博士と狂人

ショーン・ペンの緊迫感

 独学の学者が、オックスフォード大学で難航していた大辞典の編集者になる。単語の変遷をたどる使用例を探すのに苦労しているところに、医療刑務所から膨大な単語カードが届く。学者をしのぐほどの知識を持っていたのは医師で、命を狙われているという妄想を抱え、人違いの殺人を犯していた。学者は刑務所に会いに行き、友情を感じる。夫を殺された未亡人も、犯人に会ううち好意を抱くようになる。刑務所内で妄想がひどくなる医師を救おうと、学者は大臣に掛け合い、国外退去という方便で出獄がかなう。

 戦闘シーンがあるわけでもないのに、全編、緊迫感にあふれてて、つい最後まで見てしまった。ましてや笑えるところなど一切ない。画面が暗くて、髭の外人ばかりだから、誰が誰だかすぐに分からなくなって、筋を追うのさえどこまでできているかと不安になったくらいだ。それなのに、見てしまった。ショーン・ペンの鬼気迫る演技ゆえか。

 ショーン・ペンは、最初に覚えた外国人の俳優だった。むろんスタローンとか有名な人の名前は知っていたが、まだ若手で、それほどヒットしたわけでもない「バッド・ボーイズ」という映画で、強烈に印象が残った。

悪ガキが少年院に入って、そこで喧嘩になる。少年院の中に、缶ジュースの自動販売機があって、自由に買えることにまず驚いた。悪ガキは、とにかくたくさんジュースを買って、袋に入れる。そんなに買えるほど、院内にお金を持ち込めるのかと驚いた。不良の集まるところでお金を持っていたら、すぐカツアゲされる。この主人公は一匹狼だから、お金を取られずに持っていることにも驚いた。

そしてこの悪ガキは、缶ジュースをたくさん入れた袋を振り回して、体格の上回る不良たちをなぎ倒していった。この格闘シーンより、ジュースを買うところがすごく緊迫感があった。敵が来る前に準備を整えておかねばと急ぐ、青年期のショーン・ペンを見ていて、こっちもドキドキした。この時、完全に釣り込まれてしまい、ドキドキしか記憶がなく、おそらく背景に流れていただろう音楽など全く思い出せない。ましてやストーリーなど気にもならない。それくらい印象が強かった。もしかしたら、この体験があったから、映画を見るようになったのかもしれない。

 それからしばらくして、ショーン・ペンの名前をよく聞くようになったが、この「博士と狂人」ではおじいさんになってた。いまウイキで見たら1960年生まれで、もう60歳。日本で言えば還暦だから、役作りでなく本当におじいさんなのだが、今なお見る者を惹きつけて離さない緊迫感を出せていることに驚かざるをえない。

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