柴崎祐二『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす』書評(初出:『週刊読書人』)

 やや旧聞に属するが、シティポップと呼ばれる音楽が国内外を席巻したことは、よく知られている。そのブームの内実と本質を抉り出した良書に、音楽ディレクター/評論家の柴崎祐二が編集/執筆した『シティポップとは何か』があった。そして、その柴崎がこのたび上梓したのが『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす「最文脈化の音楽受容史」』だ。過去の音楽が再評価/再解釈され、新たな文脈とともにリバイバルされるという、ポップ音楽の定石と定型を掘り下げた渾身の一冊である。
 著者の主張は、冒頭で挙げられた例を見ると分かりやすい。ビートルズはデビュー当時、アメリカ発のロックンロールを演奏しており、初のアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は14曲中6曲がカヴァーで構成されている。またヒップホップは既存のレコードを素材にし、トラックとして再構築するという手法から生み出された。本書では、そうした膨大な類例が俎上に載せられ、今日的な視点から改めて検証と考察がなされている。 
 例えば、フリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴなど、「渋谷系」に括られるアーティストは、それまで黙殺されていたニッチな音楽を引用/編集し、あらたな意味を付与してみせた。その中には、評論家に等閑視されてきたソフトロックやマイナーな映画のサウンドトラックも含まれ、新たな文脈の中で輝くこととなった。著者の言う「再文脈化」は大まかにはそのような現象を指している。
 そうした過程を経て、著者が指摘する〈一般的には忘れられた、かつ批評的な関心の外側に捨て置かれがちだった〉音楽が脚光を浴びるようになる。渋谷系に括られるミュージシャンたちは、中古レコードや輸入盤を買い漁ることを、音楽制作の一環として捉えていた。元批評家を名乗る佐々木敦の『ニッポンの音楽』でも、リスナー体質のミュージシャンが日本の音楽を牽引してきたことが指摘されている。 
 佐々木は〈創作と消費の距離が限りなく接近して混じりあう〉と、この状況を簡潔に整理した。洋楽をいち早く翻訳/移植してきたのは、他ならぬ重度の音楽リスナーであり、彼らの創作の源泉は、膨大なインプット=聴衆体験だった。佐々木はそう述べる。この指摘を踏まえると、実存的/内発的な衝動こそが新たな音楽を生むという旧来の視点が、ナイーヴにすぎることがよく分かるはずだ。
 海外に目を向けると、イギリスで勃興した「レアグルーヴ」が重要なタームだ。これは80年代半ばに同国のクラブDJが、60年代末~70年代前半のファンキー・ジャズを“グルーヴの心地よさ”という観点から再評価/再解釈したムーヴメントで、その潮流は今も形を変えて持続している。国内でも、90年代にグループ・サウンズやムード・コーラスまでを「和モノ」として見直す動きがあった。和田アキ子や野坂昭如がヒップな“歌手”として若者に認識され、筒美京平が渋谷系の源流として浮上した。ヒップホップ・グループのスチャダラパーは、ドラマ『太陽にほえろ!』のテーマ曲をサンプリングしたトラックを使い、鮮烈なデビューを飾った。 
 また、比較的新しいリバイバルとして著者が挙げたのが、2020年初頭から台頭してきたポップパンク勢の再評価だ。その発火点は、TikTokを通じてZ世代を中心に人気を集めたことだったという。ショート動画や短い文章がSNSで繰り返し拡散されることで、次々にバイラルヒットが生まれていった。なお著者は、こうした消費形態が、批評家の東浩紀が提示した「データべ―ス消費」に接続できるという重要な事実も、手堅く踏まえている。 
 しかし著者は、こうしたリバイバルは一方で、特定の音楽に付随する歴史性や空間性を剥ぎ取ることにもつながる、とも述べる。彼は、ブレイクの過程で音楽が含有していた意味や思想や歴史が捨象/剥奪されてしまう状況を想定している。筆者がそこで連想したのが、アクティビストとしても積極的に行動している小沢健二の姿だった。
 小沢の「転向」については本著でも触れられているので多言を要さないが、環境問題などに関するフィールドワークを行い、映像や文章を通して思索を深め、母校の東京大学で講義を行った彼の姿は、思想や意味をその手に取り戻そうとしているように見える。それが、ポストモダン的状況で引用と編集に明け暮れたフリッパーズ・ギター時代の反動である、というのは穿ちすぎだろうか。 
 小沢は97年リリースのアルバムに収録された「ローラースケートパーク」で、〈意味なんてもう何も無いなんて 僕がとばしすぎたジョークさ〉と歌った。この一節の解釈には深入りせず、歌詞のみを提示しておこう。ともあれ、緻密な現状分析を含みつつ、思考がダイナミックに展開してゆく本書。音楽評論に片足を突っ込んできた身として、おおいに鼓舞される一冊であった。

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