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生きる、暮らす、2023年を振り返る

自分で立てた計画が思い通りにいったことはほぼない。まあいいや、気が向いたらやればいいか、なんて考えて、すぐ逸れた道を選んでしまう。
そんなわたしだけど、なにかの計画を立てたりリストを作ったりするのは大好き。頭の中に紛れているものたちを引っ張り出してきて、ひとつの場所にまとめ上げることを楽しんでるんだろうなと思う。

今年も12月が始まったあたりから、来年にやりたいことが次々と浮かんできて、早くリスト作りたいなとそわそわしていた。とはいえ、ひとまず2023年を振り返らないことにはね。

てことで、今年の頭に書いたnoteを読み返しながら、ゆるゆると雑談する会のはじまり。まとまりはない。なんかおしゃべりしてるな〜ってちらっと覗いてる気分で読んでもらえたら嬉しいな。



これは今年の1月に書いたnote。叶ったのは14/50くらい。(0.5点もありの甘々基準で。)思ったより少なかったな。今までずっと心に置いてるものもあれば、こんな薄っぺらいこと考えてたのか…なんて恥ずかしくて目を瞑りたくなるものもあったりする。

「叶えたいこと」とあるけれど、心からこれがしたい!ってことはそんなに書いてない気がする。平静を装いながらも、理想の自分になろうと必死だったんだなって感じがする。

そもそも自分ってなんだ。それすらも曖昧だな。無意識のうちにまわりの人々の言葉とか考え方とかを受けて形作られているのがいまのわたしで、じゃあ真のわたしはどこ?日々更新されつづけるもの?理想の自分像だって、誰かに対しての羨ましさとか(自分にはなくて誰かにはあるものやことへの)悔しさとかからできたものだとしたら、それはただ誰かの持つ要素の集合体でしかなくて、けれどわたしはそれをなりたい姿だと思い込んでいるだけかもしれない。


1年なんてあっという間で、わたしは何も変わらない間に季節だけが過ぎ去ったように感じているけれど、こうしてリストを見ると感じ方はちがっていて、わたしもたしかに変化している。嬉しいようで寂しいようで、複雑な気持ち。

そういえば旅先で出会った友人が、自己の内発的な変化を日々楽しんでるって言ってた。ある環境に身を置いてみて、暮らしてみたときに、自分の中で醸成されるもの。変わろうとして変わるんじゃなくて、振り返ってみたときに変わっていたと気づくもの。

わたしはこの1年でどんな風に変わったのかな。
どんなことをして、どんな環境で、どんな人たちと過ごしたっけ。

最初に浮かぶのはやはり旅だな、と思う。
旅するように暮らす、そのまちに滞在してみる。
ただ知らない土地で新しい風景を見るだけじゃなくて、もっと身近な、当たり前のようにそこにある生活に入り込んでみる。
中でも印象的だったのはやっぱり、和歌山のゲストハウスで住み込みをしたこと。いろんなバックグラウンドを持った人々が、長い短いはあれど、同じ時間を共有している。おもしろい。

わたしがやりたいことってなんだろうと考えたときに結局は、生きてるって感じたいのだなと最近気づいた。そう感じられることはたくさんあって、(旅をしたり、本を読んだり、絵を描いたり、料理したり、)共通点はなにか考えたときに、心に余白を持って、ただ生きることそのものを楽しんでいるのだなと思った。「いまを生きる」をもっとしていきたいし、そういう姿をしている人に惹かれる。


今年は気持ちの波がある年だったなとも思う。すごく楽しかったり、思うようにいかなかったり。いまは、マイナスに落ちたときにそこからどう逃げるかを練習している途中。「逃げる」というと悪いこと、弱い、のようなイメージがあるかもしれないけれど、その選択肢を自分の中に持っているのって、すごいことだと思う。心の声をちゃんと聞いてあげられている。

ただ、逃げるだけじゃなくて、向き合うことも必要だなと思う。嫌なことそのものに立ち向かうんじゃなくて、自分の心とどう向き合うか。逃げることも立派な選択だけれど、もしすべてから逃げたところで、またほかの何かから追われていると感じるだろうなと思う。生きている限り常にやることはあって、きっと追われていると感じることもあって、だから「逃げる」以外の活路を見出すことができればもっと強く、楽に生きられそう。


やっと2024年のやりたいことが書ける。

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