Moe and ghosts『幽霊たち』レビュー

 ビッチで男勝りな女性ラッパーがどうにも苦手なクチなので、最近だと素直な発声が魅力のCOPPUやアイドル・ラップ・ユニットのライムベリーなどを好んで聴いている筆者だが、この度初アルバムを発表するMoe and gohstsの女性ラッパー・萌のことも以前からずっと気になっていた。

 初めて彼女の存在を知ったのは、演劇作品『長短調(または眺め身近め)』のサントラでだったが、淡い憂いを帯びた歌声とよろめくようなタイム感を持ったラップは、同作の中でも、いや、日本語ラップという括りの中でも、良い意味で浮きまくっていた。ふらふらと酩酊しながら虚空を漂っているような節回しはしかし、明らかに高度なスキルに支えられている。音(おん)としてのいびつな心地良さを追求したようなリリックは、奇形的でありながらジョイフルでポップ。一聴すると支離滅裂な言葉のチョイスには、不可思議な茶目っ気と謎めいた奥行きがある。ユージーン・カイムによるトラックも際立ってユニークで、乱脈なビートとサイケがかった音像は、萌のラップ同様、無軌道で放埓な吸引力を放っている。

 屈折した面白さに満ちた作品だが、頭でっかちでもアンダーグラウンドでもない。強いて言えばイルリメが登場した時にも近い衝撃を感じるが、ともあれ、日本語ラップのミュータントの鮮烈なデビュー作なのは間違いない。快作にして怪作。

初出:『ミュージック・マガジン』2012年9月号

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?