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あなたの死が気づかせてくれたもの

皆様おはようございます。

Fukaです。

最近概ね順調なFukaですが

睡眠だけが少し納得いっておりません。

眠りが浅かったり
長時間眠れなかったりという状態です。

なるべく寝る前にスマホやパソコンを見ないようにしたり
好きなコーヒーや紅茶も夕方以降は摂らないようにしているのですが。

睡眠は全ての根幹となるものだと思うので
いつかガタが来ないように
できる限り改善したいと思っております。




さてさて

眠り関係でお話しすると

本日4月4日は

祖母の四十九日です。

2月に私の祖母は永遠の眠りにつきました。

毎回遊びに行くたびにうどんを作ってくれ
たくさんお小遣いをくれ
畑仕事を頑張っていたせいで
腰が直角に曲がった祖母でした。

2月に葬儀に参加した際
棺に横になっている祖母を見て
あーあんなに直角に腰が曲がっていた祖母が
しっかり平行に横になれてる!

と余計なことを考えてしまいましたが

今日久しぶりに祖母を想いに行ってきます。



私は元々小学生くらいの時から死を意識することが多く
死を恐れています。

「健康で長生きをする」

そのために大切だと思われることを
29歳の私はできる限り取り入れて
意識して生きています。
(具体的にどういったことをしているかは
またいつか綴ることにします)


そんな私が2月に祖母の葬儀に参加した際
いつもとは違った感情を抱きました。

それは

「あー
人の一生ってあっけなく儚いものだな」

という想いと同時に

「結局いつか私もこうやって終わっていくなら
その分生きている間楽しもう。
マイナス思考に囚われている時間が勿体無い。
ポジティブに捉えるように意識しよう。」

という想いです。


私の人生もいつ終わるか定かではありませんが
今生きることができています。

これ、全然当たり前じゃないですよね。

先の死を意識するより
今の生にもっと意識を向けてもいいと思いました。

最近は
今こうやって何事もなく
幸せに生きることができていることに
感謝できるようになってきています。

心臓が動いていること

呼吸ができること

大切な人に触れられること


目が見えることや声が聞こえること

全てに感謝しています。

こうやって日常に感謝し続けることをすると

なんだか幾分死というものを極端に恐れなくなってきている

そんな気がします。



ここ最近村上春樹さんの小説を読み始めました。

「風の歌を聴け」

は読み終わり

「1973年のピンボール」

を今読み始めています。

そこで書かれていた

「物事には必ず入口と出口がなくてはならない」

というフレーズ。

死があるから生に感謝できるという今の私の想いを
簡潔にまとめてくれている

私はそう捉えています。


皆様も少し、今生きていることそのものに
感謝する時間をとってみては
いかがでしょうか。

長々と読んでいただきありがとうございました。

Fuka



目が見えない方 耳が聞こえない方
そういったチャレンジをお持ちの方に対して
不快な感情を与える可能性があるかと不安ですが
「私」が今持っているものに感謝をする
一つの着眼点として綴っています。

決してそういった方を卑下するつもりはございませんが
何か違和感を感じる方がいらっしゃいましたら
誠意を持って対応致します。


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