。しかし、突っ伏して顔を乗せていた左手がぴくっと動くと、その体勢のまま、アキコから焼き海苔を受け取った。
オーイオイオイ、ぱり・・・えーん、えーん、ぱり・・・
号泣と号泣の谷間に、うつ伏せのまま海苔を齧る音が挟まる。
そして、
「・・・もういちまい」
ナツモは突っ伏して泣いたまま、海苔のおかわりを要求するのだった。
−−
店を後にし、駐車場までの道のりを、僕はナツモを抱っこして運んでやる。STK家のトヨタに乗り込む際、僕は身長の問題から助手席に座るため、アキコにナツモを託した。するとナツモは
「マミーいやだ!おとうちゃんのところがいーい!」
と駄々を捏ね出した。
クミコさんの運転を信用していないという事ではないが、だからと言って、助手席の膝の上にナツモを乗せるのは安全性の常識から考えて好ましくない。
しかし、不思議なものである。あれほど理不尽で、どうしようもないナツモの駄々だが、(今もアキコに取っては苛立たしいだろう)内容によっては、特に今のような内容であれば尚更、まったく腹が立たない。むしろ、アキコには申し訳ないが、ほろ酔いも手伝って少し上機嫌になっている僕がいる。
親なんて、本当に勝手なものだ。
結局、しばらく駄々を捏ね続けていたナツモは、ロバートソンウォークから家までの僅か10分の道のりの間に、眠ってしまった。
他愛ないものである。
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