雪の日
あれは大雪に見舞われた日だった。
電車はもちろんバスやタクシー、交通機関は全部壊滅していた日、今でも鮮明に覚えている。
ローファーが泥やら雪やらで汚れていくのを尻目に、僕は試験会場へと急いだ。
晴れの日だったら単語帳やらノートやら読みながら最後の追い込みができるんだけど、とも考えた。けれどもそれ以上に僕の頭を占領していたのは緊張だった。
今日が一番肝心なんだ。と、いうのも今日は第一志望の大学の受験日。
僕の前を歩く人も、僕の後ろを歩く人も、全員僕のライバルになるわけで。絶対に負ける訳にはいかない。
受かるために僕は一年間死ぬ気で勉強したんだ。
それはもう文字のごとく「必死で」。
僕がずーっと憧れていた演劇部の先輩がいる、この大学に入るために。
だから失敗は許されない。絶対に許されない。
先輩に合格証書を見せたい。先輩と同じサークルに入りたい。僕も彼女と同じ舞台に立ちたい。彼女の演技に間近でずっと聴き入っていたい。いつも彼女から仄かにするシャンプーの香りを嗅いでいたい。
志望動機が恋慕から始まってるあたり不純だしくだらないだろうけど、それでも僕は良かった。確かに大学の雰囲気だってすごく楽しそうだし、授業の内容だって興味がないわけではない。
そんな要素よりも先輩の存在のほうが大きかった。
さて。
行くぞ。
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「ほーんと、今でも信じられない」
「何がですか」
「君があたしを追ってこの大学に来たこと」
「べ、別にいいじゃないですか」
「しかもマーくんが受験の時だって今日みたいに雪の日だったんでしょ?」
「そうですよ、その時の自分なんて今まさかこんなことしてるだなんて予想だにしてませんでした」
「えへへー、あたしは嬉しいよー」
「…」
ナポリタンを頬張りながらもにこにこと笑う先輩に僕は思わず顔を赤らめる。
彼女は大学に入ってから髪をバッサリ切った。
これはこれで似合うんだよなあ。
あれから無事僕は大学に合格し、先輩のいるサークルに入った。
彼女はとても驚いていた。僕は彼女のショートヘアに驚いていた。
そして紆余曲折を経ながらも僕と彼女は「彼氏と彼女」になった。
クサさ全開の僕の告白に対して「マーくんってほんと素直だよね、あたしそういうところずっと好きだったよ」と照れくさそうにはにかむ彼女。一ヶ月前のことだ。
「…そろそろ電車も止まっちゃいますよ、早く食堂出ないと」
「待って、まだナポリタン食べ終わってないの」
「先輩ってそんなに食べるの遅い方でしたっけ」
「もう先輩じゃないでしょ、名前で呼んでよ」
「…行きましょうアヤさん」
「うーん、及第点」
「及第点なんですか」
「アヤって呼んでくれたら満点ね」
「道のりは遠いですよ」
「あはは………」
窓から見える銀世界に、二年前ローファーを濡らす自分を回想した。