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映画『窓ぎわのトットちゃん』|記憶を紡ぎあって生きている私たち人間

こんにちは。

映画『窓ぎわのトットちゃん』
が、あまりにも素晴らしすぎたので、

今日の記事ではその
「ごく一部」について。
書いていきたいと思います。

より良き人生は、
当然、
「ありのままビジネス」
にも、繋がります。

そういう意味でも、
映画やマンガ、
さまざまな作品を通じた
疑似体験は、
豊かな人生を、
自分ビジネスを、
進めてくれる。
と、確信しています。

さて…
あまりにも素晴らしすぎたので、

全てを語るには、
時間が足りません…!

実は終わった後、
1時間以上、
「感じたことのシェア会」
をやっていました。

機会があれば、
この記事をご覧の方、
(そう、あなたのことです!)
とも、対話の機会を作りたいと思います。

それほどに素敵な作品でした。

とりあえず結論から、
「この世を生きる、すべての人」
に伝えたい。

ぜひ、
みてください!!!

もちろん、
「みるみないは自由」
です。

僕自身、なぜおすすめなのか?
それをこのnoteでお伝えしていけたら。
と思っています。

少しだけ全体を振り返る

実は、パートナーの娘ちゃん(高2)
のおすすめで、
家族3人で見にいったのが一昨日。

期待以上でした…!

なぜか、
「始まる前の予告ムービー」
の時点から号泣してしまい…!?
(この話はまたの機会に)

僕的には、
見終わってから、
「グッとくる」
印象的なシーンがバーっと、
十個以上駆け巡るような、
そんな感じでした。

しかもそれらのシーン、
それぞれに込められたメッセージが、
「いい意味で、どストレート」で、
シンプルで、スッと心に滲みていく、

そんな魅力が詰まった作品でした。

今日はその中の一つだけ、
書いてみたいと思います。

空襲で燃え尽きてしまった大切な学校

物語の終盤。

東京大空襲で、
大切な大切な思い出が詰まった
「トモエ学園」は、炎に包まれます。

そんな光景を眺めながら、
校長先生は、言います。

「さあ、次はどんな学校をつくろうか。」

壊れたらまた作ればいい

そう、
壊れたらまた、
作ればいい。

学校が焼けてしまったとしても、
「できる限りのこと」
をやり切っていれば、
そこに悲しみの入り込む余地すらなく、

次にもっと、素敵な学校を作る。

そんな校長先生の、
「今を生きる姿勢」
に大変感銘を受けました。

直接的には、
「校長先生のこのシーン」
が大好きなわけですが、

僕の大号泣の理由には、
さらに2人の「ある人物」
の存在がありました。

記憶に残る生き方

僕の記憶から出てきたある人物。

そのうちの1人は、
哲学者・思想家・教育者の、
ルドルフ・シュタイナー。
約100年前に、
オーストリアやドイツで活躍されていました。

彼は、「シュタイナー建築」の
集大成である「ゲーテアヌム」という建物が、
何度燃やされてしまっても、
また建てたそうです。

僕の中で、「校長先生の生き方」と、
彼のそれが、重なったことを感じました。

もう1人の人物は、
日々活躍されている日本の方。

「世界が変わる研究所」
の、所長さんです。

僕は彼と深い親交があるわけではありませんが…、
なぜか、彼の優しい在り方が、
校長先生と重なり…、

さまざまな想いが溢れ、
涙が止まらなくなったのでした。

この2人の人物に対する思いは、
僕が観測する宇宙において、
僕の解釈のもとに、
生まれたものかもしれません。

ですが、
こうして、
「誰かの記憶の中に存在する」
ということ、

知らず知らずのうちに、
影響を与え合って、
お互いを照らしながら、
存在している、私たち人間。

その豊かさと、
壮大さと、ありがたさと…、

色々な感覚が混ざり合って、
一つになって、
魂が揺さぶられる。

そんな時間だったのかなと思います。

僕自身、
さまざまな活動を進めながらも、
「よい記憶」として、
それぞれの観測する世界に、
存在し続けられるような…、

そんな生き方をしていこう。
と、心から思えた時間でした。

この豊かな感動を、
与えてくれたこの作品に。

そして僕の宇宙に存在してくれている、
すべての人々への感謝と共に、

今日の記事は終わりたいと思います。

今日も、ありがとう。
いつも、ありがとう。

まこっちゃん

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